第4話 遺言

 御者に無理を言って、どうにか首都郊外にあるシリウス子爵邸を出発してから三日で、わたしと母はドルフィネ辺境伯領へ入ることができた。

 領地へ入ってまず目に入ってくるのは、巨大な白い石造りの大邸宅、いや城だ。

 天然の要塞とも言える背の高い山脈に囲まれた山の中に建ち、城下の港町とキラキラと光を反射させているスアキロン湾を見下ろしているあの白亜の城こそが、わたしの母の実家であり、祖父の暮らしているドルフィネ辺境伯城。

 馬車酔いが少しでもマシになるようにと、アカデミーからの帰りにもらったハッカ飴を口の中で転がしつつ、窓から外の空気を吸っていたわたしは、改めてその巨大な城を見ながら思う。


(何も知らん子どもを突然こんなデカい城へ連れて来たら、そっちゃストレスで熱も出すちゃ)


 かぼちゃの馬車に乗って、ガラスの靴を置いて行ったあのお姫様は、そんなことなど考えなかったのだろうか。

 そんな思考を遮るように、馬車がまたガタリと大きく揺れた。


 〇


 白亜の城にたどり着いたわたしと母は、本邸から繋がっている渡り廊下を通って、祖母であるエスメラルダ・カシオペイアが住まう離宮へと向かう。

 アンピトリテ宮と名付けられたその離宮も、本邸同様に真っ白な石で建築されており、廊下は明り取りの窓と毛足の長い絨毯のみが敷かれているだけの、大変控えめな内装になっている。


(まぁ、これのせいで迷子になったんやけど)


 成長すれば見分けがつくようになるのだろうかと、何となく毎回この離宮と本邸を訪れる度に自分へ期待してみるのだが、どれだけ成長しても図書館以外に、どのドアがどの部屋に繋がっているのか、全く見分けが付かない。ここに勤めているメイドたちはどうやって見分けているのか、やはり一度聞いてみるべきなのかもしれない。

 案内してくれる執事の後ろに付いて、いくつかのドアを通り過ぎた頃、ようやくこの離宮における最初の目的地にたどり着いた。

 三歳の頃よりは“これはドアだ”、と思える程には成長したわたしだが、やはり実家のちょっと薄いドアと比べてしまうと、ここの重厚感がありツタや花々が彫り込まれた扉はやけに大きく見える。

 そんなドアの向こう側にいる主人に向けて、人がきた事を知らせるためにノックをする執事の手が痛そうに見えるのは、わたしだけなのだろうか。


(ノッカーとか、付けた方が良いがんない? そしたら部屋の区別もつくがに)


 ドアの向こうから「どうぞ」と返事が返ってきて、すぐに重たいドアが向こう側にいるメイドたちの手によって開かれる。

 開かれたドアの先では、臙脂色のドレスに身を包み、重たそうな大振りのエメラルドの首飾りとそれに合わせた耳飾りを身に付けて、シルクの真っ白な手袋をはめて、老いによって白銀になった頭髪を寸分の隙もなくきっちりと高く結い上げて、ピンと背を伸ばして立っている老婦人が、身に付けているエメラルドのような深い緑色の瞳をこちらへ向けていた。


「エスメラルダ様。ヴァイオレット様とリーデロッタ様をお連れいたしました」


 わたしと母は厳しくこちらを検分しようとする鋭い緑の瞳の前で、深く頭を下げる。


「お久しぶりでございます。お母様。ヴァイオレット・ドルフィネ。知らせを受けドルフィネ辺境領へ参りました」

「お婆様、ご無沙汰しております。リーデロッタ・シリウス。母と共に参りました」

「二人共、よく来てくれました。ゼーブルは下がりなさい。後はこちらでやるわ」

「はい。失礼いたします」


 わたしたちを案内してくれた執事が退出し、ドアが閉まった音と同じタイミングで、パシッという音が目の前にいるはずの老婦人の手元から聞こえてくる。音を立てたのは老婦人の手にある扇子だ。


(あー来る。これから衝撃波が)

