第15話 初日 16:00-4

 十六時を少し回った頃。

 春夏と颯斗のペアはまだ未開である三階にいた。

 階段の辺りはまだ薄暗い程度だがそこから一歩廊下に入れば途端に闇が満ちる。


「さて、探索と行きましょうか」


 春夏が言う。口調は明るく、ハリがある。


「気楽だなあ」


「宝探しみたいじゃない。鬱々としてたってつまらないわ」


「命がかかってるんだぞ」


「だからよ」


 だから明るくねと、春夏は笑う。


「パフォーマンスを高めるために緊張するのはいいけど、しすぎは視野狭窄になるだけ。時間を追う毎に状況は悪くなるだろうから今のうちから張り詰めてたら糸が切れちゃうぞ」


「悪くなるのか?」


「ゲームだもの。盛り上がりは最後に、なんでしょ?」


「これからまともにゲームが出来なくなりそうだ」


「そんなことおなかいっぱい食べたら忘れるわ。まだまだ若いんだから」


「子供扱いすんなっての」


 颯斗は口をへし曲げていた。

 くすくすと笑い声が聞こえると、


「ならしっかり守ってね。私、女の子扱いされたいから」


 軽口に颯斗は言葉に詰まって、絞り出すようにため息をついていた。

 ……適わねえな。

 口汚く罵っても笑ってあしらわれるのが目に見えている。かと言ってノリに合わせるのは性にあわない。結局降参を無視という態度で示す結果となっていた。


「恥ずかしがっちゃって」


「うるせえ!」


 颯斗は威嚇するように吠えると、足音を立てて春夏の横を通り過ぎる。

 心地よい苛立ちが頬を赤くしているのが、暗闇で見えなくて良かったと、内心でほっとしながら。




 颯斗達は手近な部屋から順に見ていっていた。

 部屋の中は大体が蛍光灯が割られているか、断線しているのかスイッチを押しても反応がない。それでも何部屋かに一つはしっかりと灯りがつくものもあり、そこから扉を全開にしておけば廊下を薄く照らしていた。

 一回目二回目の探索から病院のだいたいの構造が把握出来ていた。一階の拠点は病院の左端にあり、さらに左には屋上まで繋がる階段がある。各階には右に伸びる通路があり、両側を診察室や検査室、入院患者用の個室や待合所のような広いスペースが確保されていた。

 いくつかの部屋は鍵がかかっていて入れないところもあった。壊せば入れないこともないだろうが必要以上の物音を立てるわけにいかず、今は放置せざるを得ない。どこかに鍵があればまた探索する必要があるため目印として裂いた布を結び付けてあった。

 通路は二十メートル程でそこから丁字路で左右に分かれている。その先は今の所不明となっていた。


「どう思う?」


 突然声をかけられ、颯斗は、


「何が?」


 スマホの僅かばかりの光を光源としながら探索に集中していたため、短く答えていた。

 今は七つ目の部屋を探索しているところだった。小さな診察室らしき部屋が乱立しているエリアのようで、探す所は少ないものの見逃しを恐れて念入りに調べていると時間がかかる。

 机の中やベッド、棚と全てひっくり返す勢いで見て回る。カツンと指先に当たるものがあって手に取って見れば大体が空の薬瓶だったりするため思うような成果は上がっていない。

 空振りがいつまでがいつまでも続くと機嫌も悪くなってくる。少し乱雑に探っていると、


「ん、なんだこれ?」


「どうしたの?」


「いや……」


 そう言いつつ、颯斗は手に触れたものを掴んで引き寄せる。

 ビニール袋に入った柔らかい物。重量はそこそこあり、不安定に形を変えていた。

 ……なんだ?

 記憶の中に引っかかるものがなく、目の前までもってきてスマホで照らす。

 黄色いパッケージが特徴的なそれは、


「――小麦粉じゃねえか!」


「何遊んでんのよ」


「遊んでねえよ!」


 叩きつけたい衝動を押さえながら声を張り上げる。

 袋が破れて粉が舞ったら、それこそ大変なことになる。

 それよりも、


「これを何に使えってんだよ。何考えてんだ、主催者は」


「小麦粉だけあってもねえ……」


「そういうこと言ってんじゃねえ」


「そう? パンケーキとかワッフルとかいいわよね」


「状況見て言えよ」


 颯斗がそういうと、一拍置いて、


「……しつこい?」


 ぽつりとつぶやく声に、颯斗は頭を掻く。


「俺は大丈夫だから。無理に場を盛り上げようとしなくていいんだよ」


「……うん」


 かすかに聞こえた声は震えていた。

 やせ我慢にやせ我慢を重ねて、年長ということもあって気を張って。中には保護されるべき存在もいる上に、それを使っていかなければならない。そんな重圧と戦う術が空元気だった。

