第3話

 さんざん飲み食いして、グッズを買って、ランダムのコースターを他のお客さんと交換したりしてコンプして、あっという間に楽しい時間は終わりだ。もちろんまだ女の恰好だから、デートは続行出来る。だけど、コラボカフェに行くっていうのが目的だったから、この後をどうすればいいのかわからない。


 まだ日も落ちてない。もう少し一緒にいたい。この時間が終わるまでは、俺は二之にのちゃんの恋人でいられるのだ。


 元カノとはどうしてたっけ。流されるまま付き合って、私の彼氏可愛いでしょってあちこち連れ回されて、そんで振られてきたから、デートってものがよくわからない。服屋とか、アクセ見たりとかしてたっけな。でも、二之ちゃんと行ってもなぁ。


 とにもかくにも、とりあえずなんとなく足は駅の方へ向かう。電車に乗ったら、二駅くらいでお別れだ。寂しいな。また学校で会えるけどさ。そういう、友達のやつじゃなくて。


 そう思っていると、きゅ、と手を握られた。


「二之ちゃん? どした?」

「い、いまは、彼氏だから」


 俺、と声を震わせ、真っ赤な顔を明後日の方に向ける。俺のをすっぽりと全部包む、その大きな手は、汗をかいていた。


「二之ちゃん、これじゃ連行する時のやつだよ。ムードないなぁ。そうじゃなくてさ」


 そう言って、きちんと繋ぎ直す。気づいただろうか、俺の手もまた、しっかりと汗ばんでいることを。汗をかくような季節でもないのに。


 カフェを出たんだから、無理に恋人の振りをしなくても良いことは二之ちゃんだってわかってるはずだ。だって、店を出てからここまでは、学校の時のような距離感だった。


 ねぇ、二之ちゃんもさぁ、ちょっとは名残惜しいとか思ってくれてない? そんでさ、もしかしてだけど、俺と同じ気持ち、三十、いや、五十%パーくらい、あるくない?


 一か八かで、恋人繋ぎにしてみる。正直大きさが違いすぎて結構苦しいんだけど。世の男女カップルはどうしてるんだろ。


 指を絡ませても、二之ちゃんは何も言わなかった。真っ赤な顔で、頑なにこっちを見ようとせず、ただただ無言だった。


 俺の頭の中では『もしかしたら』がぐるぐるして、一歩歩く度にさっきのパーセンテージがじわじわ上昇していく気がしたけど、何せ告白なんてしたことがない。いままでずっと、される側だったから。


「二之ちゃん、あのさ」


 男にしてはまぁまぁ高めの地声がうわずる。もう少し高い声にすりゃ良かったかな、少しでも女っぽくした方が確率を上げられるんじゃないか、なんて思ったりして。悪あがきも良いところだ。


「おう」

「あの、聞き流してくれても全然良いやつなんだけど」

「何だ」

「俺さ、いま、好きなやついて」

「んなっ……、そ、それじゃあ、離した方、良いよな。ごめん」


 想定内の展開に、そうはさせるかと手に力を入れる。思った以上に強く握ってしまい、二之ちゃんが「てて」と零す。


「離さないでよ。いま、その人と繋いでるんだから」

「つな……、えぇ?」


 俺ぇ!? と、叫んでやっとこっちを向く。顔は赤いままだ。たぶん俺も。


「迷惑とか、気持ち悪かったらマジでごめんなんだけど、もし五%パーでも同じ気持ちだったら、嬉しいなって」


 日和った。

 脳内では五十%とか言ってたくせに、口から出たら五%になってた。四十五%、一気に萎んじゃった。


「……五人」

「うん? 五人?」

「高校入って、他校の女子から告白された人数」

「マジ!? 二之ちゃんモテんじゃん!」


 そりゃそうだよな。そりゃ王子様みたいなイケメンばかりがモテるわけじゃない。二之ちゃんみたいな頼り甲斐のある男らしいやつが好きな子もいるだろう。


 でも何でいまそんな話?

 あっ、もしかして、遠回しに振られてね!? 二之ちゃん優しいから、ズバッと「お前に相手してもらわなくても間に合ってるから」なんて言えないもんな!? さすが二之ちゃん、奥ゆかしい。うっわ、俺恥っず。


「じゃ、じゃあ……その子と付き合う、ってこと、だよな。何かごめんな」


 ふっ、と手の力を抜く。俺から離してやらないと、優しい二之ちゃんはいつまでも繋いだままでいてくれるだろうから。


 が。


てぇっ!? ちょ、何!」


 おもっくそ掴まれた。いや折れる折れる。力の差、考えて? 折れるどころか粉砕されるから。


「全部断ってきた。好きなやつがいるって言って」

「ほあ」

「だけど、そいつ男だし。俺も、男だし。望みなんてないって、思っ……! あ、諦めないで、良かった……」


 ずっ、と鼻をすする音がする。一睨みで対戦相手をビビらせるとまで言われた『野獣』の目から、ぼたぼたと大粒の涙が落ちている。試合で負けた時はもっと、滲む程度のやつだったのに。


