第3話 鷲
その後、少し歩いてようやく目的の集落に到着。
もう夕方に近い時間帯となっている。
集落と言っても、家が五軒ほど固まっているだけの小規模なものだ。
そのうちの一軒を尋ねてみると、舞の巫女衣装を見た初老の男が、大慌てで集落の全ての家々に、
「巫女様が、天女様がいらっしゃった!」
と声をかけていき、子供も含めた合計十五人ほどの村人達に大歓迎される事態となった。
特に行方不明の子供の両親からは、すがりつかれるような状態。
まさかこれほど期待されると思っていなかった舞は、戸惑いと、責任の重さを痛感させられることとなった。
ハヤトは彼女の護衛と自己紹介したのだが、こちらも
「遠いところを、わざわざご苦労様です!」
と、まだ何もしていないうちから感謝される有様だった。
舞としては、すぐにでも子供を捜しに行きたいところだったが、
「今の時間からだと山道は危険じゃから、明日の早朝からにしてくだされ」
と長老に言われ、それよりも今日のところは子供の背格好やいなくなったときの服装、状況、捜索範囲などの情報を整理することとなった。
一番大きな長老の家の囲炉裏部屋に子供以外全員集まり、話を詳しく聞く。
舞は背負っていた荷物からメモと地図を取りだし、集まった情報を記入していった。
それによると、子供の年齢は数え年で三歳 (満年齢だと二歳)、男の子。
服装は、いわゆる農民の子供服で、つぎはぎだらけで破れているところもあったという。
まだ歩きはそれほど達者ではなく、一人で遠くまで行くことなど考えられない。
それに対し、捜索範囲は、桑野川の支流を挟んで一里 (約四キロ) 四方、川沿いには下流方面に十キロ先まで捜したのだという。
確かに、それだけの範囲を捜して見つからないのであれば、何者かに連れ去られたのか、あるいは、川に流され、もっと下流まで運ばれてしまった可能性がある。
ちなみに、この付近には、熊や狼、野犬といった人を襲うような獣は出没しないという。
情報を集めている内に、日が暮れて暗くなってしまった。
地図も見づらくなったので、ここで一旦中断。
舞はLEDランタンも持っていたのだが、村人にそれを注目されるのも良くないと思い、出さなかった。
住民達は、白米や山菜、川魚の塩焼きなど、精一杯のご馳走を提供してくれた。
まだ何もしていない舞は申し訳ない気持ちになったものの、ハヤトと共にありがたく頂いた。
そしてこの日は、ハヤトと一緒に長老の家に泊ることとなった。
突然だったので、お客様用の布団を用意していないという話だったが、彼女はコンパクトな寝袋を持ち歩いていたので、スペースさえあれば問題無い。
忍のハヤトに至っては、壁さえあれば、座ったままで、もたれかかって眠れるということで、こちらも問題無かった。
翌早朝、まだ薄暗い内から捜索を開始する。
住民達も何人かは手伝うつもりだったようだが、そこは
「私達は、仙術を使います。誰にも見られてはならないことになっていますので、申し訳ありませんが、二人だけで捜させてください」
と申し出た。
行方不明になってから、八日。実は前々日で捜索は打ち切られていたのだ。
舞はその事を長老から聞いており、住民達に余計な負担をかけないよう、配慮していた。
舞は長老の家を出るときは巫女装束のままだったが、しばらく進んだ先の大きな木の陰で、捜索しやすい旅装束に着替えた。
もちろん、ハヤトはそれを覗くような事はしなかった。
川の方へと下っていく途中、ハヤトが
「……何か策はあるのか? もう子供の足で行けそうなところは全て捜索し尽くしているようだぞ」
と声をかける。
「うん……一応、考えてはいるけど、正直、かなり厳しい。せめて、いなくなった当日か翌日だったなら、空から捜すのが有効だと思ったんだけど……」
「空から? ……まさか、お前、空飛べるのか?」
「まさか。そういう道具を使うっていうこと」
「ふうん……そういやそんな仙界の道具、お前の親父さんと俺の親父が使ってるの、見たことあるような気もするな……空、か……」
ハヤトはそう言って、上空を見上げた。
「……なんだ、あれ?」
彼の妙なつぶやきに、舞もつられて上を見た。
「えっ……あれって、鳥? 凄く大きい……」
「サギよりも大きい……しかもあの色……
「すごい……あれが、鷲……」
かなり低空を飛んでいた鷲は、スッと急降下し、川原近くに舞い降りたかと思うと、そこを走っていた大きな野ウサギを文字通り鷲づかみにし、そのまま上空へと連れ去ってしまった。
「うおっ、すごいな……あんな大きな野ウサギを軽々と運んでいく……」
「……可哀想……でも、自然の掟なのね……」
同じ場面を見て、ハヤトは鷲の能力の高さ、舞は自然の厳しさ、そして野ウサギに対する哀れみと、別々の感情を持ったようだった。
しかし数秒後、二人はある同じ想像に至り、鳥肌が立つような恐怖を感じた。
大きく目を見開き、顔を見合わせる。
「まさか……いくらなんでも、そんなことは……」
「いや、あり得る……ほんの小さな子供だったなら……今の大きな鷲ならば……」
二人は、その恐ろしい仮説に、しばらく呆然と立ち尽くした。
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