第23話 初日 20:00-4

 情報共有が終わり、本日最後の探索が始まっていた。

 また、一人増えたことと春夏の怪我のこともあり、再度組み合わせが変わることとなった。

 怪我人が置いていかれることがないように春夏は身体が一番大きい源三郎と、咄嗟の状況で判断の早い颯斗は桜と、同じく信頼のある益人が大人な分一人多く率いることとなっていた。

 異論は出ず、探索の為それぞれが散らばることとなった。四階より上は精神状態の不安定な参加者がいるため見送りになり、一番若い颯斗達が三階、益人達は引き続き一階となっていた。

 残りの二階部分、そのフロアに春夏はたっていた。

 一直線に伸びる通路の先は帳が降りていて先は見えない。シンメトリーになっているならば通路の全貌は『中』という漢字の中の棒がない形をしているはず。その保証はないがひとまず先端を目指すこととなっていた。


「ごめんなさいね、足手まといになってしまって」


「気にするな」


 暗がりを進む中で春夏が言うと、ぶっきらぼうな答えが帰ってきていた。

 二階の探索は上手く進んでいない。春夏が最初に探索した所まではつかつかと歩いて行けたのだが、その先は通路に転がる障害物が多く、怪我をしている春夏には負担になっていた。

 唯一の光源である懐中電灯は三階を探索している颯斗に持たせてある。二階で求められているのはあくまでゆっくりと、危険が無い程度に探索すればいい。極論成果など必要が無く、後々動けるメンバーが見直して終わりだ。

 本当は拠点で寝ていてもよかった。それをしなかったのは明確に足でまといと思われたくなかったのと、一人でいることが心細かっただけに過ぎない。

 ……わがままよね。

 ぼそりと呟いた声は誰にも届かない。

 意味の無い自己嫌悪が思考に影を落としていた。


「……ねぇ」


 先を歩く源三郎の背中に声を投げかける。


「このゲーム、本当にクリアできると思う?」


「出来ることは運営が認めただろう」


「あれ本当かしら。私たちを騙そうとしている可能性だってあるはずよ」


 何が言いたいのか、春夏自身もよくわかっていなかった。

 よく見えない背中からため息の音がしたような気がして、


「だとしても、今それを話すことは無意味だ」


「経験者である貴方がどう思っているか聞きたかっただけなの」


「……考えたこともなかった」


 その声は少し震えていた。


「出来る出来ない以前の問題だ。発想になかった。もしあの時それが出来ていたらあの子を殺さずに済んだかもしれない」


「あの子って?」


 聞いて、春夏は下唇を噛む。

 殺した相手の話など言いたくは無いだろう。

 あまりに無遠慮な質問をしたことに謝ろうとした時、


「……お前には関係ないことだ」


 ただそれだけ言われ、中途半端に開いた口は横一文字の形を取っていた。


「探索に集中しよう」


 それでも源三郎は不機嫌にならず、ただ短く言う。

 春夏はそれに軽く頭を下げるほか出来なかった。





 悪い事を考えるのは雑念が多いからだと、昔の恩師に言われた事を思い出し、春夏は本来の目的に集中することにしていた。

 今は突き当たりを右に曲がり、その先の角を左に二回曲がっての丁字路に来ていた。

 直進すれば元に戻る道に繋がり、右に曲がれば新天地となる。どちらに進むかは相談するまでもなかった。

 想定が正しいものだと気付くまでにはそう時間はかからなかった。直進した先に階段を見つけ、他に行けるところはない。これが一フロアの広さの上限であると示していた。

 部屋を見ることなくまっすぐ歩いたためこの後どうするかは決まっていない。下に行っても上に行っても他のペアと合流はできるが、それは時間を無駄にするだけのように思えて、とりあえず手近なところを調べることにしていた。

 階段すぐの場所はカウンターがあり、受付を思わせる空間だった。下からあふれる光で探索は容易だったがその分何もないことがすぐにわかってしまう。

 ただ受付のカウンター内に入った春夏はそこに設置されている機械を見つけ、

 

「あれって端末かしら?」


「だと思うな」


「……私からでいい?」


 春夏が聞くと、源三郎は口を開かずにただうなずくだけだった。

 ルールの追加ならばタスクが一つ進む。アドオンなら何かに使えるだろう。ためらう必要もなく春夏は自分のスマホを設置させる。

 滞りなく始まったダウンロードは早い。アドオンならばもう少し時間がかかるという話だったのでルールか、または、と当たりをつける。

 バーが右に振り切り、画面が消灯する。手に取って操作をすればルールに追記があることが確認できた。


 ルール七 ゲーム参加者とは別に一体の殺戮者マーダーが病院を彷徨いている。殺戮者を殺してもタスクを達成とは見なされない。


 源三郎がダウンロード中、表示された文字を見て春夏は肩を落としていた。


「えっと、マーダーについての説明みたいね。特に大事な情報はないみたい」


 ある程度既知の情報に期待していた分、落胆は確かにあった。

 ……はあ。

 思わずついたため息に、源三郎と目があう。

 彼はゆっくりと首を振ると、


「一つ集まっただけ良しとしよう」


 その励ましの言葉に、

 ……またやっちゃった。

 良くない。良くないぞと春夏は頬を叩く。

 焦りが悪いほうに循環している。余裕がないのは自分だけではないのに一番の大人がこんな風では空中分解しかねない。

 それに、頼られていないと膝から崩れ落ちてしまいそうだった。自分よりもふさわしい他人がいることがわかってしまったからこそ、成り代わられたら二度と歩けない気がしていた。

 今はそれを深く考える時間ではないと切り替える。長くても後二日、そのあとは笑い話にすればいい。そう考えて無理やり明るく笑みを浮かべると、


「あと何個あるのかしらね」


「わからない。前回は情報端末があることすら知らなかった」


「……言いづらいことかもしれないけれど、前回どんなことがあったか聞かせてくれないかしら」


 蒸し返すようで悪いと思っていても春夏は目に力を入れて尋ねていた。

 

「関係ないだろう」


 頑として譲る気がない源三郎に、


「そうとも限らないわ。確かに得られる情報は少ないかもしれないけれどそれでも何か役に立つかもしれないし」


「言いたくないといったはずだが」


 語尾には力がこもっていた。

 絶対に言う気はない、そんな強い意志に、

 ……なんで協力してくれないのよ!

 場違いな憤慨が心中に渦巻いていた。

 言いにくいことがあるのはわかっていた。でもそれは過去の話で受け入れられないとも言っていない。不可抗力、正当防衛の結果におびえる彼の態度が気に入らない。

 だから春夏は持っていたナイフを強く握り締め、

 ……大丈夫、当てるわけじゃない。

 脅された、だから仕方なく話した。源三郎にはそう逃げ道を作ってあげるつもりで凶器を向ける。


「ごめんなさい。わずかでもチャンスがあるなら縋るしかないの。話して」


 ピンと伸ばした先、銀の切っ先を源三郎の目がとらえていた。

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