「手、離さないでくれよ。俺だっていま、好きなやつと繋いでる」


 大きな身体を震わせて、絞り出すような声で言う。


 空いてる手で鞄からハンカチを取り出し、渡す。二之ちゃんの好きなはしっコずまいのシマウマのタオルハンカチだ。


「シマウマ……」


 それに気付いて呆けたような声を出す二之ちゃんが可愛い。


「汚しちゃうぞ」

「良いじゃん、洗えば。ハンカチってそういうもんでしょ」

「ありがと」

「あのさ、いちお聞くんだけど」

「何だ」

「俺が女っぽいから、とか?」

「は?」


 眉間に思いっきりシワを寄せて、ずい、と顔を近づけてくる。ちょ、近い近い近い。


「俺、そういうの結構あるからさ。いや、二之ちゃんが好きでいてくれるなら全然良いんだけど! デートする時だって毎回こんな恰好しても――」

「違う!」

「痛てててて! ちょ、力ぁ!」

「ごめん、つい!」


 再びぎゅっと力を入れられ、思わず悲鳴が上がる。つい、で粉砕されたらたまったもんじゃない。割とガチめに痛がっているのが伝わったのだろう、何度も「ごめん」を繰り返し、あわあわと労るように擦ってきた。


「いや、俺はその、そういうのじゃないから。見た目は正直あんまり関係な……くはないけど。うん、可愛いとは思うけど、そうじゃなくて。仁愛にちかの、な、中身が好き。一緒にいて、楽しい。女の恰好は、仁愛がしたけりゃしても良いし、それも好きだけど、いつもの仁愛が一番好きだ」

「そっ……、そっか。なら良いけど」


 良くない!

 何だよ、さらっと好き好き言いやがって!


「俺……、俺は、見た目ゴッツコツにいかつい癖に、中身は繊細で優しい二之ちゃんが好き」


 ちくしょう、仕返しだ。お前も照れろ、中身乙女野郎が!


 と、精一杯怖い顔で睨んでやる。すると、思った通り、「ン゛ッ」と短く叫び、片手で顔を覆った。


「も、もーちょい散歩でもする……?」


 恐る恐る提案すると、頭上から「おう」という返事が降ってきた。


「今度は映画に誘っても良いか」

「良いに決まってるじゃん。そんな遠慮しないでよ。ね、何の映画かあてたげよっか」


 わかるのか、と驚いたような声。まるで俺に超能力があるのかとでも言いたげである。いや、わかるよ。ちょうどいま上映中だしさ。


「『映画 はしっコずまい よるの国のまほうつかい』だろ?」

「そ、そうです……」

「何かすんごい話題だもんな。大人が見ても泣けるとか。二之ちゃんなら箱ティッシュいるかもよ」

「準備しとく」


 肩から下げたスマートフォンが、歩くのに合わせて揺れる。まさか手を繋いで歩くなんて思ってなかったから、ちょいちょい二之ちゃんにぶつかってしまう。向きを変えようと手を伸ばした時、「そのスマホ」と声をかけられた。


「学校の時とは違うんだな」

「さすがに学校でこれはね」


 手に持って振って見せる。はしっコずまいのシマウマのシリコンカバーに、大小様々のラバスト。それもほぼほぼシマウマだ。


「こいつもデート仕様ってわけ」

「そうなのか」

「二之ちゃんもお揃いにしよ? デートの時だけで良いから」

「い、良いのかな」

「良いのかなって、何が」

「いや、俺がそんな可愛いの持っても」

「良いに決まってるじゃん」

「でも、俺は仁愛みたいに可愛くないしなぁ」


 そんなことを言って、もじり、と身体を丸める。


 いやいや、つうかさ、と言って正面に周り、ちょいちょいと手招いて腰を落とさせる。俺ら、確か身長差十九センチあるんだよな。俺百六十三だから。


 何だ、と目の高さを合わせてくれる素直な恋人の頬に、ちゅ、と口づけを落とす。大丈夫、色付きじゃなくて透明グロスだから。ストローにべったり色付くの嫌なんだよな。俺元々唇の血色良い方だし。


「んなっ……!?」


 あまりに驚いたのだろう、中途半端に屈んだ姿勢から、どすん、と尻もちをつく二之ちゃんを見下ろして、にへへ、と笑う。


「大丈夫、二之ちゃんも十分可愛いよ」


 トドメとばかりにそう言ってやれば、見た目はゴッツゴツにいかついけど、中身とのギャップでもう可愛いとしか言いようのない我が恋人は、やはり百点満点に可愛い顔をして、「くそぉ」と頭を抱えたのだった。

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とにもかくにも!①〜美女と野獣、初めてのデートのお話〜 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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