第17話 剣術祭・開幕

「す、凄い人の数ね」

「ほんと・・・・・・まさか、ここまでとは思ってなかったわ」


 エリーナとわたしは、剣術祭会場のコロシアム席二階で人の多さに動揺を隠しきれずにいた。


 毎年観客動員数は増え続けているとはいえ、今年は座れそうな席すら見当たらない。


 今回、観客席に向かうのが遅かったのも原因の一つではあるが、それにしても人が多すぎる。


 その一番の理由は、北帝国からの観客の多さだろう。


 今年の剣術祭は例年とは違い、北帝国軍の幹部が北帝国剣術大学校の制服を着て剣術祭に出場する。表では知られていないこんな情報を、一体どこで嗅ぎ付けてきたのか気になるところだ。


 北帝国軍の魔剣術使を直接この目で見るのはこれが初めてだが、この人気からしても相当な実力を兼ね備えていることがわかる。


 うちの学校の他の学生は警備に回ったり、散らばって観戦することになったのは正解だったかもしれない。固まっていたら、間違いなく通行の邪魔になってしまう。


 これは立ち見になるかな、そんなことを考えていると、わたしたちが立っていた左隣の端の席が空いた。


「エリーナ、座っていいわよ」

「ユアこそ遠慮しないで座りなさいよ」


 わたしたちはお互い席を譲り合っていると、後ろから来た男が間を通り、その席に何も気にせず座った。


 わたしたちの間をすり抜けて空いた席に遠慮なく座った男、ギンジはあくびをしながら試合場に目を向けている。


「・・・・・・あ、あんたってほんとに空気が読めないのね。ここまでくると、逆に感心するわ」


 エリーナの嫌味に対し、ギンジは意に介さない様子でこちらに振り向く。


「なんだ、お前らいたのか」


 エリーナは呆れてツッコミを入れる気力も無くしたのか、溜息をつく。


 ギンジはわたしと目が合うと、互いに睨みつけあう。


「言っておくけど、昨日のこと。わたしはまだ許したつもりないから」

「・・・・・・ユウガに言われるならまだしも、お前には関係ねェだろうが」


 私たちの間に、目には見えない火花が散った。


「まっ、まぁ、落ち着きなさいよ、アンタたち! 今日だけ、今日だけは喧嘩せず仲良くしましょう? なんたって、ユウガの晴れ舞台なんだから!」


 エリーナが、慌ててわたしたちの間に仲裁に入る。


「・・・・・・ふんっ」

「けッ」


 ほっと、胸をなでおろすかのような面持ちのエリーナ。


 仲直りというわけではないが、一先ずはここで矛を収めることにした。


 一時休戦というやつだ。


「そういえば、ユウガの魔剣術の系統ってなんなの?」


 エリーナが気になっていること思い出したかのように、わたしに尋ねる。


「それはわたしも分からない・・・・・・でも、ユウガの過去のことなら昨夜、全部聞いたわ」


 わたしがユウガの過去について話そうか迷っていると、ギンジが口を開いた。


「んなことは、どうでもいいだろうが。この試合を見りゃ、あいつの実力が分かんだからよ」


 ギンジは目線をこっちに移そうともせず、ニヤリと笑みを浮かべる。


「・・・・・・まあ、そうよね。ユウガが戦うところなんて初めて見るし、なんか変な感じ」


 ギンジもエリーナも思っていた以上にユウガの試合を楽しみにしているようだ。


 ユウガが負ければわたしたちに未来はない。頭ではわかっているが、それでもわたしたちは魔剣術使だ。実力が全く分からないユウガの試合を、張り詰めた緊張感のまま試合結果だけを気にしろというのが無理な話。


