第37話 新しい生活

* * *


その日の夜、僕と那澄は一つのベッドで寝た。最初、僕は自分が床で寝ようかと提案をしたのだが、那澄は僕と一緒に寝たいと言った。やはり、藤沢さんがいない寂しさがあったのだと思う。

ただでさえ小さなベッドなのに、そこに二人で寝るとなると、寝返りを打っただけで落ちてしまいそうになった。だから、僕らは自然と体を密着させながら眠りについた。


目が覚め、体を起こすと、キッチンに那澄が立っていた。ジューという音をたてながらフライパンと菜箸を手際よく動かしている。

「あ、起きた、おはよう!」

ルンルンと弾むような那澄の声。まだ寝ぼけていた僕は、力のない「おはよう」を返した。


「キッチンも冷蔵庫も好きに使っていいって言われたから、さっそく朝食作っちゃった」

そう言って、那澄はお皿をテーブルの上に並べていく。僕は顔だけを洗って、寝巻きのまま席についた。

白米に味噌汁、オムレツ、焼きウインナー、サラダ。

一人暮らしを始めてから、朝食は適当なものばかり食べていたので、思わず笑みがこぼれてしまう。

「......うん、おいしい!」

「うふふ、よかった。これからも作っていい?」

「いいの?ぜひお願いします!」

感謝を述べながら、深々とお礼をする僕に、那澄はアハハと笑う。

なるほど、これが同棲の幸せなのか。そう思って、一人で納得をする。



昼を過ぎた頃、僕はアルバイトに出かけた。大学一年生からずっと続けている、お茶の専門店だ。僕は今までは週三のペースでシフトに入っていたのだが、店長と交渉して、この春からは週四にシフトを増やしてもらった。交渉といっても、人の良い店長は二つ返事ですぐに了承してくれたので、なんら大変なことはなかった。

シフトを増やした理由は、同棲するにあたって、那澄の生活費を賄わなければならないからだ。

当初は那澄の生活費は藤沢さんが全額負担しようしてくれていた。でも、それはさすがに申し訳なく思ったのと、彼氏として、同棲者として、何もしないというのは引っ掛かりを感じたので、半分は僕が出すことにした。


バイト中、冷やかしに来た健二に、延々と藍田さんとの惚気話を聞かされた。「早くお前も彼女つくれよ」という健二の言葉を適当に受け流しながら、内心でフフンと笑う。

バイトが終わると、僕は隣の店でケーキを二つ買った。今日はイベント事もない、普通の日なのに、買いたくなった。家に帰ると好きな人が待ってくれている。ただそれだけで、僕は嬉しくて仕方がなかった。





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