第4話 仙術使い
舞は、青ざめたままで背中の荷物を下ろし、その中から両手に収るぐらいの小さな『機械』を三種類取り出した。
一つは、小さな竹とんぼの羽根のようなものが四隅に付いた機械、もう一つは突起がいくつか出ている、黒くコの字型に加工された奇妙な道具、最後の一つは、特殊な形状の眼鏡だった。
舞はそれぞれの名前を、『ドローン』、『コントローラー』、『スコープ』と、それぞれ指差しながら説明したのだが、ハヤトにそれだけで理解できる訳がない。
「要するに、仙界の道具っていう訳だな」
「……まあ、そうね。実際見てもらった方が速いね……あ、ハヤトはこっちで映像見てね」
彼女はそう言うと、袋からさらにもう一つ、道具を取り出した。
小さな巻物の様だったが、それを引っ張り出して、裏の金具をパチン、と止めると、ごく薄い板のような形状となった。
次の瞬間、その表面に絵が浮かび上がり、ハヤトは驚いた。
「なんだ、これ……動いているぞ」
「あれ、ハヤト、こんなの見たことなかったっけ?」
「……そういや、前に小さなまな板ぐらいの奴で、同じ様に『エイゾウ』が動いているの、お前の親父さんが使ってたの見たことあるな……」
「そう、これは持ち運びできる表示専用のもので……って、説明する時間がもったいないね。今からドローン飛ばして、その映像を映し出すから、そういう仙界の道具なんだって思って」
「ああ……分かった」
正直、いちいちどんな仕掛けになっているのか聞いていたらキリがない。
どういう目的で、何が起きているのかだけ教えてもらえれば、とりあえずはそれで良いと、ハヤトは割り切ることにした。
『スコープ』をつけたまま、舞は『ドローン』を空中に飛ばした。
それは竹とんぼの様に舞い上がったが、ある一定の高さで制止している。
「これから、あの
そう言って、舞が『コントローラー』を両手で持って、複雑な指の動きを見せると、それと連動するように、『ドローン』は高速で動き始めた。
「……ターゲットをロックしたわ。一定間隔を開けて、自動的にあの鷲を追尾してくれるの。今、そのタブレット画面には、私のスコープと同じ映像が出力されているわ。画面が四分割されているでしょう?」
「……ああ、確かに四つに別れて動いている……」
ハヤトは、本当のところ舞が話している事の半分も理解できて以内のだが、邪魔をしてはいけないと思い、とりあえず分かるところだけ返事をした。
「……なんか、赤とか青とか色が付いているの、何なんだ?」
「えっと、右上がドローンの正面カメラで、追いかけている鷲を映しているの、分かるよね。右下は、高度とか速度とかの数値と、現在のモードを表示していて……まあ、今は無視しておいて。で、左上がドローンから見て真下の映像で、左下は、その真下の画面に温度センサーの内容を重ね合わせたもの。赤いところは、温度の高いところで、なにか生き物がいる可能性が高いわ」
「……お、おう……」
もうハヤトは、相づちを打つのが精一杯だ。
「このドローンは小さいのに高性能で、父様と、その師匠が改造した自信作らしくて、遭難者捜しにはもってこいの物。人間の体温にも自動的に反応してくれるんだけど……万能じゃない。建物の中に入っていたり、木陰に隠れていたりすると反応しないし、あと、もう息絶えている体には反応してくれない……」
そう言いながら彼女はせわしく操作しているようで、頻繁に画面が拡大したり、縮小したり、回転したりで、画面を見ているハヤトにとっては目が回りそうなものだった。
「……見つけた、あれが巣だわ……センサーも反応している。追尾モードから切り替えて、もっと高度を上げて上から見てみるね」
舞の指の動きがさらにせわしなくなる。
ハヤトはもう、何もしゃべることができない。
しばらくすると、画面左上に、確かに鳥の巣らしい物が映ったが、小さすぎてよく分からない。
しかし、次第に拡大表示されていく。
「……巣に近づきすぎじゃないのか?」
「ううん、ドローン本体はずっと上空にいて、望遠レンズを使っているだけ。親鳥と、何匹かヒナがいるようね……」
確かに、何か小さな塊がいくつか動いていおり、左下の画面には、それが赤く表示されている。
さらに拡大され、いくつもの小枝ががっちりと組み合わされた堅牢な巣と、先程連れて行かれた兎と思われる肉塊、それをくちばしでちぎってヒナに与える親の姿が、羽根の揃い方まで分かるほど鮮明に映し出された。
「……これで見る限り、巣の中に子供の服の様な物は確認できない……」
舞の小さなつぶやきが聞こえ、ぞくん、と彼の背筋に冷たいものが走った。
この仙界の道具に驚いて思考から遠のいていたが、今、子供が鷲に連れ去られたのではないかという恐ろしい仮説の検証をしているのだ。
「……巣の下に捨てられたのかもしれないから、確認してみるね……」
舞の声が震えている。
ハヤトは、左手でタブレット画面を持ち、右手を後から舞の肩に置いた。
「……辛い確認作業だろうけど、俺もついている」
「……うん、ありがと……」
舞は、彼が肩に置いた右手に、左手を数秒重ねて、そしてまたドローンのコントロールに戻した。
画面は急速に元の上空からの状態に戻り、やや位置をずらせて急降下する。
巣の下、深い木々の中に入り込んだらしいドローンからの画像は、器用に枝や葉を避けて、地上数メートル付近を飛行する様子を映した。
ハヤトはこの時、直感した。
もう舞は、彼女の父親と同等の仙術使いに成長していると……。
「今、画面を上下、前後に切り替えるね……メインは下方。ゆっくり飛ぶから、ハヤトも一緒に見てて……」
「木にぶつかったりしないのか?」
「うん、大丈夫……いろんなセンサーが付いてて、自動的に衝突を回避してくれるから……それよりも、もっと心配なことがあるの。もし、見つけたら……私、どうなるか分からない……」
彼女の言葉の意味することが理解できる。
もし、この画面に、いきなり子供の遺体が映り込んだら……。
仙術の腕前はともかく、彼女はまだ、数え年で十五歳の女の子なのだ。
しかし、彼女自身が役に立ちたいと言い出した以上、この試練は乗り越えなければならない。
「俺がついている……俺が支える」
「うん、お願い……」
二人にとって、長く、過酷な時間が続いた。
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