 現に、わたしもそんな気持ちがない訳ではない。


「おい、来たぞ。今回の主役のご登場だ」


 ギンジの声にわたしとエリーナが反応し、試合場の方に目を向ける。

 ユウガが通路から出てきて、観客の、わたしたちの前へと姿を見せた。






「こ、こりゃ凄いな・・・・・・」


 見渡す限りの観客に思わず息を呑む。


 北帝国からやって来たであろう観客から黄色い声援を送られているが、これは俺にではなく対戦相手に送られているものだ。北帝国帝立剣術大学校の学生にここまで人気があるとは考えづらい。


 どこから情報を嗅ぎ付けてきたのか、北帝国軍の上位幹部が剣術祭に出ることを事前に知っていたようだ。


 それだけに観客数も去年より多く、立ち見している人も少なくない。


 観客数が多いのは毎年のことだが、やはりその視線が向けられる側となると重圧を感じる。


 まさか俺が表舞台で剣術を披露することになるとは、特殊暗殺部隊にいた頃は考えたことすらなかった。


 思えば、一般人の前で自分の剣術を見せるのはこれが初めてだ。


 だが、変に緊張などを感じている場合じゃない。


 俺は、自分にできることをやるだけだ。




「あっ、やっと来た!」


 プルシェリカが俺を視界に捉えると、慌てた様子でマイクを手に会場中に向かって話し出した。


「会場にお集まりの皆様、大変長らくお待たせしました! それでは、剣術祭での魅力溢れる魔剣術使たちの活躍を存分にご期待ください!」


 そう締めくくると、颯爽と舞台から飛び降りてこちらに近寄ってくる。


「ユウガっ! 来ないかと思ったわよぉ!」

「ごめん。こんなに遅れるつもりはなかったんだけど、色々事情があってな」


 プルシェリカはジロジロと、物珍しそうな顔で俺の腰に差した刀を眺めてくる。


「わお。ほんとに剣持ってる! ってより・・・・・・刀? いまどき珍しいわね」

「そんなことより、こんなところで司会進行役のお前が俺に話しかけて大丈夫なのか?」


 東都剣術大学校の剣術祭出場選手と司会進行役の学生同士が試合前に密談など、あまり好ましくは思われないはずだ。


「二回戦以降ならともかく、初戦すら始まってない今ならまだ大丈夫よ。御覧なさいよ。皆、アンタに注目してる」


 観客席を見渡すと、視線が俺たちに向けられていることは明白だ。あまり長いこと待たせていると、ブーイングでも起こりそうに思える。


「まぁ、せっかくだから楽しみにしててくれよ。俺の戦いを」

「なぁにかっこつけてんのよ! 昨日、修練剣握っただけでゲロってた奴が勝てるはずないでしょ!」


 プルシェリカは、俺の背中を遠慮なしに叩いた。


「今朝、ユアからあんたが剣術祭に出るって聞いたときは驚いたけどね。言っちゃ悪いけど、誰もまともに戦えるなんて期待してないわよ」


 それは無理もないことだ。俺の昨日の惨状を目に焼き付けておいて、おかしな期待をするほうが不自然極まりない。


「それより、不戦敗ではなくきちんとした負けが必要なの。形式上は同じ負けでも、〝北帝国軍が公衆の面前で非人道的な勝ち方をした〟とかなら、この状況を打開できるかもしれない」

「・・・・・・それ、俺がいたぶられながら殺されたほうが都合がいいってことか?」


 俺の気分を損ねたとでも思ったのか、プルシェリカが慌てて訂正する。


「ばばばっ、バカね! 違うわよ! ヤバくなったら私たちが止めるし、誰よりユアが黙っちゃいないでしょ! あくまで盛大に、北帝国軍の奴らが頭のおかしい野蛮な連中ってところを世に知らしめるのよ。いい? 世論を味方につけんの! 昨日のあの後、深夜まで練った作戦をわざわざ直前でまた作り替えたんだから。ほら、これに全部書いてあるわよ。あんたが負けた後のシナリオをいくつもパターン化して・・・・・・って、あーーっ!!!」


