第4話 開始前-4

「これからどうする?」


 部屋に残された六人は自然と円形になっていた。

 手を伸ばしても触れるのに難儀するような、そんな位置取りで。

 まず口を開いたのは男性二人の喧嘩に止めに入った女性、一乗院 春夏イチジョウイン ハルカだった。

 まだこの状況に現実味を感じていない彼女だったが、このままではいけないという危機感だけは感じていた。だがまず何をすればいいのか、今後どうすればいいかの指針が思いつかず、情けないなと思いながらも助けを求めていた。

 この場にいる六人のうち春夏を含め女性は二人。もう一人の少女はまだ学生、中学生に見えるほど幼い。他の男性四人も未成年が二人と春夏より若い成人男性に同年代位の細身の男性しかいない。そろそろ三十路、最年長だと思われるのにリード出来ないことが歯がゆかく感じていた。


「とりあえず情報共有しかないよな」


 先ほどいがみ合っていた少年が提案する。


「そうね、お互いの名前も分からないんじゃ不便で仕方ないわ」


「それじゃあ──」


「──少し待ってくれ」


 少年の言葉を遮って大柄な男性が話始める。


「名前くらいならいいが自分のタスクを話すのは今は止めておきたい」


「なんで?」


「まだ状況が読み込めていないからだ。それに信用もない。そんな時に不和のもとになるようなことは避けた方がいい」


 確かに、と春夏は納得する。

 敵か味方か。今一番大事なのはそこだった。流されるまま全員生存というお題目を掲げられてしまったが、元々は殺し合いを行うという非道なゲームなのだ。何時寝首を掻かれるか分からないのに自分の情報をさらけ出すのが怖かった。

 しかし少年はその言葉に引っ掛かりを覚えたようで、


「やっぱりお前が裏切り者か」


「裏切り者じゃない。リピーターだ」


「どっちでもいい。人殺しには変わりないんだ」


「そうだな。まだ二回目だが前回では三人殺してる」


 唐突の自白、告白に全員の表情が強ばる。

 殺しているという直接的な言葉に春夏はようやく認識が追いついてきていた。それを淡々と述べる男性が酷く恐ろしい存在に思えてしまう。テレビのニュースとは違い目の前に殺人を犯した人がいる、身内でもない赤の他人の所業が自身の身の未来を朧気ながらに見せているようだった。

 それでも春夏は逃げることが出来なかった。これから行われるゲームがどういうものかわかっても、数の優位が逃げの選択肢を消していた。

 男性は品定めするように全員の顔を一周すると軽く首を振ってから、


「まだ誰も死んでいないんだ、桐生と言ったか、俺はあいつの作戦に乗るつもりだ」


「信じられるかよ」


「信じなければ俺が全員殺して次のゲームに参加するだけさ」


「ちょっと! さっきもそうだけどこんなところで仲違いしてる場合じゃないでしょ。今はやるべきことを見つけるのが先じゃない」


 春夏が叱咤する。突然の大声に肩を跳ねさせるものが数人いた。

 それでも二人は睨み合いを続けていたが先に折れたのは大柄の男性の方だった。


「そうだな。まずはルールの把握に努めよう」


 険のとれた口調に春夏はほっと胸を撫で下ろした。




「……よくわかんねぇ」


 軽い自己紹介の後、スマホを眺めていた中で最初に音を上げたのは少年、森谷 颯斗モリヤ ハヤトだった。

 まだ十分と経っていないというのに彼はスマホを床に置き、自身も寝転がっていた。

 その堪え性のない態度に春夏はわざとらしくため息をつく。

 最近の子供は自分の興味がある事には何時間でもスマホに齧り付いているというのに、ただの文章の羅列では数分も集中力が続かない。

 腹立たしくもあり、反面子供らしいと安堵する。

 春夏は教師だった。まだ新米と言える程しか勤めていないが今年からは担任として一クラスを受け持っている。子供たちと密に接する機会が増え、ようやく教師としての自覚が出来てきた頃だった。

 昔から子供が好きで、だからこそこんな状況になってしまったことが腹立たしく思う。教育に悪影響しか及ぼさない悪意の塊のようなこのゲームにおいて、自分の身よりも三人の少年少女のほうが気にかかっていた。

