第12話 初日 16:00-1

 スマホの時計は十六時を示している。

 時間の確認を終えた桜は拠点すぐの階段に来ていた。

 他のペアは既にそれぞれの行動を始めていて、この場にいるのは桜と源三郎の二人だけだった。

 所持品はスマホと水、源三郎はそれに追加してバックパックと拳銃とナイフを持っていた。必要最低限しか持っていないのは多くの物資を持ち帰る為と非常時に障害とならないようにだ。

 ただ凶器の一つも持たせて貰えないことに桜は口を曲げていた。理由は分かっていた。小型のナイフなど持っていても意味が無いし長物は普段は邪魔になる。それに武器が無いなら逃げる以外の選択が無くなる。喫緊の状況では迷うより行動に移して欲しいという思いからだった。

 ……子供扱いされてるのかなあ。

 現在拳銃は一つ。それは仕方ない。ただ他の全員が作業用にナイフを持っているのにそれすらない理由が年齢のせいに思えていた。


「五階の続きから見ていくがそれでいいか?」


 突然上から降ってきた言葉に桜は目を大きくして、


「あ、はい。よろしくお願いします」


 勢いよく深深と腰を折り曲げていた。


「そんなにかしこまる必要は無い……怖がらせているか?」


 怖がらせているか。問われ、顔を上げた桜は苦笑する。

 怖いと聞かれれば否定するし、怖くないと聞かれればまたそれも否定する。正確にはよく分からないというのが本音で、全てを理解した時はそのどちらかに傾くだろう。

 だから返答に困って桜は笑うしか出来なかった。ただ一つわかっていることがあって、


「人を殺すのはいけないことですけど同じ状況なら仕方なかったはずです。それに非難するならこんなゲームを開催した運営のほうだと思います」


 今回のゲーム参加の理由は分からないが一度目はただの被害者であり、そこで行われた行為は致し方ない不可抗力だ。そんなようなことを言っていた春夏の言葉を思い出していた。


「ありがとう」


 源三郎は貼り付けた笑みで述べる。

 それが元々の表情なのか心に溜めているもの故か、ぎこちない笑みが痛々しくも見えていた。

 踏み込むべきか否かで迷ったが、


「早く探索を始めましょう。まだ何も見つけてないんですから」


 気のせいだったら恥ずかしいと桜は先に進むことを選んでいた。





 二階から上は暗く、その得体の知れなさを醸し出していた。

 それでも源三郎は一度通った道と、手摺に手をかけながら確かな足取りで登り続ける。

 五階程度ならそれほど苦でもないと桜も軽やかに後ろを追いかけていた。

 まだ怖くはあるが先を行く人がいることと、その息遣いがあるだけで安心出来る。ただ時折、特に階段の踊り場に出る時は急に歩調が遅くなるため、ぶつからないように注意が必要だった。

 二階、三階と問題なく上がっていく。段々と下から差し込む光が弱くなって背中を視認することが難しくなってくる。

 それが四階に差し掛かった辺りで、


「待て」


 鋭い刺すような声に桜は焦りながら足を止める。

 きゅっと心臓が縮こまる。大丈夫、と暗示をかけながら桜は次の合図を待っていた。

 異様なまでの静けさの中、カン、カンと、金属同士が衝突する音が響く。

 不規則なリズムと音量は自然のものとは言いがたく、

 