 俺はプルシェリカが自信に満ちた顔で掲げた作戦本を、目の前でビリビリに破り捨てた。


「なっ、なにすんのよ! せっかく作ったのに!」

「お前は元気そうで安心したよ」


 俺は笑いながら、プルシェリカの肩を叩く。


「な、なによ」

「ま、茶でも飲みながら気楽に観戦しててくれよ。・・・・・・絶対、負けないからさ」


 頭から冷水でもかけられたように驚くプルシェリカから目を切り、俺は舞台へと続く階段に足をかけた。


「・・・・・・いつもは自信なさげで、頼りない癖に」


 最後に、歓声でかき消されそうな彼女の小さな呟き声が聞こえた。






 試合場に続く階段を上り終えると、舞台上には純白の学生服に身を包んだ一人の女性が立っていた。


「遅ェな。 いつまで待たせる気だ、カス野郎が」

「・・・・・・わ、悪い」


 目の前に立つ、青髪が肩に少しかかった男勝りな顔つきをした女は、俺を鋭い目つきで睨みつけながら悪態をついた。


 あまりの言葉遣いの悪さに多少なりとも嫌気がさすが、遅れて来たこちらが悪いので言動には目を瞑ることにする。


 観客席の上に設置されている大きな電子掲示板には、俺と彼女の名前が表示されていた。


 フリズ・ティシャーラ。俺は登録名で表示されているが、これは奴の本名だろう。


 見たところ、年齢は俺とそう変わらない。身長は俺より僅かに低く、筋肉質な体付きながら線の細さを保っている。


「何ジロジロ見てんだ、ぶっ殺すぞ」

「・・・・・・」


 俺のことが相当気に食わないのだろうか。なんだか、必要以上に嫌われている気がする。


 少しでも気分を落ち着かせようと、改めて会場を見渡してみることにした。


「それにしても、随分と人気者のようだな。お前たちが剣術祭に出ることを、一般人が知っているのはなぜなんだ?」


 フリズは舌打ちしつつも、饒舌に話し始めた。


「こういう噂は広まりやすいんだ。北帝国軍の幹部は英雄の象徴だからなぁ・・・・・・テメェが無様に這いつくばるのを見られるのが、待ち遠しいってのもあるかもな」

「・・・・・・絶対、誰もそんな物騒なこと考えてないと思うけど」


 北帝国は東王国と比べ、領土・国内人口共に倍近くある。それに加えて、北帝国は軍事大国であるだけでなく、情報伝達速度も他国とは比較にならない技術大国。


 僅かな情報の漏れによって、拡散でもされてしまったと考えるのが妥当だろう。


 試合開始前のカウント表示が、電子掲示板に大きく表示される。


「そういえば、まだ名前を名乗っていなかったな」

「・・・・・・? 何言ってんだ、気色悪ィ。向こうの掲示板に表示されてんだろうが」


 フリズは、自分だけが本名を記載されてることに何の違和感も感じていない様子だった。


 なるほど、これは好都合だ。


 おそらく、彼女は俺の正体を知らない。


 俺の正体を知らないということは、大佐ではない可能性が高くなった。北帝国の事情は知らないが、人員不足などで剣術祭まで回せなかったか、あるいはこいつが相当の実力ある魔剣術使か。