 非常にストレスを感じるはずの環境で、だらしない、言い換えればゆとりのある精神状態を見せる颯斗はまだ大丈夫と感じさせる。


「とりあえずまだ開始までまだ五分あるだろ。今のうちにここにいない参加者と接触した方がいいんじゃねえの?」


 そう言うのは春夏が同年代だと思っていた細身の男性だ。名前を阿久澤 益人アクザワ エキト、意外にも二つ年下の二十七歳でやつれた顔はくたびれたスーツも相まって年齢を上に感じさせる。


「たしかにそうね」


 春夏は同意すると立ち上がり、蓮の出ていった入り口へと向かう。ゲームの意に反することになるが殺されたくはないし殺したくもない。それは皆同じであるはずだ。だからそのために出来ることはやる方向で考えていた。


「あれ?」


 しかし、扉は開かなかった。鍵がかかっているようで何度力を込めてもビクともしない。


「鍵がかかっているわ」


「そんなはずはない」


 大柄な男性、轟 源三郎トドロキ ゲンザブロウは否定の言葉と共に扉に向かう。

 春夏は言葉に出さないまでも、身体がこわばり一歩引いてしまう。彼の体型と前歴を考えてしまうとどうしても距離を置きたくなっていた。

 源三郎はそれに気づいた様子はなく、ドアに手をかけ力を入れる。二度、三度と繰り返すが苦戦するばかりで結果は変わらなかった。


「おかしい」


 それが経験からくる言葉であることはすぐに分かる。ということは、


「ルールの変更点ってことね」


「このままずっと出られねえのか?」


 不安を含んだ声が上がる。

 颯斗の発言で場に緊張感が走るが、


「いや、開始時間になれば開くはずだ。そうでなければゲームとして成り立たなくなる」


「……確証は?」


 源三郎は静かに首を横に振る。


「適当なこと──」


「それでも待つしかないか。都合よく鍵が転がってるって言うなら別だけどな」


 湯沸かし器のように沸騰する颯斗を遮って益人が言う。

 状況は好転する兆しを見せていない。それが重くのしかかって口数が減ってしまう。

 何とかしなきゃと春夏は思うが気ばかりが逸るだけで有効打が打てない。

 明るい話題、そんなものが転がっているのか。人殺しをしてまでも生き残るゲームで希望などあるわけもない。

 ……そうか。

 気付く。小さな事実に、春夏は大きく体を広げて見せた。


「ゲームクリアまでの道筋を整理しましょう」


 現状最終目標ですら霧がかかって見えないのだ。始点から手探りするよりも終点を定めてそこからやるべきこと、やってはいけないことを議論していった方がいい。


「いいけどよ。どうやるんだ?」


「まずは皆の終了条件を同じにするのよ。彼の言った通り、私のも蓮くんの言った全員生存に向けていくつもりよ」


「いや、そういう話だっただろ?」


「そうかしら?」


 春夏は自身の唇に人差し指を当てると、


「全員がちゃんと言葉にする。それって結構意味があることなのよ」


「そういうもんか?」


「そういうもんよ」


 同じ言葉を繰り返す。理解と共感を得るために必要な事だった。

 春夏は未だ話に参加出来ていない二人に目を向ける。一人は八乙女 桜ヤオトメ サクラ。十四歳の少女でこんな状況だからか、周囲の顔色を伺うばかりなのは仕方がない。もう一人が細田 和仁ホソダ カズヒト。二十一歳の大学生だが同じように消極的な態度をとっていて顔を右往左往させていた。


「あなた達はどう?」


 春夏はあえて短く問う。報酬がどうとか殺人がどうとか、天秤にかける材料を提示すればこの二人がどういう選択をするのかは明白だった。それをしなかったのは、強制されたのではなくあくまで自分で考えて道筋を決めたという責任を持って欲しかったからだ。

 後々春夏が脅したから、という言い訳を無くす。保身の意味もあったが今後ゲームを行う中でずっと付き添うという訳にはいかない。その時に何も出来なくなるというのは致命的だ。自分の意思を見せて行動して欲しいと思うのは当然だった。


「私も……賛成です」


「僕も……」


 消え入りそうな声で、それでも確かに意思は伝わっていた。


「俺もそれでいいぜ」


「めんどくせえけど一番楽なのはそれだしな」


 残り二人、颯斗と益人からも同意の声が上がる。

 春夏は安堵の混じるため息を漏らす。

 ここがようやくスタートラインだ。まだまだ詰めなければいけないことが多いのに、時間はゲーム開始時刻を迎えていた。

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