第52話 幸せ
藤沢さんの実家から二百メートルほど先に、フェンスに囲まれた小さな公園がある。藤沢さんから、翌朝に到着することになるだろうから、それまでここで待機するように言われた。
ベンチが二つと、さびれた滑り台にブランコ、木の枝や葉っぱがたくさん混じった砂場。ほとんど使われてないのだろうと、容易に想像できる。
僕と那澄はベンチに座り、藤沢さんのお母さんから貰った炊き込みご飯を袋から取り出す。まだほんのりと温かく、タッパーを通して熱が伝わってくる。
空腹の限界が来ていた僕らは、さっそく「いただきます」と手を合わせる。箸がないことに気づいて一瞬躊躇うが、すぐに二人で笑って炊き込みご飯に手を伸ばした。
食べやすいように、まとまった量のご飯を手に乗せ、軽く握ってから食べる。固めのご飯にしっかりと味がついていて、僕の母親がつくるものよりも甘かった。
「この味、懐かしいな」
那澄はそう言って、ゆっくりと味わいながら食べていた。那澄にとっては、第二の「実家の味」と言えるのかもしれない。
タッパーが空になると那澄はブランコに腰掛ける。キイッと金属のこすれる音が響いた。
小さくブランコを揺らしながら
「どうやって漕ぐんだっけ」
と言うので、僕は隣のブランコに座り、勢いよく地面を蹴った。揺れに合わせて足を曲げ伸ばしさせながら、振れ幅を大きくしていく。
「こんな感じ」
お手本を見せると、那澄はなんなく僕と同じくらいの高さまで上がる。
「うわー、怖い!」
そう言いながら笑う那澄を見て、僕も笑みがこぼれる。
ブランコが一番高く上がった瞬間、正面の空が淡く光った。少し遅れて聞き覚えのある音が聞こえてくる。
花火だ。
久しぶりに見た気がする。
僕らはブランコを漕ぐのをやめ、遠くの丘から上がっている花火を眺めた。この地域では毎年、花火大会が行われるのだと那澄が教えてくれる。そして、藤沢さんと一緒に部屋の窓から眺めていたことも懐かし気に話した。
少し冷えてきたので、僕らはベンチに戻り二人で体を寄せ合った。
ぼうっと花火を眺めていると、今までのことがすべて夢だったのではないかと思えてくる。那澄と出会ったこと、手を握ったこと、キスをしたこと。いつのまにか、那澄と一緒に世界の日常から外れて、僕は生きていた。その生き方は、確かに僕が選択したことなのに、自然と不思議な世界に迷い込んでしまったような、そんな感覚になる。
空を見上げると、夜が怖いくらいに広がっていて、綺麗だった。
花火も夜も、どこか遠くの世界のものに感じる。
「少し寒い」
そう言って、那澄は僕の手を握る。
唯一、那澄の体温だけがはっきりと伝わってくる。何にも代えられない、愛おしさだけが僕の中に流れ込んで満たしていった。きっと、「幸せ」とは、この感覚のことをいうのだろう。
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