第5話 初日 12:00-1
特に通知等がなく始まっていたゲームに、最初に不満を漏らしたのは益人だった。
「せめてアラームぐらい鳴ってもいいんじゃねえのか?」
「まあまあ」
春夏は苦笑しつつ、彼をなだめる。気持ちはわかるが、言っても仕方のないことだった。
拍子抜けでスタートした現状でも六人はまだ部屋の中にいた。まだ決まったのは最終目標だけ、まだまだ認識を共通させていかなければならないことが多々あるからだ。
誰一人その事に不満を持つものはいなかった。この先なにか選択を迫られる場面が来た時、指針がなくては決断に困るためだ。
「生存、つうか脱出方法は決まってんだよな」
「そうね」
颯斗の言葉に春夏は頷く。
ルール一とルール二に記載がある通り、ゲームの終わり方は明確になっている。またそれまでに何をしなければいけないかもだ。
だから颯斗は、じゃあと前置きして、
「タスクをクリアしていくしかないだろ」
明確な答えを口にする。
……そうなんだけど。
春夏は自分のスマホの画面に視線を流す。
表示されているのはルールと書かれたファイルの隣にある役職の名前のファイルだった。
軽くタップすると画面が更新される。
役職 学者
タスク 全てのルールを把握する
追記 Locked
簡素。それしか感想を持てないような文章は確認したいところが多い。ただ何より重要なのはタスクだ。
すべてのルールとあるのだから今知っているルール以外にもあるということに他ならない。自分はそれを探せば終わりという、予想外なほど平和なタスクにあっけにとられてしまう。
もちろんそれを皆に告げてもいい。春夏はそう思って口を開いて、
「――」
結局何も言えずに口を閉じた。
攻略を進めるうえでいつかは自分のタスクを宣言しなければいけないことはわかっていた。ただ今は言ってはいけない、そう強く感じていた。
春夏のタスクは何かしらの方法でルールを追加、収集すればいいだけのこと。他のタスクが危険を伴うものだった場合、不公平感を感じてしまうことだろう。
通常の生活下でなら大した問題ではないが今は命を懸けたゲーム中だ。一人、また一人とタスクをクリアする中で自分のタスクが終わらない、終わらせてはいけないものだと気付いてしまえばこの関係は軽く崩壊してしまう。
だから言えない。言うにしても今ではない。
……困ったわ。
結局はそんな言葉で濁すことしかできないでいた。
春夏が言葉に詰まってしまっていると、
「タスクも大事だが丸二日生き残ることを優先すべきだ」
そう言ったのは源三郎だった。
まともに相手をしたくない颯斗以外は彼に注視する。
「食料、薬、あとは身を守る武器。それらはこの病院の中に散らばっている。まずはそれをメインに探していくのがいい」
「そんな悠長なことでいいのかよ」
「では他に何かあるか?」
颯斗は逆に聞き返されて、床に唾を吐くことで返答としていた。
「そうね。今はそれでいいと思うわ。他の参加者のこともあるし、物資を集めながら自分のタスクや他のことにも気を配っていきましょう」
消極的な案だとわかっていても、小さな前進以外取れる方法がない。悔しく、情けなく、そして恐ろしいと感じながらも春夏は笑顔を作っていた。
簡単な方針が決まった後、六人は三組に分かれて行動することとなった。
全員で行動すれば安全かもしれないがそれだと探索範囲が狭まる。かといって一人一人バラバラに行動したら、危険が身に迫った時助けることが出来なくなる。その両立を狙っての組み分けだった。
それが正解かどうかは分からないがベターだと思って行動する他ない。既に開始時間からは三十分以上が過ぎ、これ以上の遅れが後々に影響しないとも限らないからだった。
移動する前に源三郎から一つ提案があった。
「足音は意外と響く。靴に布を巻いた方がいい」
過剰な心配ではと思うが拒否する理由もなく、窓についていた薄汚いカーテンを裂いてそれぞれの足に巻く。
時間は三時間ほど。十五時頃にはまたここに集まると約束してそれぞれが出発した。
「で、お前と一緒かよ」
颯斗はこれで三度目となる文句を垂れ流していた。
階段の先を歩くのは源三郎だった。大きな背中は軽く曲がり少し小さく見えていた。
組み分けの結果、仲の悪い二人がペアになったのは全くの偶然であった。学生と社会人のペアを作ることになり、女性のみのペアは避ける。後はじゃんけんで組み合わせを決めるだけ。
まだ適性が分からないため、公平性を重視しての運任せ。
組み分けが決まった際、春夏が一瞬だけ眉間に皺を寄せていたが、
「仲良くなるいい機会だと思って、ね」
ガンバレ、と後押ししていた。