 そんなもの、よそから見たらただ痛々しいだけ。だから颯斗は、


「ちったあ休んどけ。こういう時は何にも考えてねえガキのほうが強いんだぜ?」


「ありがと。でも平気よ」


 ほうれい線のくっきり浮かんだ笑みを春夏は見せていた。

 それ以上颯斗は何も言わず部屋を出る。そしてすぐ隣の部屋に入った。

 最初の通路ももう端まできている。突き当りの手前の部屋は暗く、しかし電気は通っていた。

 スイッチを押し、電気が付くことに安堵する。白く塗りつぶされた視界は慣れるまで少しの時間を必要としていた。


「あら、何かしら?」


 後ろから入ってきた春夏が言う。

 今までの診察室とは違い、いくつかの機材が一目で壊れているとわかるほど無残な姿で転がっている。その中で部屋の真ん中にある一台のストレッチャーの上に一台の機械がきれいな形を保って置かれていた。

 見覚えのない物に、颯斗は慎重に近づきつつ、


「あれじゃね。アドオンの装置」


 聞いていた話から推測する。

 合っているかどうかは試してみればわかること。少なくともこれで爆発するなんてことはないだろう。

 

「おお、大当たりね。どっちのスマホを置く?」


「どっちでもいいだろ」


「じゃあ私がやるわね」


 春夏はそういうと小走りで装置に駆け寄り、スマホを立てかける。

 画面が自動的に起動して、話に聞いていた通りダウンロードのバーが表示されていた。

 ……早くね?

 ものの十秒もかからずバーは左から右まで通り過ぎていた。そうだったっけと疑問を口にする前にスマホを手に取った春夏は画面を操作し始めていた。


「どうだ?」


 颯斗が尋ねる。

 しかしすぐに返答はない。春夏は画面を見つめたまま細かく頷いたかと思うと目を強く閉じて、


「アドオンじゃないみたい」


「なんだよ、喜び損だな」


「そうとも言えないわよ」


 もったいぶった言葉のあと春夏はスマホの画面を颯斗に向けていた。



ルール八 院内にはセーフゾーン(以下「ゾーン」と称する)が存在する。ゾーン内では基本全てにおいて殺害が認められない。殺害が行われた場合、殺害した者はゲーム終了後処分される。またゾーンはそれぞれ使用時間と回数が決められていて、それを守らない場合殺戮者マーダーがゾーンに向かう。その場合一時的にゾーンは解除された状態となる。


 

 文字の羅列がそこにはあった。上のルールから数行開けて表示された文字を読んで、


「……んなもんあったか?」


 記憶の中にそれらしき部屋は覚えがなかった。

 歩く頭をひねっていると、


「あれじゃない? 鍵のかかっていた部屋がいくつかあったでしょう?」


「あー、あったな。でもどうやって入るんだ?」


 颯斗が疑問を投げつけると、にんまりと笑みを浮かべた春夏がスマホを振って、


「多分だけどこれを使うんじゃないかしら」


「違ったら?」


「静脈認証であることを願うしかないわね」


 冗談めかして言う彼女に颯斗は不安げに眉をひそめていた。

 春夏はスマホをジャケットの内ポケットにしまうと、

 

「それより、スマホ貸してくれない」


「なんでだよ」


「あなたのスマホにもルールを入れるからよ」


 それに何の意味がと、聞くのも馬鹿らしく思えて颯斗はスマホを差し出していた。

 端末に置かれたスマホは先程と同様にダウンロードが始まる。

 ものの数秒で終了し画面がスリープになったことを確認した春夏は短く嘆息していた。


「よかったぁ」


「なんで?」


「私の役職が学者だから」


 そう言ってまたスマホを操作し、画面を突きつける。

 


 役職 学者

 タスク 全てのルールを把握する

 追記 Locked



 短い文章は一分も経たずに読み終わる。

 ……そういう事か。

 颯斗が画面から目を逸らすと、春夏はスマホを戻し、


「もしルールも一回だけだったら私のクリア条件不可能になるじゃない。それだとちょっと厳しすぎるわ」


「見せてよかったのか?」


「これくらいならね。人を害するようなものでも無いし」


 その言葉に颯斗も頷いて返す。

 ただそれでもこの情報を皆に開示するのは反対だった。まだ精神的に不安定な状況だ。一人が開示したら同調して全員が、という流れになりかねない。

 いずれ、そうなるが今では無い。

 そしてもうひとつ、追記のところに書かれた『Locked』という文字が気になる。

 自分の役職はそこが既に表示されているから何か理由か条件があるはずなのだ。

 ……めんどくさ。

 テレビゲームならまだしも現実でやることじゃないと颯斗はため息をついた。

 この部屋の探索はそれ以上めぼしいものは見つからず、二人は部屋を開けっ放しにして通路に戻っていた。


「……そういやさ、さっきなんて言おうとしてたんだ?」


 突き当たり、目の前にはトイレがあって左右に別れ道があるところで颯斗は首を傾げながら右に立つ春香を見る。


「さっきって?」


「あれだよ、どう思うって聞いてきただろ」


「ああ」


 春夏は手のひらで皿を作り、そこに拳を置いて、


「病院でしょここ。なんか足らないと思わない?」


「そうか?」


「うーん、色々ぐちゃぐちゃになってるからそう感じるだけなのかしらねえ……」


 春夏は眉を寄せて、少し上を見つめていた。

 その奥で一瞬光るものを颯斗は見つけていた。

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