第24話 初日 20:00-5

 しんと静まり返る空気に、段々と自分の仕出かしていることを理解してきて、

 ──なにやってんの、私!?

 仮にも協力する仲なのに刃を向けている事実は既に消せない。

 こんなはずではなかった。こんなことをしたいのではなかった。

 そう思う度にゆっくりと下がるナイフを見つめながら、源三郎は深く息を吐いていた。

 そして、


「……ゲームが始まって俺は一人だった。放送を聞いても意味が分からなくて二日目の夕方まで部屋に隠れていたよ」


「……それから?」


 話し始めたことを意外に思って、春夏は目を見開いていた。

 源三郎は近くに落ちていた木箱を立てると腰を落ち着け、瞼の裏を見ていた。

 そして小さく開けた口から短い吐息を漏らすと、続きを話始める。

 

「スマホもろくに見ずにな。今思えば隣の部屋くらいは見に行けばよかったと後悔しているよ。その夕方に部屋の扉が開かれたんだ。そこにいたのは小学生くらいの小さな女の子だった」


 それを聞いて、春夏は後悔した。

 きっと良くない話だ。想定していたものとは違う、禁足地を土足で踏み荒らす行為にこれ以上聞きたくないと思ってしまう。

 しかし話させたのは自分だ。ここで中断する訳にはいかない。

 源三郎は浅い呼吸を繰り返して、


「小さな手に無骨な拳銃をもって、こちらに照準を合わせていたよ。でも引き金は引かれなかった。撃ったことがなかったらしくてな。安全装置もかかったままさ」


 命がかかってるってのに、と自嘲気味に笑う。


「それでも拳銃を向けられてビビった俺は少女に向かって飛び出していた。ただおびえる彼女を組み伏せて首に手をかけた。でも細い首に力を入れた時、ボロボロに泣いている彼女の顔を見て、咄嗟に手を放したんだ」


 姿勢は変わらず、黙々と話す源三郎を見つめる。


「よく見れば彼女の恰好はひどいもんだったよ。埃と血で固くなった服を着て、軽い脱水症状にもなってた。乱暴されたんじゃなくて一緒に行動していた女性が殺されて必死に逃げてきたらしい」


「そう……」


 痛ましい、そう思うことは失礼だ。女性だろうが子供だろうが自分の命と天秤にかけられる訳が無い。肯定するつもりはないが否定もできない。

 蓮がいなければ、自分達だってその道を行くしか無かった。本当に運がいいだけの話なのだから。


「ゲームも中盤を過ぎてそこで初めて自分のタスクを確認したんだ。その時も聖職者だったが祭壇もアイテムも分からなくてな。少女は学者で唯一知っていたルールが参加者を三人殺すと無条件でタスクがクリアされた扱いになるというものだった」


「まさか──」


「あぁ、時間もなく、それしか方法がなかった」


 それは罪の告白だった。

 生き残るため、他者の殺害を容認する。平常の感覚では忌避されることを選ばざるを得なかった。

 ……そりゃ、言えないわよね。

 ある意味では抜け道だ。当然今回は選ばないが切羽詰まった状況ではそれがどうしてもチラつくだろう。一人、また一人とタスクをクリアする中で一人取り残されていくとしたら、考えたくもないがその手段も候補に上がってしまう。

 そして前回のゲームでは源三郎はそれによって生存出来たということになる。

 彼は一度大きく息を吸う。少しだけ気持ちの乗った声で、


「でも駄目だった。動き出しが遅すぎたんだ。もう残っている参加者も少なくなっていたし、どうにか二人までは殺せたんだがあと一人が見つからない」


「あと一人……それって」


 そういうこと、なんだろう。


「あぁ。まだ一人も殺していない彼女と二人殺している俺だ。彼女から提案してきたんだ。残り十分まで頑張ってみたがどうしても時間がなかった。五分、三分と短くなって、彼女が俺の手を持って拳銃を頭に当てたんだ」


 その時の手の感触を思い出すように、源三郎は手を見つめていた。


「自殺じゃ無効になるから、俺は引くしか無かった」


「……殺したの?」


「殺したさ。恨み言でもなんでも聞いてやるって言ったけど最後になんて言ったと思う?」


 問われ、春夏は首を振る。


「住所だった。彼女の住んでいる住所。そこに居る両親に愛していると伝えてくれと」


「それは、辛いわね」


 気の利いた事も言えず、春夏は目をそらす。

 リピーターであることに理由があるとは思っていたが、もっと即物的だと思っていた。


「それで、クリア後は?」


「伝えられていない。会うことも、な。クリア後の説明にここでのことを話してはいけないとあるから。話してしまったら知ってしまった両親にまで影響が出るかもしれないし、話さないで上手く言葉を伝える手段もなくて」


「そう……」


「できたのは匿名で金を置いてくることだけだった。なんの償いにもなりやしない」


「じゃあどうしてまたこのゲームに参加したの?」


「つまらない後悔さ。明らかにクリア不可能な子供を助けるためにはそれしか思いつかなかったんだ」


 えっ?

 神妙な面持ちで話を聞いていた春夏は、膨れ上がった疑問に頭を悩ませていた。

 言いたい事は何となくわかる。可哀想な子供を守りたいという気持ちが前に出て、その後ろに懺悔が見えている。だから他の参加者や自分を犠牲にしてまでも子供だけは生きてクリアさせようというのだ。

 いや、他にやり方があるでしょ。

 根底にあるのは申し訳ないという気持ちだ。それは自分が殺してしまった少女に対するもので博愛とは関係ない。

 やり方が違う。だから春夏は思いを言葉にする。


「せっかく助かった命をそんなふうに使うの?」


「子供を犠牲にして助かった命に価値があるのか? なら一人でも多くの子供をこんな馬鹿げたゲームから救い出した方がいいに決まってるだろ」


「そんなこと、彼女は望んでいないわ」


「知ったふうな口を聞くな」


「知らないわよ。でも知らなくても分かることはあるわ」


 望まれて生きながらえた命のはずなのに、その思いを無視することが許せなくて、


「同じ辛い目にあった人が今後幸せに生きて欲しいって、きっとそう思ったはずよ。だからあなたに親のことをお願いしたんでしょ? なのに遠回りの自殺をしてくれなんて冒涜的だわ」


「ちがう!」


「違くないわ! あなたは間違っている。彼女の分まで幸せに生きるべきなのよ!」


「それは……出来ない。出来ないんだ。許してくれ……」


 小さな子供のように背中を丸める源三郎に、春夏はかける言葉が見つからずただ拳を強く握るしかなかった。

 間違っていると思うのは偽りない本心だ。しかしそれを直視させるには彼自身の心にまだ余裕がなかったのかもしれない。

 それでも、それでも彼の進む先に希望などないことを伝えなければ、不幸になるのは一人では済まされない。

 拳をゆっくりと解いて、春夏は源三郎の大きな背中に手を乗せる。

 硬く、頼もしいはずの筋肉はハリボテのように感じられ、軽くとんとんと叩きながら、


「ここを出たら一緒に考えましょう。あなたには時間が必要よ」


 あやしながら、これが最善と思い込むしか出来なかった。

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