「二人共、何という格好なのですか! 髪は乱れ、顔には汗! ドレスは皺だらけで、装飾品の一つも身に付けていないだなんて! それが貴族のする格好ですか!」


 祖母の瞳はエメラルド色のはずなのに、何故か真っ赤な炎が燃えているように見える。彼女が若かりし頃の姿のままであれば、その赤毛とも相まって、彼女こそが炎の化身であると言っても過言ではなかっただろう。

 そんな烈火のごとき実母を前にしたわたしの母は、俯いて小刻みに震えながら「申し訳ございません」と、小さく声に出すことしかできない。


(本当ちゃいないことなんやけど)


 わたしは母に代わって、わたしたちの状況について補足説明をすることにした。


「お婆様、見苦しい姿で参上した事をどうかお許しください。お爺様の事についての急な知らせで、わたくしもお母様も少し慌ててしまいま」

「このようなことで慌てふためいてどうするのですか! そんなことでは、簡単に他の者に足を掬われてしまいますよ!」

(身内が危篤ながに、あわとらん奴がおっけ?!)

「……わたくしもお母様も出来る限り急いでお爺様の元へ馳せ参じたいという思いで、馬車を用立てまして、道中の安全のためにも高価なドレスや装飾品を身に付けるのは危険だとか」

「なら何故護衛を付けて来なかったのです! その程度の事も手配できないのですか!」

(そんな金銭的余裕はシリウス子爵家にはないちゃ!)


 あぁ、ぶちまけたい。

 この自分こそがこの世の理の全てであり、自分の言う事こそが全て正しく、間違っているのはお前たちであるという考えのまま、この歳まで生きて来たババア様に、「あんたがそう教育したこのお嬢様がいっちゃん慌てふためいとったわ」とか「山を超える馬と馬車を手配するだけで、我が家の家計ちゃ火の車や」とか、もう前世の訛りまくった言葉使いでぶちまけてやりたい。

 しかし、わたしたちの置かれている現状を踏まえた正論を彼女に返したところで、この目の前立っている生粋の貴族育ちの元伯爵令嬢である老婦人には一切理解はされないし、なんなら話すら聞いてくれない。


(さて、次は何て言えば良いがやら)


 わたしが口を開くよりも前に、祖母が盛大なため息を吐いた。


「とにかく二人共、まずは湯浴みをして身支度を整えていらっしゃい」

「え、でも、お爺様は」

「ジオード様は貴女達が到着する少し前に、発作が収まってお休みされたのです。……今はまだ、眠っていらっしゃるでしょう。ですから、その間に身支度を整えなさい」


 「身支度を整えとる間にまた発作が起こって、急逝したらどうするんがけ?」という質問も許されず、わたしと母は、それぞれ用意されている部屋へと案内され、そしてわたしはメイド数人がかりで頭のてっぺんから、足の先までを丸洗いされた。

 本当は発作まで起こしている祖父の様子が気になって、早々に身支度も終えて会いに行きたいのだけれど、こんな機会でもなければ湯船に肩まで浸かってゆっくりくつろぐなんてこともできないわたしは、薬草が浮かんでいていい香りのするお風呂をほんの少しだけ堪能することにした。


「リーデロッタ・シリウス! 何なのですか、この荷物は! コルセットの一つも入っていないじゃありませんか!!」


 浴室に祖母の叫び声が響き渡るまでは。


 〇


 湯船から出たわたしを待っていたのは、タオルを手に持ってわたしの全身を拭き上げるために待ち構えていたたくさんのメイドたちと、シリウス子爵家では到底手にすることができそうにない、触るのも恐ろしいほど上等の布でできた鮮やかな緑色のドレスに、それに合わせた輝く金細工の装飾品、そしてわたしがこの世界で最も嫌っている服飾品、コルセットだった。


「……お婆様、これは?」

「リーデロッタ、貴女の荷物ときたらっ。トランク一つに、紺色に灰色、藍鼠色のドレスがたったの三着だけ! 装飾品の一つもなければ、コルセットなど影も形もなかったのですよ!」

「お、お婆様。わたくしはあくまでお爺様のお見舞いへ参っただけですので、華美な色のドレスも装飾品も必要ないか」

「子爵家の娘とはいえ、貴女はれっきとした貴族令嬢なのですよ! コルセットの一つも持ち歩かないでどうするのです!」

(なーーーーん! なんも話聞いとらんこのババアーーーー!!)