「参加者、でしょうか」


 目の前にある背中に桜は小さく声を投げかける。


「わからない。が、油断は出来ない」


「戻りますか?」


「いや、まだ早い。向こうが気づいていないなら優位を取って交渉した方がいい」


 そういうと源三郎はゆっくりと静かに移動を始めていた。

 二、三歩で階段を上がり切り、壁を背にして進んでいく。

 壁の終わり、曲がり角で一度立ちどまる。桜もそれに習ってその先を見るために顔を出した。

 その先は廊下だった。暗闇で見えないが今なお続く音は左手側、壁の中から響いているようだった。


「……部屋の中か?」


 答えを求めた訳では無いとわかっていても桜は細かく頷く。

 物音に近づけば近づくほど、心臓が強く脈打つ。しかし目を瞑り、逃げたい気持ちを抑えてもやらなければならないことがあった。

 大丈夫、大丈夫。私は出来る、問題ない。

 何度目かも分からない暗示を自分にかける。効果があるかすら不明だがしないよりはマシと信じて。

 その時、急に手が熱く硬い感触を拾って、


「大丈夫だ。まだ見つかっていない」


 励まそうとする、穏やかな口調に少しの安心と、

 いきなりどうしたんだろう……

 今までにない行動に可笑しさの方が勝っていた。

 その分身体のこりのようなものは和らいで、


「もう少し近づいてみます?」


「……そうだな」


 音がどんどんと奥へ奥へ、左の方に流れていっていた。つまりドア付近にはいないのだ。

 手で探りながら慎重に歩を進めると、ここだろうと思われる扉まで来た。

 ……大胆だよね。

 自分達ではなく、物音を立てている人物が。

 いつ誰に襲われるか分からない状況で他人が近づく警戒をしていない。する必要がないのか、そんな頭がないのか。どちらにしてもまともでは無いように思えていた。

 二人は扉すぐのところで聞き耳を立てていた。部屋からは物音が止む気配がない。中にあるものをなぎ倒し、破壊するような音と、時折悪態をつくような声が聞こえていた。


「マーダーがこんな音を立てるか?」


「違う、と思います」


 桜は首を傾げて答える。隠れている人を探すくらいはするだろうがさすがに執拗すぎる。鬱憤を晴らすために暴れているという方が正しいような気がしていた。


「よし」


 短い声の後、そこにいてくれと言う源三郎は一人離れていった。

 直後、ノックすると同時に、少しだけ開いていた引き戸が勢いよく閉められた。

 

「誰だっ!?」


「参加者のうちの一人だ。話がしたい」


「うるさい、殺す気なんだろ!」


「違う。事情があるんだ、話を聞いてくれ」


「黙れっ!」


 絶叫と同時に引き戸に衝撃が走る。何かで叩いた音に桜は小さな悲鳴を上げていた。

 源三郎は引き戸の向こう側にいることは声でわかっていた。すぐに助けを求められる位置にいるが、


「くそっ、開けろ!」


 彼が引き戸を足で押さえているため、簡単には開けることが出来ないでいた。

 それでもただの引き戸でしかない。正規の開け方以外でも強い衝撃を何度も加えれば壊れてしまう。

 わかっていることは扉の向こうには参加者が居て酷く錯乱しているということだ。このまま扉が開放されてしまえばお互いにとって良くない。

 宥めなきゃ。でもどうすれば。

 悩んでいる時間はないのに、と桜が考えていると、


「こちらは銃を持っているし二人だ。おとなしくしろ」


「ああぁぁ!」


 絶叫はもはや悲鳴に変わっていた。


「なんで煽るようなこと言うんですか!?」


「すまん、観念するかと思って」


 顔は見えないが頭を下げているのだろう、聞こえる声は少しぶれていた。

 扉は既に限界に近い。レールから外れて押し倒れないように二人がかりで押さえなければいけないほどだった。


「仕方ない、一旦引く」


「追ってきたりしませんか?」


 わからないと源三郎が話す。

 それでもここでこうしているよりはいいという判断なのだろう。

 桜はそれを信じるしかなかった。


「ドアの向こうの君」


 離れることを決めた時、源三郎は声を張り上げて、


「こちらは全員生存を目的としている。協力しなくてもいい、君も生き残ることだけを考えてくれ」


 それだけ言い残し、扉から離れる。

 ゆっくりと倒れてくる扉を尻目に急いで階段まで戻り駆け上がる。それを必死で桜は追いかけていた。

 後ろから追いかけてくるような足音は聞こえなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る