第44話 二日目 14:00-1

「待ってくださいって」


 一人つかつかと歩き進める益人の後ろから覚束無い足取りで祐子が追いすがっていた。


「ついてくんなっていったろ」


 視線も向けず、やる気無く答えると、


「そうですけど、一人は危ないですって」


「誤射がないだけ安全だと思うけどな」


「うぅ……」


 言われ、直前の光景を思い出した祐子はそのあとが続かない。

 我ながら卑怯な物言いだと思いつつ、階段を上がる足を緩めることは無かった。

 少しすると追いついた祐子は顔を覗き込むように突き出して、


「あの、どこに向かってるんですか」


「言う必要あるか?」


 突き放すような言葉にうっと空気を溜め、見上げる目には光る雫が浮かんでいた。

 ……こんくらいで泣くんじゃねえよ、馬鹿。

 うざったいうざったいと八度ほど心の中で唱えた後、


「……わかったよ。めんどくせえな」


 足を止めた益人は根負けしたように深く息を吐いていた。


「最後の参加者のところに行くんだよ」


「……大丈夫なんですか?」


「こんなところに一日一人で閉じこもってたら体力もたねぇはずだからな。移動してたら知らねぇけど」


「そんな適当な」


 不満そうに頬を膨らませた祐子にカッとなって伸びたがっている腕を抑える。

 わざわざちゃんと説明したのに文句を言われる筋合いはない。嫌なら来なければいいだけの話なのについてきてまで不平を漏らす根性がわからなかった。


「いつか誰かがやる。それが今なだけだ」


「責任感強いんですね」


「馬鹿言え。恩を売っておけば後々楽できるだけだ」


 だんだんと話しているのも馬鹿らしくなって益人はその足を速める。

 その速度に置いて行かれまいと、祐子もせわしなく足を動かしながら、


「素直じゃないんですね」


 益人の背中に向かって声を投げていた。


「勝手に言ってろ」


 相手にするだけ時間の無駄だと、益人は前を向いていた。





 件の扉の前まで益人は扉に耳をつけていた。

 拾うのはただ風の音だけ。かすかな振動もない。

 当てが外れたかと思いつつ、


「……静かだな」


「いないんでしょうか?」


 同じように耳をつける祐子が言う。

 真似してんじゃねえとか話に入ってきてんじゃねえとか思い浮かぶが、全部が面倒くさくなって、


「さあな。死んでるかもしれねぇぞ」


「怖いこと言わないでくださいよ」


 祐子は眉をひそめて非難の目を向けていた。

 ……埒が明かないか。

 このままいつまでもこうしているわけにもいかないと、益人は背筋を伸ばす。

 そして扉に手をかけるとゆっくりと開け始めた。

 光がない中では部屋の細部は良く見えない。急に襲われる可能性もあるため、布を何十にも重ねて蓋をした懐中電灯で部屋の外から中を照らしていく。

 淡い光によって隠されていた全貌がゆっくりと顕わになっていく。テーブルや椅子などどこにでもあるものが散乱する中で、


「――寝てんな」


「――寝てますね」


 見つけたのは脱がされた靴に、投げ出された足。そしてまだつながっている胴体と頭だった。

 呼吸に合わせて上下する胸は一定のリズムを刻み、その目は深く閉じられている。顔つきは十代男子、高校生くらいのように見えるが、とても知的には見えない顔をしていた。

 そのあまりに無防備な姿にまず罠を伺った。有名どころでいえばワイヤートラップだ。そう考えて入り口で立ち止まりかがんでみるが、ひものようなものは見つけられなかった。

 次いで部屋を覗き込んで左右を照らす。何かあるとしたらここだと思っていたが特に何かが設置されているようにも見えない。

 まさか……

 いや、ない。この状況になって何ら警戒せずに馬鹿みたいな顔を晒して寝ているはずがないと益人はもう一度部屋の中を照らす。

 しかしいくら見ても何も発見できず、それが逆に癪に障り、

 

「おら、起きろ!」


 ずかずかと踏み荒らすように部屋に侵入すると、寝ている男子の無防備な胸に足を乗せて体重をかける


「ぐぇ……な、なんだ!?」


「よう」


「……あっ、だ、誰!? なに」


 バタバタと両手両足を動かすが、重心を押さえられていては満足に動くことも叶わない。

 まるでゴキブリだなと様子を見ながら、


「言葉になってねぇよ。落ち着け」


「や、こ、殺しに来たんだ」


「落ち着け、殺すぞ」


 うっとおしくなってつい口が滑る。

 特定のワードに暴れ具合がより一層激しくなる。その分足にかかる体重も増えていくため苦しそうな表情はだんだんと赤みが増していた。


「いや、駄目ですって」


「なんか落ち着かせる手段とかないのか?」


 このままでは本当に死んでしまうかもしれないと、益人は隣人にたまには働けと目を向ける。

 祐子は顔のパーツを中央に寄せて考えて、そして、


「えっと……あっ」


「よしやれ」


「えぇ!?」


 ぽんと生み出されたアイデアの内容も聞かずにゴーを出され、祐子はわかりやすく狼狽していた。

 ダメもとでいいんだよ、期待なんてたいしてしてないんだから。

 どうせろくでもないことするんだろうなと逆に信頼していた。

 それでも躊躇する祐子に、


「早くしろ」


 笑顔を浮かべ、祐子の目の前で拳を固く握って見せる。


「うぅ、どうなっても知りませんよ」


 恨めしそうにみる祐子に顎で指図すると、彼女はかがみ、男子の頭を抱えるとそのまま顔を近づけていた。

 ……わぁお。

 見えていないが想像通りならばキスをしているのだろう。初めは驚くほど猛烈に抵抗していたが次第にゆっくりになり、


「――!」


 声にならない悲鳴とともに一瞬だけ一段と動きが激しくなったため、益人は強く踏み直す。それがとどめになったのか、男子は力なく倒れていた。 

 推測するに、後半舌まで入れたのだろう。かわいそうに。

 益人は両手を合わせて南無、と唱える。完全に動きが止まってからしばらくたって顔を上げた満足げな祐子に、


「流石に引くわ」


「やれって言ったのはそっちですよね!?」


 光沢を放つ唇を近づける祐子に、益人は目を逸らしていた。

 そして手で祐子の頭を押し飛ばすと、死に体の男子に、


「落ち着いたか?」


 問いかけた言葉に、少しの時間を置いて頷きが返ってきた。


「やりましたよ!」


「やったというかやっちまったというか、捕食かな」


「失礼な!」


 一番失礼なのはお前だよと、転がる祐子に目で訴える。

 阿呆の相手は後だと、益人は足を地面の上に戻して、


「よう、気分はどうだ?」


「……最悪だよ」


「だよな」


「ひどいっす!」


 つんざくような声に頭が距離を置きたがっていた。


「黙ってろ。でだ、このゲームのことどこまで把握している?」


「……ルールくらいは」


「オーケー、じゃあついてこい。生きて脱出させてやるからよ」


 かわいそうだからと、手を伸ばす。

 名も知らぬ男子はその手をしばらく見つめた後、


「そんなことできんのかよ」


「出来る。多分な」


 落とし物を拾うように強引に手を引き、立ち上がらせた。


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