第38話 二日目 12:00-2

 交渉がまとまる少し前のこと。

 キルカの放った弾丸の音は通路端にいた五人の耳にも届いていた。


「銃声っ!?」


「おい、出るなっての」


 不安げに様子を見ていた桜が顔だけではなく身体ごと前に出ようとするのを益人が手を持って制止しようとしていた。

 遠く、白い布に身を包んだ二人の姿は見えていたが、何を話しているかまではわからない。ただ銃声が鳴るということは和やかに交渉が進んでいるという訳ではないことを示していた。

 だから桜は振り返って益人をにらみつけると、


「そんな悠長なこと言ってる場合ですか?」


「今出ていって何が出来るんだよ。交戦してるなら銃声が続くはずだろ?」


 たぶん、と心の中で付け加える。

 ちらっと見える感じでは二人はまだ立っている。最悪ではないし逃げてこちらに向かっている様子もないため、信じて待つことが最善のように思えていた。

 ……本当にそうか?

 逃げられない理由があるのかもしれないし、助けを求めている可能性もある。本当にここで様子を伺うだけでいいのか、何か他に手がないのか、正解がわからず益人は頭を悩ませていた。

 それは桜も同じだった。


「一発で死んでるかもしれないじゃないですか」


 いや、それならもう終わりじゃん。

 悲劇的な発想に益人は首を振り通路の先を指さす。


「ドラマの見すぎだ。現代社会で目の前の警戒している相手を一撃で二人殺せる奴なんかいねえよ。ほら、まだあの二人は立ってる」


「でも……」


「いいか、あの二人が死んだら俺たちはもう終わりなんだ。どっちにしろ信じて待つ以外選択肢がないんだよ」


 むしろ自分に言い聞かすように益人は諭す。

 唇を噛んでうつむく桜は、数秒してから大きく首を振ると、勢いよく顔を上げ、


「見殺しには出来ません」


「人の話聞いてたか?」


「そもそも二人で行かせる必要もなかったはずです。こっちは七人もいるんですよ? 数で威圧すれば向こうも従うしかないはずなのに」


 確かにと、後ろで呟く声を、益人は身体でふさぐ。

 桜の案は確かに手っ取り早く、そして確実のように思えた。わざわざ数の優位を無くしてまで相手に合わせる必要などなく、情報においても戦力においても上位であることを示せば、交渉だって簡単に進んだことだろう。

 ではなぜ二人に任せたかといえば、

 ……なんでだ?

 その時はそれが最善だと思っていた。

 一応理由はあった。今後二十四時間一緒にいるのに関係が悪いままでは寝首をかかれたり、その警戒のために人手を割かなければいけなくなる。それなら最初に交わした約束を守るほうが良い関係を築いたほうがいい。

 しかしそんなもの縄か手錠で拘束し、ゲーム終盤まで監禁して置けば済む話である。

 だから桜の言うことのほうが利があるように思えたが、


「そうかも知んねえけど今する話じゃねえだろ」


 もう遅いのだ。今から出て行っても下手に威圧するだけで間に立つ二人に危険が及ぶ。

 だからと、引っ張る手に力を込めるが、桜はその場から動こうとはしなかった。


「心配なんです」


「知ってる」


「本当にこのままでいいんですか?」


「うっ――」


 心の中を見透かすような目に、益人はたじろいでしまう。

 ……どっちかってえと賛成だもんなあ、俺も。

 もう少し早く思い浮かんでいれば桜の言う通りにしただろう。交渉もうまくいっていないようならいっそのこと、乗り込んでしまったほうがいいのかもしれない。

 つくづく通信手段がないことが悔やまれる。そんな風に思っていると、急に後ろから出てきた手が益人と桜の手を握る。


「みんなで助けに行きましょう!」


「――はい!」


 お前さあ……

 煽った和仁と一緒になって桜が手から離れていく。その足取りは軽くピクニックへ行くかのようだった。

 

「……どうする?」


 置いていかれた益人に声をかけたのは源三郎だった。

 彼は前を行く二人を眺めながらゆっくりと話す。


「言い分に正しさはある。止めるにはねじ伏せるしかない」


「つまり止める気はないってことか」


「二人だけ先に進ませる訳には行かない」


「わーったよ。ったく」


 悪態をつきつつ、益人は前に進む。

 望む形では無い決断に、不安を覚えながら手には拳銃を用意していた。





「またぞろぞろと出てきたけど、これも打ち合わせかしら?」


 キルカは固く握っていた手を離して、そう問いかける。

 彼女の目線を追うように春夏も振り返ると、先頭をいく二人を追いかけるように三人が向かっていた。

 ……何かあったのかしら?