その期待は虚しく散り、彼らの距離は心理的にも物理的にも遠いままだった。
ただ一度目、二度目と無視していた源三郎も、三度目になると嫌気が差して、
「不満なのは分かるがやることはちゃんとやれ」
前を向いたまま言葉だけを投げかけていた。
「それはこっちのセリフだ」
「……不用意に騒ぎ立てるのは宜しくない」
「どっかの誰かが喧嘩売ってこなきゃそんなことしねぇよ」
売っていないんだが、と源三郎はため息を漏らす。
嫌われている理由はわかっていた。逆の立場なら距離を置きたい気持ちにもなるだろう。それでも今は協力しなければいけない場面で子供のような振る舞いは許されない。
「とにかくまだ危険はある。あのやり取りを知らない参加者を救助しなければただ働きになる」
「結局金かよ」
ぽつりと呟いた声を源三郎の耳にははっきりと届いていた。
金か……
最初に頭に浮かんだのは殺意だった。それから喪失感、後悔、諦観。嫌な記憶がフラッシュバックして動悸が激しく、呼吸が荒くなる。
それらを押し殺して、
「金は必要だ。何をするにも」
償うためにも、言葉には出さないがそう心の中で呟いていた。
「つまんねえの。金塊に頭ぶつけて死ねたら本望かよ」
「……若いな」
「そういう言葉で片付けて来たから性格ひねくれんだよ」
颯斗の口さがない物言いに妙な納得を覚えて、源三郎は笑みを作っていた。
「あぁ、そうだな」
まさか同意されるとは思わず、颯斗はやり場のない感情を持て余して軽い悪態をつく。
階段は長く、終わりを見つけるためにとにかく登るしかない。源三郎達が登り始めたところから下りはなかったためそこを一階とするならば今は四階に届くかといったところだった。
「それで、どういう方針で行くんだ?」
思えば聞いていなかったと、颯斗は尋ねる。
「まずは全体像を把握する」
「上まで?」
「出来れば屋上まで」
その言葉に颯斗は肩を落とす。
果てはある。しかしまだ分かってはいない。あと何度足を上げればいいか分からないというのは精神的に参る様子であった。
「めんどくせえ。エレベーターくらい直しとけよ」
そう愚痴るのも無理がない。一階にあったエレベーターはボタンが外されていて使い物にならなくなっていた。あの様子では中のカゴも無くなっているだろうと、あがくことを諦めていた。
「他のチームは女子……が混じっているんだ、俺たちでやるしかない」
源三郎は脳裏に浮かんだ年上の女性に女子が合っているかどうかで悩んでそのまま言い切る。
些細なことだ、颯斗も気にした様子はなく、
「はいはい」
生返事と共に、文句を言う割には軽い足取りで源三郎の後ろをついてきていた。
「五階建てか」
階段を降りながら源三郎は現状を確かめるように呟いた。
最上階まではすぐだった。その先は屋上に繋がっていたが、そこの扉には張り紙があり、
『最終日まで封鎖されています』
その文句通り、どれだけ力を入れてもガタガタを揺れるだけで開くことはなかった。
仕方なく二人は五階に戻り、
「屋上までの道はわかったな」
「次は探索か。この広さなら一日あれば終わるんじゃねえか?」
視界の先に伸びる通路を眺めながら、颯斗はそう口にする。
そこに過剰な緊張感は感じられない。足取りは軽く、危うく思えるほど大胆にふるまう。これはまだ殺し合いなのだぞと、思わず注意したくなるほどだが源三郎はぐっとこらえて飲み込んでいた。
ここまで変わるのか。過去の記憶の中にあるゲームとは違い過ぎてもはやなにが参考になるかすらわからなくなっていた。
……前回が今回みたいだったらな。
意味のない後悔が脳裏をよぎる。もし蓮のようにできたならば、彼女は――
「――おい、なに惚けてんだ?」
「ん、いや何でもない」
源三郎は軽く首を振って答える。
もしも、かもしれないというほど子供ではないはずだ。それに今は今、やれることをやらなければいけないのだから。
「地図でもあれば助かるんだが」
薄暗い通路を眺めて源三郎は言う。
雰囲気づくりか、二階から上では天井の電球がすべて割られていた。今は地面より少し上にある非常灯の灯りを頼りにするしかなかった。
病院という施設なのだから館内図、フロアマップが壁にかかっているかと思っていたがそれらしきものは見当たらずにいた。スイッチも切り替えの音が鳴るばかりで反応はない。
「端から見ていくんだよな?」
目を凝らして先を眺めながら颯斗が聞いてくる。
「見落としが怖い、そうするしかない」
了解、と声がした瞬間には扉を開く音が薄闇の中へと吸い込まれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます