第14話

 一つ目の魔法陣を案内するとランカは手伝いはいらないと言った。しかし、彼女の取り出したものが気になり思わず声を掛ける。

 

「それはなんだ?」

 それと言ってファルトが尋ねたのはランカが唯一身につけていたショルダーケースから取り出した手のひらサイズの長方形の板のような魔法道具だ。初めて見るそれに聞かずにはいられなかった。

 ファルトのその質問にランカは得意げに微笑むと解説してくれる。


「音を保存できる録音の魔法道具よ。しかも一回限りじゃない上に、幾つも保存できるし、聞きたいときも録ったものを自由に選べるの。紙に書きながらでもいいけど時間かかるし、どうせ後から綺麗に清書しなきゃ報告書提出できないし。だったら今は読解したことを声に出して録音で十分でしょ」

 ファルトはランカの持っている魔法道具を覗き込んだ。これまでも録音の魔法道具は作られてきた。しかし魔法石型が多く、録音の回数も一回のみで次にまた録音するときには一度録音したものを消す必要があった。

 

 ファルトは趣味と実益を兼ねて魔法道具屋によく行くが、ランカが持っているようなものを道具屋で見たことがない。気になってしまってつい食い入るように見てしまう。

「この読解が終わったら触ってもいいわ」

 魔法陣を指さしながら言ったランカに、ファルトはハッと仕事を思い出し、彼女から離れて部屋の入り口付近に立った。

 何かあったときのための出口の確保がファルトが今すべきことだ。



 ランカは魔法陣の外側に立つと、ゆっくりとその周りを周り描き始めを見つけたようだった。そこで立ち止まると持っていた魔法道具を起動させた。


 彼女の顔が急にスッと冷めたような表情になり、集中し始めたことが窺える。ランカは青系統の魔法士のようで、魔法道具はぼんやりと青色に輝く。その魔法道具を持ちながら、ゆっくりと円周を歩きながら、魔法陣内にかかれた古語を読み始めた。

 青白い光に照らされながら歩く様子は、魔法陣を発動しているわけでもないのに神秘的に見え、ファルトもその様子に見入った。


 それからランカは止まることなく魔法陣を読み続けており、ファルトはまずい予感がしていた。もうお昼に差し掛かると言うのに、一向に止まる気配がない。一人にするのは躊躇われたが、一時的な非常用の食料保管庫に水のボトルを取りに行く。

 しかし、戻ってきてもランカの様子は変わらない。魔法陣を見つめ、朗々と古語を読み上げる。


 邪魔すべきではないように感じつつも、このタイプの人間はある程度区切りがつかない限り現実に戻ってこない。士官にもこう言う研究者タイプの人間はいる。


 ファルトは大きくため息をついたが、ランカの耳にはそんなものは届かないようだ。

 


 一体どれだけ長い時間が経ったのか、考えるのにも疲れた頃、ようやくランカの古語を読み上げる声が止まり、魔法道具の起動を停止したのがわかった。

 

 ファルトは急いで駆け寄り水入りのボトルをランカに手渡す。

「すぐに飲むんだ!一体どれだけの連続で時間やり続ける気だ!」

 怒鳴るように言うとランカは目をパチクリして驚いた顔をした。何を言われているのか心底理解できないと言う表情だ。

「え、でも、さっさと読解したほうがいいでしょ?」

 ファルトはすぐにでも説明したかったがやめておいた。

「先に飲んでくれ」

 そうファルトが言うとランカは素直に水を飲み始めた。一度飲み始めると喉の渇きにようやく気づいたのか一気に半分ほど飲み切ったようだ。

 ファルトがホッとしたこともあり、大きくため息をつく。同時にランカに説教したい気分になる。

「ここは地下室だからわからないだろうけど、外は真っ暗だ」

 そう言うと流石に気まずそうな顔をした。ちょっとは反省して欲しいそう思ったものの、ファルトは帰ることを優先した。


 行きのことを考慮して、転移する場所をいくつか刻むことにした。ランカの読解を待っている間に十分に転移可能な場所を思い出すことができた。今日一日ほとんど魔力も使っていないし、刻んだところで増える使用量など大したことはないと判断した。



 王宮に無事に着くとようやく安心できてファルトはホッと一息つけた。ランカを見る限り体調も悪くなさそうで安心する。

 目が合うと空気を読まない言葉が発せられる。

「そんな簡単に死んだりしないって」

 ファルトは思わずジロリと睨んでしまった。一度咳払いした後ランカをあらためて見る。

 

「明日からは私が時間配分を決める。それに従ってくれ」

 それでなとも転移石を使う負担もあるのに、一日中読解をし続けるなど体に良いわけがない。

「でも、そうすると効率は落ちるけど」

 あっさり返してくるあたり、こう言う生活をよくしているのだろうと察する。

「多少落ちてもいい。こっちがハラハラする。声をかけても全く反応なく、水分すら取らず一日中読解を続けるやつがあるか」

 そう言ってファルトが見ると「ここにいます」とでも言うような表情のランカがいて、ちょっと頬をつねりたくなった。やらなかったが。


 澄ました顔のランカからグゥと可愛らしいお腹の音がなり、ファルトはすぐに声をかけた。

「食べに出よう」

「え、でも」

「経費で落ちる」


 さらりと出てきた嘘に自分でも驚く。

 実は仕事が終わったあとの夜の食事は経費では落ちない。しかし、このまま部屋に帰すと、何も食べずに寝てしまうこともあり得るのではないかと思い食事に誘う。

 経費で落ちると言う言葉に反応したのか、ファルトが歩き出すとランカが後ろをついてくるのがわかった。


 これぐらいの嘘は許容範囲だろ?

 ……別に一緒にご飯を食べるのが目的じゃない。協力者への配慮だ。


 そう頭の中でいくつかの言い訳を並べながらファルトはいつもの店へ歩いた。

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