 これがエスメラルダ・カシオペイアが、生きていく中で身につけてしまった技術の一つ。

 必殺、“聞きたくない事は耳に入れない”である。


「流行遅れですが、わたくしの娘時代のドレスと装飾品、それからコルセットを持って来させました。いいですね、リーデロッタ。キチンと身支度を整えなさい。でなければ、貴女をこの部屋から出すことも許しません!」


 ここはエスメラルダ・カシオペイアの住まう離宮、アンピトリテ宮。この離宮の主人は彼女であり、その主人の言う事は絶対である。


「……はい、お婆様」


 今日ほど食事を抜いていて良かったと思った日はない。間違えてサンドイッチの一つでも食べていたら、馬車ではなく、この客室で胃の中身をリバースしていたことだろう。

 全身を拭き上げられたわたしは、これまた祖母が用意したであろう上等な下着類を身につけさせられ、それからギリギリと音がするほど締め上げられたコルセットを身に付けて、明らかに普段身に付けているドレスと手触りが違う祖母が若かった頃のドレスを身に纏わせてもらう。

 ベタベタとした整髪料がわたしのツルツルと滑るストレートの髪全体にこれでもかと塗りたくられて、メイドが二人掛かりで複雑な編み込みをしながら、見たことのない髪型に結い上げていく。

 輝く黄金の首飾りに揃いの耳飾りを身に付けさせられて、さらにこれまでなにもしてこなかった顔に化粧が施されていく。

 湯冷めで風邪を引くのではないかという程の時間をかけて出来上がったわたしの身支度は、最後に姿見を持ってこられて、わたしが確認することで完了するのだが。


「……いや、誰やこれ?」


 いや本当に。見覚えのない美少女が姿見に映っていたもので、思わず言葉遣いも忘れて、本気でそう呟いてしまった。


「リーデロッタ様、お気に召しませんでしたか?」


 わたしが素っ頓狂な事を口走ったばっかりに、ここまで用意してくれたメイドたち全員を一気に不安にさせてしまった。

 何せ今彼女達が相手をしているのは、一応この離宮の主の孫娘なのだ。孫娘の機嫌を損ねれば、主人の機嫌も損ねかねないと考えてしまうのは当然だろう。わたしは急いで、貴族令嬢リーデロッタ・シリウスの顔と言葉を用意する。


「いいえ、これで結構です。お爺様の元へ案内してくださる?」


 ドルフィネ辺境伯領地が見えていた頃には高かった陽が、傾き始めた頃。わたしはようやく本来の目的である、祖父、辺境伯ジオード・ドルフィネに対面する準備が整った。


 〇


 離宮から本邸へと移り、祖父がいる部屋へ移動する間に、廊下の蠟燭に火を入れる執事やメイドたちとすれ違うようになった。

 この世界、残念ながら魔法のようなものもなければ、当然電気というエネルギーの概念もなく、近年ようやく王国内でガス灯らしきものが発明されたらしい。


(こんなにデカい城で、常夜灯の蠟燭だけで一体いくらかかるがやろか)


 シリウス子爵邸でも、アカデミーの自室でも蠟燭代が気になって使えないわたしからすれば、気が遠くなるような金額なのだろうなと、心の奥底にしまっておくことにした。

 本邸の二階。もちろん階段のある場所から遠く離れた廊下の突き当りに、その扉はある。

 ドルフィネの名であるイルカの紋章が彫り込まれた巨大な二枚扉。


(……ここだけは、三歳の時から区別がついとった)


