第44話 静かな世界

目を覚ますと、全身汗まみれだった。

何か嫌な夢を見ていた気がするが、思い出せない。寝転がりながら、ベッドのすぐ下に置いてあるスマートフォンに手を伸ばし、電源を入れる。画面に表示された時刻は、ちょうど午前四時だった。

ベタついた服を着替えようと思い、隣で寝ている那澄を起こさないよう、ゆっくりと体を起こす。

そのとき、気づいた。隣にあるはずの布団のふくらみがない。布団をめくってみるが、やはり何もなかった。トイレか、シャワーでも浴びているのかと思い、各部屋を確かめてみるが姿がない。

彼女の名前を呟いて、部屋を見回す。

僕以外の存在が感じられない、しんとした空間。

ぼやけていた僕の頭が、今の事態を急速に飲み込んでいく。

まさか。

玄関に目をやる。

彼女の靴がなかった。

「那澄......」

自分の血の気が引いていくのがわかった。

また、嫌な汗が流れてきて、鼓動が速くなる。耳鳴りが僕を追い詰めるように頭の中に響く。


僕は寝巻のまま、何も持たず部屋から飛び出した。アパートの階段を駆け下り、外へ出る。まだ朝日が顔を出していない、薄暗い空。車も人も通らない、静かな世界。誰の気配も感じない。

僕は辺りを見渡した後、アパートの敷地を出て、動物園に続く街路樹の道を走る。

那澄がいなくなった。

僕に何も言わず。

どうして。

動物園での出来事以来、那澄はずっと塞ぎ込んでいる様子だった。思い当たる節はそれしかない。

そうだとしたら。

僕は前に教えてもらった、那澄の過去を思い出す。居場所を失った那澄が、家出をしたこと。この世から消えたいと思うくらいに追い詰められたこと。

今の那澄が、そうなのだとしたら。

恐ろしい想像が頭に浮かび、思わず抑え込んだ。

僕はひたすらに那澄の姿を探しながら走り続ける。

動物園の前で立ち止まった。唯一、近場で那澄が行ったことのある場所はここしかない。那澄にとっては嫌な思いをした場所ではあるが、探さないわけにはいかない。

僕は動物園の柵に沿って、外周を念入りに見て回る。柵が高いので、那澄が柵を越えて園内に入ったということもなさそうだ。

一周したが、那澄の姿はなかった。


「くそっ......!」

薄い心当たりだったが、外れてさらに焦りが込み上げる。僕の声に驚いて、近くの木に止まっていたスズメたちが一斉に飛び立った。

落ち着け、大丈夫。

息を震わせながら、大きく深呼吸をする。

那澄は人の多い場所にはいかないはず。それに、ずっと部屋にいた那澄の体力を考えると、あまり遠くへは行けないはずだ。

大丈夫、間に合う。

僕は中心市街から反対方向に向かって、また走り出した。


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