第47話 三日目 6:00

 朝が来た。

 陽の光が差し込まないため実感は薄いが、微かに上昇を始めた室温で判別が着く。

 ……時間か。

 数時間前から目だけは覚めていた蓮はただ待っていた。

 本当なら寝ようと思っていた。残り少ない体力を温存するために。しかし年甲斐もなく高揚した感情が邪魔をして睡魔を追い出してしまっていた。

 まるで旅行前の子供のような状況に羞恥心すら湧いてくる。それを気取られないよう必死の思いで寝たフリをしていた。


『おはよう、時間だ』


 その声はGMのものだった。

 スピーカーから流れる音声に蓮はゆっくりと顔を上げ視線を向ける。

 顔には気だるさを滲ませて、


「ああ、もうそんな時間か。起こしてくれて助かるよ」


『白々しいね。だいぶ前から起きていただろうに』


 嘲笑混じりの声に、案の定バレていたかと蓮は薄ら笑いを浮かべていた。

 スピーカーからは続く言葉は無い。その代わり閉ざされていた扉が開き、軍人のような装いの人物が中に入ってくる。


「君のSPだ」


「ありがとう」


 差し出されたスマホを受け取ると、彼は踵を返して部屋から出ようとしていた。

 その後ろ姿に、


「ああ、そうだ」


『どうかしたのかね?』


 返答はスピーカーから流れていた。


「煙草とライターを一つづつ、頂けないだろうか」


『喫煙者だったのかね?』


 驚き、トーンの上がる声に含み笑いを浮かべる。直後に首を横に振って否定すると、


「まさか、ただの格好つけだよ。長生きしたいならと酒も煙草も縁遠い生活を送っていたからね、最期くらい好きにさせて貰ってもいいだろう?」


『なるほど。酒の方は必要無いのかな?』


「祝杯にはまだ早いよ」


 蓮が揶揄すると、確かにと短い返答があった。笑っているのだろうと容易に想像出来るほどにトーンは明るい。

 それから数秒程でまた開いた扉から人が現れる。

 先程と同じ姿格好の人物は、所望した物を手渡すと、


「吸い方は分かるか?」


「野暮なことは言うものでは無いよ。雰囲気が味わえればいいのだから」


 そう言って煙草を一本咥えてみせる。


「火を付けさせてくれ」


 少し高いが男性の声が響く。こくりと頷いた蓮はライターを戻すと、ぼうという音とともに一筋のか弱い炎が立ち上がる。

 ……上手く吸えないな。

 先端を焦がして息を吸う蓮は、微かな紫煙を口から漏らして思う。それでもいいと煙草を咥えながら、


「では、ゲーム再開といこうか」


『待っているよ』


 後ろに言葉を置いて、蓮は部屋から出る。

 さてと……

 まずしなければならない事を順序だてて考える。何はともあれ必須なのは皆と合流することだ。


「何処にいるのやら」


 独りごちる蓮は煙草を上下に揺らしながら歩き始めていた。




 呆気ないと思うほどあっさり合流できたことは上々の結果と言える。

 宛がないなら最初の場所からと地下から上がってきた蓮が向かうと、そこには十人の男女が円を描いて座っていた。

 

「待たせたね」


「おう、待ったぜ」


 連の言葉に益人が反応する。

 ……予想外だな。

 初めの頃を思い返せばこれ程話す人物ではなかったと記憶している。なのに率先して会話していることに、驚きと感動すら感じていた。


「なるほど。顔つきが良くなっているね」


「皆で頑張ったからね」


 春夏が胸を張って答える。

 その言葉通り、蓮を見つめる顔はどれも強い意志がこもっていた。疲れきっていてそう見えるだけなのかもしれないが、初めの頃よりかは前のめりな姿勢であることは間違いない。

 蓮が座ると皆が少しずつずれて輪の中に入れようとしていた。拒否することなくその輪に加わると、


「初めましての方もいるようだが、時間が惜しい。情報をくれないかな」


 二日間の成果を確認するため、蓮はまずそう告げた。




「……なるほどね」


 全員の話が終わり、物資等の確認も済んだ辺りで蓮は顎に手を当てて頷いていた。


「どう? どうにかなりそう?」


 覗き込むように春夏が見ている。それは彼女だけにとどまらず幾人かも同様の姿勢を取っていた。

 しばらく考えをまとめるために目を閉じていた蓮は含み笑いを浮かべると、目を見開いて、


「あぁ、素晴らしいとしか言いようがないね」


「良かった」


 どこからか安堵の声が上がる。

 ……しかし。

 状況を整理してわかることは多々ある分、いかんともしがたい事実にもぶち当たる。十一個目の薬を得る手段をいまだに蓮は見つけることが出来ずにいた。

 煙草に火をつけながら考える。脳細胞が悲鳴を上げるがどうせあと少ししか使わないのだからと無視をする。むしろ雑念が減る分すっきりとした気持ちで考えられていた。

 同様に煙草をふかしていた益人が、


「筋道は見えたのか?」


 半ば奪い取るように煙草の箱を取っていき、上機嫌に紫煙を肺に溜める姿は堂に入っていた。もう一人、キルカも喫煙者であり三人は他の人とは距離を離して会話をしていた。

 蓮は尋ねられたことに、にこりと笑みを張り付ける。


「ああ、当然だとも」


「マジかよ」


「疑うのかな?」


 射貫くような鋭い視線を受けて、益人は首を横に振る。

 それでいいと、体の裏に潜むもう一人の自分がつぶやく。

 さてここからだ……

 成すべきことを成すために、言葉を選ぶ必要がある。

 蓮は煙草を放り捨てると、


「……ここからまた別行動をしなければならないな」


「どういう意味?」


 キルカは眉をひそめて蓮を見ていた。

 疑いの強い視線を飄々と受け流し、


「事情は話せないが、全員生存のためにはそれしかないと私は考えている。他に代案があるならば聞くが?」


「なんで事情が話せないのよ」


「なんでもさ。信じてほしい」


 我ながら無理があると苦笑しつつも押し通す以外に方法は無い。

 キルカはしばらく睨み合いを続けていたが、煙草を一息吸うと、目線を逸らしていた。


「わかった。聞かないでおくわ」


「ああ、ありがとう。それとだが、皆薬を飲んでここにいてくれ」


「いいの?」


 距離を空けて座っていた桜が言う。


「勿論、後は迎えが来るまで大人しくしていてくれればいい」


「待ってくれ、俺のタスクはどうなる?」


 そう言うのは生存者の役職の一佐だ。

 予想通りの展開に蓮は頬を緩ませながら、


「君の分の薬は時間までに私が持っていくよ。心配しなくていい」


「どういう意味だ?」


「全員薬を飲み次第スマホを置いていってくれという事だよ」


 その一言に、空気が一気に硬くなる。

 生命線であるが、タスクが終われば殆ど用済みだ。無茶なことを提案しているつもりは蓮にはなく、それが理解出来ないほど考え無しとも思ってはいない。

 蓮の意図はわからずとも、それが必要であるということが分かった者から頷いていく。最後に残った一佐も周囲に目配せをしてから、渋々といったように首を縦に振っていた。


「絶対薬を用意しろよ」


「当然だとも」


 これで準備は整ったと、蓮は息を吐く。

 その後薬を手に入れ戻ってきた面々はスマホを蓮に手渡すと、空のバックパックにスマホだけを詰めた蓮は立ち上がって部屋を出る。


「ではまた。五時間後に会おう」


 その言葉を最後に、蓮はぎりぎりまで姿を現すことはなかった。

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