 予定のない行動の意味が分からず、首を傾げながら、


「んー、紹介する手間が省けたと思って貰えないかしら」


 苦しい言い訳に苦笑いを浮かべる。

 ここでいきなり破談はないだろうが心象はあまり良くない。それ相応の理由があるなら別だが、向かってくる二人の表情からそのような危機感は感じられなかった。

 桜達との距離が十メートルより近くなった。どうしたの、と春夏が声をかける前に盾になるように颯斗が前に出て問う。


「なんで出てきた? ここは任せる話になってただろ」


 若干の怒気を孕んだ声に、返答は銃口で成されていた。

 ──はい?

 二人とも片手でこちらに拳銃を向けている。確かな重量のあるそれは射線が不安定に揺れていた。

 裏切られた、と一瞬頭に過ぎるが今それをするメリットがない。巫山戯ているにしては愚かすぎる行動に戸惑っていると桜が口を大きく開けていた。


「手を挙げて! 抵抗しないで話を聞きなさい」


 つんざくような高い声に、混乱し過ぎてむしろお腹をくすぐられている感覚になる。

 思わず頬を緩ませていると、背中に突き刺さる視線を感じて、振り返るとキルカと男性が白い目を向けていた。


「私を見られても困るわ……って言ってる場合じゃないか」


 ついでに言うなら笑っている場合でもない。

 春夏は隠し持っていた拳銃を服の中から取り出すと、


「銃を置きなさい」


 桜に向けて両手で構えていた。


「ど、どうして……」


「それはこっちのセリフよ。なんででてきたのよ」


「二人じゃ危ないかと思って……」


「ありがとう。でも今は余計だったわ」


 冷酷に告げる。

 信じて貰えなかったことは今は置いておくとして、馬鹿な真似は即刻やめさせなければならない。

 春夏は一転して優しく諭していく。


「ほらいい子だから、銃を下ろして下がりなさい」


「わ、私は──」


「それは子供が持つものじゃないわ。大人に任せて、ね」


 そう言って一歩踏み出した時だった。

 桜の震える手がぴたりと止まった。 


「私は、いい子なんかじゃないっ!」


 絶叫が聞こえる。と同時に火薬の炸裂する音とブレる視界に耳元で、


「あぶねぇ!」


 押し倒されたと気付いたのは地面に肩を強く打ち付けてからだった。

 衝撃で背中の傷が開き、赤い火かき棒を押し付けられたような痛みに呼吸が止まる。

 しかし悶えている場合じゃない。苦悶の表情のまま春夏は身体を起こすと、近くで転がっている颯斗を見つけ、


「颯斗くん!?」


 その背中に大きな赤い血溜まりが出来ていることに気付いて急いで駆け寄っていた。


「いってぇ……」


「大丈夫? 怪我は──」


「掠っただけだ……俺も悪運だけは強いからな」


 力無く笑う颯斗にバカと叱咤する。

 どう見てもかすり傷では無い。銃弾が身体を貫いてそこから血が溢れていた。

 早く処置をしなければ命に関わる。颯斗の肩にかけられたバックパックに伸ばした手は、彼によって掴まれてしまっていた。


「それより、逃げなきゃ」


「えっ?」


「……マーダーが近づいてる」


 息をするもの辛いのか、掠れた声で颯斗は言う。


「まさか──」


 春夏は開いた口を閉じて目を瞑る。心臓の音が邪魔をしていたが確かに、

 カツン、カツン……

 丁字路の左側、キルカ達が現れた方とは逆から金属が床を叩く音が聞こえていた。

 ──まずっ!

 耳が拾った音はもうすぐそこから来ていた。いつ姿が見えてもおかしくない状況に焦り、そして、


「手を貸して」


 桜を一瞥した後、キルカ達に向けて言葉を放つ。


「私が?」


「そっちの大きい方でもいい。マーダーが来るのよ!」


「わかった」


 男性は短く頷くと、颯斗の腕を持って雑に引き上げる。苦しそうな声を漏らす颯斗に目もくれず来た道を戻っていく。キルカも既に姿を消していた。

 一人残った春夏は通路にいる皆に向かって、


「こっちは大丈夫だから。またね」


 一言残して颯斗達を追いかけていた。

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