 どんな奴が相手だろうと負けるつもりなどないが、初戦はできれば戦闘の感を取り戻すことに専念したいのが本音だ。ここで、大佐クラスと当たることは避けたい。


 秒刻みになり、お互い腰を落として構えをとる。俺とフリズは獲物に手をかけ、戦闘の準備を完了させる。


 会場からは歓声などとうに消え、静寂が張り詰めた緊張感を増長させる。


 勝敗判定ロボがブザー音を鳴らし、俺とフリズはほぼ同時に地面を蹴った。


 フリズが鞘から剣を引き抜く速度に、俺も居合の速度を合わせる。


 金属音が鳴り響き、お互いの初撃が火花を散らしながら弾かれた。


 その直後、すかさずフリズが下段斬りを繰り出す。俺は飛び上がり、足を畳んで回避。着地と同時に俺も斬撃を打ち込む。


 フリズも難なく俺の刀を弾いて斬撃を回避し、次は上段から剣を振り下ろしてきた。


 そして、俺もこれを弾き返す。


「・・・・・・っ!」


 少し予想外だったのか、続けて斬撃を俺に向けて打ち込んでくる。


 だが、その刃は俺には届かない。全て弾き返し、俺も全く同じ剣技を返す。


「てッ、テメェ・・・・・・!」


 俺が技を真似したことに気づいたのか、斬撃を全て弾き返し終えた直後、突き技で俺を仕留めにきた。


 速い、これまでよりも明らかに。


 おそらく、これが奴の本気の剣速だ。


 俺は刀の先を上に向けて側面部分で突き技を受け流す。耳に心地の良いとは言えない音を鳴らしながら、俺はフリズの剣を弾いた。


 と、ほぼ同時にフリズが後方へ飛び、少し距離を取った。


 賢明な判断だ。呼吸と体勢を整えるタイミングを見誤ることもない。攻めるときは攻め、引くときは引く。


 この実力なら十分に、北帝国軍中佐の実力基準は満たしていると言えるだろう。


「しょうもない猿真似しやがって・・・・・・癪に障る野郎だ」


 そう言いつつも、フリズは自分の剣を上段に構えながら神経を集中させている。


 次でおそらく、魔剣術を交えて一気に俺を仕留めにくるはずだ。


 俺は中段の構えで待つ。狙うのはカウンター。


 フリズが僅かに動いた瞬間、目の前に高速で俺に目掛けて一直線に飛んでくる物体を視界に捉えた。俺はほとんど反射的に刀を動かし、その物体を全て弾き落とす。


 斬った感触で、物体の正体が判明した。


 これは、氷だ。奴の魔剣術は氷系統か。


 そう思うのもつかの間、フリズが俺の目の前まで迫って来る。


 俺は上半身の体勢不十分をカバーするために、宙返りで空中に逃げて回避する。


 しかし、フリズがこの大きな隙を見逃すはずもない。


「馬鹿がッ!」


 空中で身動きの取れなくなった俺に向かって、攻撃を仕掛けようと走り出す。


 俺は刀をフリズに向かって投げた。至近距離で剣を大きく振りかぶったその状態では弾くのは不可能。


 すかさず回避行動を取り、着地するまでに俺を仕留めることは防がれても尚、フリズは勝利の笑みを崩さない。


 当然だ。魔剣術使にとって剣や刀の有無は生死に直結する。獲物を手放した時点で、俺の攻撃手段は急激に狭まるのだから勝利を確信するのも無理はない。


 だが、それは魔剣術使が相手ならの話だ。


 俺は着地と同時に瞬時に左足を軸に右足を前に出す。そして、交互に軸を交代させ、高速で半回転を繰り返した。


 一瞬の内にフリズの背後に回る。



 ──黒道流格闘術・裏取うらどり。



「なっ!?」


 フリズからしたら突然俺が視界から消えたようなものだろう。上半身のフェイントに加えて、視線誘導も何度か入れた裏取りだ。知っていなければ、初見で対応することはまずできない。


 俺は間を置くことなく刀を拾い上げ、一瞬の隙を与えることも許さず中段横斬りを放つ。


 しかし、直撃する寸前で冷気が視界を包み、彼女に俺の刀は届かなかった。

 

 俺の刀は、フリズの魔剣術によって生成された氷の塊によって難なく受けとめられていた。


「くそっ」


 俺は即座に刀を氷から引き抜き、後退する。


 その直後、フリズは声を荒げた。


「てめぇ、舐めてんのか!? 魔剣術を使えば、今の一撃は入っていたはずだ!」


 フリズは剣を構え直し、苛立ちを隠し切れない表情で俺を睨みつける。


 だが、初戦では魔剣術はできるだけ温存しておくと最初から決めてある。二回戦以降のことを考えたら、これは当然のことだ。


 体力的な側面も考慮に入れると、グダグダと試合を長引かせたくはない。できるだけ早く、勝負を決めにいく必要がある。


 俺は刀を持ち替え、下段の構えを作る。


 正直なところ、魔剣術の発動にはもう少し時間がかかると思っていたが、フリズの氷を生成する速さは桁違いだ。


 そう判断すると、瞬時に脳内で戦闘イメージを修正する。


「後悔しても遅ぇぞ・・・・・・今のが最初で最後のチャンスだ」


 フリズが剣を構え直し、冷気に包まれた白い息をはいた。


 おそらく、ここで勝負が決まる。


 俺は先に仕掛けるため、一直線に走り出す。が、フリズは動こうとしない。


 やはりカウンター狙いか。


 フリズはこの試合の中で見せた、一番の剣速で俺の首元を狙う。


 素晴らしい反応速度だ。だが。


「もらったッ」


 その反応速度が命取りになる。


 剣が俺の喉元に迫るが、この攻撃が俺に当たることはない。


 フリズの斬撃が薄皮一枚にすら届かず虚しく空を斬った。


「・・・・・・ッ!?」


 フリズは驚いているように見えるが、俺は別に避けたわけではない。


 ただ、間合いを詰めるときの速度を、意図的に落としただけだ。


 普段の戦いでは見慣れていない速度を経験してしまった直後、その慣れない速度に追いつこうと無意識に剣速が上がる。


 結果、タイミングが速すぎて剣を空振ることになった。


 腕に自信のある魔剣術使が格上を相手にすると稀に起こすミスを強制的に引き起こさせ、それは同時に大きな隙を生んだ。


「くっ・・・・・・!」


 フリズが魔剣術で前と似た氷の塊を自分と俺の間に作った。


 この状態からでも、魔剣術を発動できる咄嗟の判断力と技巧は認める。


 でも、それは流石に俺を舐め過ぎだ。同じ技は、俺に二度も通用しない。


 敵の超至近距離で剣を空振るというのは、そういうことだ。


 俺は腰をさらに一段深く落とし、黒道流剣術中段の構えを作る。


 腕の振りを目一杯に使い、刀を下から上、右から左へ──



 ──黒道流剣術・十字時雨じゅうじしぐれ



 フリズの出した氷の塊諸共、俺の斬撃が粉砕し、後方へと吹き飛ばされていく。


「けほっ、けほ・・・・・・ッ、く、クソォッ!」


 フリズが膝を着いたかと思えば、その場でうずくまった。


 刀の峰で斬ったため、外傷は打撲程度ですんでいるはずだ。


「勝負ありだな。さっさと降参して手当てしてもらえ」


 だいぶ体がほぐれ、刀も手に馴染んできた。


 フリズが俺の動きについてこれなかったのも、仕方のないことだ。


 あえて鈍足な動きを交えつつ、爆発的な加速を放つ天性の敏捷性。これは幼少の頃から涼火に褒められてきた、俺の中で数少ない秀でた能力の一つだ。相手側からしたら、相当に戦いにくいことも十分に理解している。


 しかし、フリズは剣を握った方の手で立ち上がろうとしていた。


 まだ、諦めないつもりなのか・・・・・・?


「おい、もういいだろう。勝敗は決した。これ以上戦いを続けても何の意味もない」


 フリズは剣を杖替わりにしながら立ち上がり、叫んだ。


「ふざけるな! はぁ、はぁ・・・・・・魔剣術の一つも使わせないで無様に負けたとあれば、私の経歴に傷が付く! 下手をすれば首が飛ぶ・・・・・・絶対に、絶対に負けるわけにはいかない!!」


 流石は軍事大国といったところか。完全に洗脳されている。これほど戦闘能力の差を頭では理解していながらも立ち向かうなど、常人にはまずできない。


「・・・・・・わかった。そんなに言うならを見せてやる。その代わり、そっちから先に仕掛けてこいよ」


 こいつも、一度見せてやれば落ち着くだろう。


 落ち着く前に、勝敗は決するだろうが。


 本当は二回戦まで使う予定はなかったが、ここまで言われては使うしかない。


「はぁっ、はぁっ・・・・・・フゥー」


 フリズは剣を鞘に納め、居合の構えを取った。


 白い霧のような冷気が、視界だけでなく肌で冷たさを感じさせるほどに。


 魔剣術の発動までにかかる時間が、さっきとは比べるまでもなく長い。


 次で決める。その覚悟が、ビシビシと冷気以上の気迫で伝わってくる。


 ──くるッ!