 ここまで案内してくれたメイドがその巨大な二枚扉をノックする前に、扉が開く。

 中からおそらくこれも祖母が用意したのであろう、艶のある濃い紫色のドレスを着た母が、アメジスト色の瞳に涙を溜めて、ハンカチでそれを拭いながら出て来た。

 ハンカチでわたしが見えなかったのか、母はそのまま走り去ってしまった。戸惑っているともう一人、貴婦人が同じ扉から出て来た。

 さらりと流れる銀髪に、透けるような白い肌。そして、ドルフィネ家特有の紫色の瞳。


「アイリス叔母様」


 アイリス・ドルフィネ。彼女はジオード・ドルフィネの長女であり、リーデロッタの母、ヴァイオレット・ドルフィネの異母姉妹である。


「あら……もしかして、ロッタ?」

「はい、リーデロッタ・シリウスです。アイリス叔母様、お久しぶりでございます」

「まぁ、まぁ、ロッタ! こんなに美人になって! 一瞬、誰だかわからなかったわ」


 それはそうだろう。自分でも自分だとわからないほどに着飾られたのだから。


「久しぶりに一緒にお茶でも飲みたいところだけれど、お爺様に会ってあげる方が先ね」

「はい。そうさせていただければ幸いです」

「えぇ、お爺様も貴女を待っているわ。早く行ってあげて頂戴。わたくしはヴァイオレットを追いかけますから」


 そう言って叔母は微笑むと、わたしを扉の方へ少し後押ししてから、走り去って行った母を追いかけるためにその場を去った。


(後でちゃんとお礼せんにゃならんちゃ)


 叔母の後押しもあったことだし、わたしは少しだけ扉の前で深呼吸をして、扉の前で待っているメイドに目配せをして、ノックをしてもらう。

 返事はなかったが、内側から扉が開かれたのでわたしはドルフィネ辺境伯当主の部屋へと足を進める。

 昔、初めてこの部屋へ入った時。葉巻の煙の臭いがきつくて、思わず手で鼻を覆ってしまったことがある。辺境伯という地位にある老人が、そんな子どもの姿を見て、大変困った顔をしたのを今でも覚えている。

 それから再びわたしがこの部屋を訪れる頃までに、祖父は相当努力をしたのだろう。葉巻の臭いが一切しなくなったこの部屋で、祖父はわたしに動物図鑑を手渡して、執務の合間に文字を教えてくれたのだ。


 そんな、思い出深い部屋のはずなのに。

 

 踏み入れた祖父の部屋はわざとなのか、明かりとなる蠟燭が少なく、薄暗い。先導してくれる執事の手袋が白いおかげで、暗い部屋の中で見落として迷うことはなさそうだが、少し不安になる。

 蠟燭が少ないし、お爺様は葉巻を止めたはずだからその臭いだってするはずはないのに、何故か部屋の中には異様な臭いで充満していた。

 本で読んだことしかないけれど、おそらくこれは、


(病気による体臭の変化)


 ここに来て本当にわたしは、今世の祖父の命が死の淵にあることを自覚させられたのだった。

 寝台の天幕が上がっているすぐ側に、椅子が数脚用意されていた。執事がその内の一つを引くので、わたしはそのエスコートに従って椅子に腰掛ける。

 蠟燭に照らされ、寝台に横たわる祖父の姿は、まるで別人だった。

 辺境領の軍部を率いるために自らをも鍛え上げ、引き締まった巨体をしていたその身体は、枯れ枝のように細くなっており。常に綺麗に四角く整えられていた頭髪はパサついて、枕に張り付いている。品が良く、それでいて厳しい視線と、時折優しい笑顔見せてくれた顔は、やせ細り頬がこけている。


(これが本当に、あのお爺様やなんて)