「ッらあァァァァッ!!!」


 フリズの気迫のこもった居合切りと同時に、銀白の巨大な氷が次々と生成されていく。


 地面と大気を這うようにして迫る、魔力粒子をガチガチに凍らせて突き進む小さな氷山にも似たデカい氷の塊が俺の視界を覆った。


「ふぅー」


 俺は、大きく息を吐いた。


 向かって迫る氷の塊は、体積を増大させながらも止まることはない。


 俺は静かに刀の柄に手を置き、神経を集中させながら体内にある魔力回路に魔力をゆっくりと供給させる。


「そうだ、ひとつだけ言い忘れていた」


 俺は刀を引き抜く間際、身体中の魔力回路から右手を伝って刀に魔力が流れていく懐かしい感覚に陥る。


 魔力が身体中から一点に集中されるこの感じ。


 身体が熱い。身体の奥底が、煮えるように熱い。


 でも、悪くない気分だ。


 なぜなら、俺の魔剣術は──


「俺の魔剣術は、ちっとばかし熱いぞッ」


 刀を引き抜くと同時に、俺の刀から発した黒炎こくえんが目の前の氷を蒸発させながら視界を覆い尽くす。


 氷も、大気も、音も、日差しも、観客の視界さえも。




 ────黒道流魔剣術・王火殲滅おうかせんめつ────





 地面を蹴って、俺は黒炎の中を翔けぬけた。





「勝負あり、ってところだな」


 黒炎が消えると、フリズの魔剣術で生成された氷も、全て跡形もなく消失していた。


 観客席にいる多数の人は目の前の光景が信じられないのだろうか、どよめき声が聞こえてくる。


 そして、その視界の先にあるのがフリズの首元に突きつけられた俺の刀であることは言うまでもない。


「・・・・・・て、テメェ」


 ロボが勝敗判定の確認をするため、俺とフリズの元へやってくる。


 俺は、フリズの首筋に刀を突きつけている。対して、フリズの剣は舞台の下に落ちて地面に突き刺さっている。


 彼女も、これで文句はないだろう。


 ロボの確認装置が作動すると、フリズは訝しんだ表情で俺を睨みつけてくる。


「・・・・・・今の、ただの魔剣術じゃねぇな」

「御名答」


 フリズの言う通り、今のはただの魔剣術のみで生成した炎ではない。


 いくら炎系統の魔剣術と言えど、あの膨大な量の氷を瞬時に溶かす事は不可能だ。


「なぜだ」


 彼女は、俺に問いかける。


「なぜ、私は負けた・・・・・・?一体、どこでそれ程の力を身に付けたと言うんだッ」


 俺はどう応えようか、少し迷いつつも口を開いた。


「昔、色々あってな。お前のような北帝国軍の魔剣術使と対峙する機会が人より多かっただけさ」

「北帝国軍と対峙する機会・・・・・・?」


 フリズは、思い当たる人物でもいたのか、目を徐々に見開き始め、動揺した様子で俺の顔を凝視する。


「さっきの黒い炎・・・・・・ま、まさか。まさか、お前があのッ!?」

「・・・・・・それは、人違いだ」


 残念ながら、俺は涼火りょうかではない。


 俺は、そっと彼女の耳元に口を近づけると、勝敗判定を告げるブザーが鳴り響いた。


「悪いが、俺とお前じゃ背負っているものが違いすぎる。出直してこい」

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