 信じたくない。

 信じたくなかった。


 こうして目を閉じて祖父が休んでいる間に、この部屋から退出してしまおうか。


「……誰だ?」


 擦れた声が、寝台からわたしに向かってかけられる。


「……どこから、入り、込んだ、のだ?」


 それはわたしが、彼と初めて会った時にかけられた言葉だった。だからわたしも、当時を思い出して答える。


「母と共に、参りました」

「……母、親?」

「はい。ヴァイオレットが母の名です」

「ヴァイ、オレット。……そうか、お前は、リーデ、ロッタ」


 擦れた声に、ひゅうひゅうという音が混ざっているのが聞こえる。わたしは涙をこらえながら、祖父に改めて挨拶をする。


「お久しぶりです。お爺様。リーデロッタ・シリウス。母と共に、お爺様へ会いに参りました」

「そう、か。わざわざ、すまない、な」

「とんでもありません。わたくしはお爺様に大変お世話になった身です。会いに来るくらい、なんとでもないのです」

「アカデミー、は、楽しいか?」

「……えぇ。お爺様のおかげで、難なく学び舎で生活をさせていただいております」


 ジェダはお爺様が付けてくれた側仕えだ。彼女がいなければ、わたしは王立アカデミーへの入学へ踏み切れなかっただろう。


「お前は、学ぶことが、好き、だからな」


 三歳のあの日、前世の記憶を思い出して、とにかく知識を得なければと走り回ったわたしが曲がり角でぶつかったのが、ドルフィネ辺境伯こと、お爺様であった。

 最初はどこかの見知らぬ子どもが勝手に入って来たと思っていた祖父は、わたしから母の名を聞いて、がいたことを思い出した。

 祖父は手ずから三歳の孫娘を離宮へ送るついでに、わたしの願いを聞き、そしてボレアリス王国民としての純粋な疑問をぶつけてきた。


『女が学んで、何をするのだ』


 当時まだ三年、それも三歳児の身体で生きていたわたしは、この頃まだボレアリス王国に蔓延る因習を知らなかったため、素直に祖父へ答えた。


『男であろうと、女であろうと、知識がなければ生きていけないでしょう?』


 わたしは純粋に、この先長生きするためには、この世界の知識がなければ生きていけないと思いそう答えただけなのだが、祖父は違う捉え方をしたようだ。


 幼いながらも学びを求める変わった娘。


 祖父がそんなわたしを面白く思ってくれたおかげで、わたしは動物図鑑を与えてもらえて、ドルフィネ城の図書館への出入りを許してもらえて、そしてわたしが王立アカデミーで存分に学ぶことができるようにジェダを付けてくれたのだ。


 感謝してもしきれないことを、やってもらったのだ。


「それにしても、最初、誰か、わからなかった、ぞ。そんなに、美しく、成長して、は」


 落ち窪んだように見える眼窩から向けられた紫の視線は、懐かしくも、くすぐったいものだった。


「アイリス叔母様にも、同じ事を言われてしまいましたわ」

「ロッタ」

「はい。お爺様」

「お前は、お前の、“好き”、で、生きなさい。この先、も」

「……ありがとうございます。お爺様」


 もう二言三言、言葉を交わしていたかと思っていたら、祖父はいつの間にかまた目を閉じて休んでいた。

 少しでも祖父の負担にならないように、わたしはすぐさま席を立って退出した。


 その日の夜半過ぎ。

 ドルフィネ辺境伯ジオード・ドルフィネは、眠るように息を引き取った。


 祖父の葬儀は三日間に渡って行われた。

 わたしと母はまた祖母から喪服になる紺色のドレスを借りて、葬儀に参列し、埋葬までを見送った。


 悲しい。


 と思うわたしの感情を吹き飛ばす時限爆弾を仕掛けていたのは、亡くなって先程埋葬されたばかりの祖父だった。


「ドルフィネ辺境伯領主ジオード・ドルフィネの遺言により。ドルフィネ辺境伯の継承権は、アイリス・ドルフィネの息子であるヴィッセル・ドルフィネと、ヴァイオレット・ドルフィネの娘であるリーデロッタ・シリウスの二人にあるとする。以上である」


(な、なんてものを残すんがけ、あのジイ様はぁああああ!!!!)


 平凡に、目立たず、十七歳を迎えたいだけのわたし、リーデロッタ・シリウスは、ドルフィネ辺境伯領の後継者としてその名が上がる事になってしまったのだった。

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