第16話 事件の真相

 東都剣術大学校の校門をくぐり、剣術祭の会場であるコロシアムの前に着くとユアが大きく手を振っているのが見えた。隣には、エリーナたちの姿もある。


「ユウガ、こっちこっち!」


 走る脚を止めることなく、俺はユアたちのもとへと向かう。


「はぁっ、はっ、ごめん。ちょっと、色々あって遅れたっ」


 俺は全力疾走でかいた汗をぬぐいながら、息を整える。


「ギリギリセーフ、ってとこね」

「ちょっ、こんなところで体力使ってどうするんですか!」


 エリーナとレベッカも近寄って、俺にハンカチや飲み物を渡してくる。


「ああ、助かるよ」


 渡されたハンカチで汗を拭きとり、水分を補給する。

 そして、やはり気になるのか、二人の視線は俺の腰に差してある刀に注がれていた。


「ほ、本当に先輩が戦うんですか?」


 水を飲み終えると、俺は頷いて刀の柄を軽く握ってみせる。


「俺のことなら、心配しなくても大丈夫だ。あと、悪いんだけど、すぐそこの大通りで南共和国から来たらしい悪魔宗教の連中がラルディオスにやられて倒れてるから、レベッカにはその事後処理を頼みたいんだけど」

「わ、わかりました。それについては色々聞きたいことありますけど、後で何人かに声かけて行ってきます」


 レベッカは、あくまでも真剣な顔つきで俺の頼み事を了承してくれた。


「ユウガ! 勝敗判定装置の点検はバッチリよ! 北帝国のヤツらが何か工作してるんじゃないかと思って、レベッカと念入りに確認しておいたわ!」


 エリーナが胸を張りながら、自慢げに報告する。


 そうか・・・・・・そんなことまでしてくれたのか。


「ありがとう、エリーナ。本当にいつも助かるよ」

「う、うん! えへへっ」

「あっ、エリーナ先輩だけずるいですっ! 私も頑張ったのに!」

「レベッカにも、ちゃんと感謝してるよ」

「本当ですか~? じゃあ、剣術祭が終わったらアイスクリーム奢ってくださいっ!」

「はいはい、わかったよ」


 そんないつもと変わらないはずの光景を見ていたユアからの視線が、なんだかすごく痛い気がした。

 そして、ユアにもこっちへ来るように促そうとすると、その後方に意外な人物の姿があったことにようやく気が付いた。


 腕組みをしながら壁に寄りかかっていたギンジのもとへ、俺は近寄っていく。


 他の学生は観客席の誘導や見回り、案内だったりでこの場にいないことを考えると、ギンジが俺を待っていたことはとてもじゃないが、意外だった。


 ギンジは頭をかきながら、面倒くさそうに一歩前に出てくると俺の前へと立つ。


「よぉ、元気そうじゃねーか」

「あぁ、おかげさまでな」

「・・・・・・謝らねぇぞ、俺は」


 遠慮などすることなく、普段と変わらないギンジは俺を睨みつけるが、最初から謝る必要などない。


 むしろ、謝らなければならないのは俺の方だ。


「ギンジ、昨日は悪かったな。俺みたいな奴に皆の運命を任せられない、昨日のあれはそう思っての行動だったんだろ?」

「よく分かってんじゃねぇか」


 俺の謝罪を受けると何事かと言ったように俺の目を真っ直ぐと見てきた。そして、ギンジはニヤリと笑みを浮かべた。


「なんだぁ、その目はよぉ・・・・・・昨日までとは別人じゃねえか。何かが吹っ切れたみてェだな」

「まぁ、色々あってな」


 俺もつられて笑うと、ギンジは横によけ、俺の向かう出場者控え室に続く通路の入り口への道を空けた。


「そんじゃ、お手並み拝見といかせてもらおうか」

「ああ、見ててくれ。必ず勝つからさ」


 俺はギンジを横切り、通路へ向かうとユアが近づいてきた。


「わたしも途中まで一緒に行くわ」


 俺は頷くと、ユアと一緒に通路へ向かって走り出した。






 通路は意外と長く、俺とユアは走って控え室へと向かった。

 ラルディオスのおかげでまだ時間に余裕はあるが、控え室で少し神経を集中させておきたい。それを考えると、歩いている時間はなかった。


 少し薄暗い通路を二人で走っていると、控え室の立て掛けが置いてあるのが見えた。


「ユア、ここまでで大丈夫だ」


 そう言い立ち止まると、ユアは俺の制服の裾を少しつまんだ。


「お願い・・・・・・無茶だけはしないで」


 わかってる、そう言いたかったがユアには嘘はつけない。


「ごめん、ユア。・・・・・・無茶は、するかも」


「・・・・・・危ないと思ったらすぐに棄権して」


 ユアの心配している感情が肌に伝わってくるが、俺は頷くことができず首を横に振る。


「・・・・・・じゃあ、これだけは約束して」


 ユアが俺の唇にそっと自分の唇を重ねた。


「死なないで」


 ユアは最後にそう言い残し、俺から背を向けて走り去って行った。




 控え室の扉前に立ち、錆びかけた金属製のドアノブに手をかけると中から妙な気配を感じた。

 一人ではない。おそらく、二人。

 剣術祭出場者に用意されている控え室は合計で八つ。各々の出場者最終調整のために準備された完全な個人専用部屋だ。

 無論、出場者以外の入室は固く禁じられている。


 俺は警戒しつつドアノブを回し、中の様子を伺うと、無機質な控え室内には二人の人物が立っていた。


 そのうちの一人は、俺がよく知る人物だった。

 齢六十過ぎ。短く真っ白な髪に白色の瞳。老婆というにはあまりにも貫禄がある容貌。

 俺は、どこか懐かしくすらある、久しぶりに見たその姿に驚きを隠せなかった。


「り、理事長!?」


 東都剣術大学校最高責任者、理事長バルハラ。

 俺は、この人には頭が上がらない。

 この学校に通うことができているのは、理事長が入学を許可してくれたおかげだ。

 だからといって、何をしても許されるわけではない。こんな大事な剣術祭直前に今まで姿を消していた事も、理事長がなぜこのタイミングで俺と接触してきたのかも謎に包まれている。


 実は黒幕で裏で糸を引いていたなんて線も、十分にあり得るわけだ。

 緊張感の抜けきらない沈黙を最初に破ったのは、理事長だった。


「久方ぶりだね、ユウガ。色々言いたいことはあると思うが時間がない。私がここに来たのは、この子を連れてくるためだ。お前に用があるらしい」


 理事長がそう言うと同時に、後ろに隠れていた泥色のローブを頭まで深く被った人物が一歩前に出る。


 誰かは全くわからない、心当たりのある人物も思い浮かばない。身長、肩幅などから推測するに女性のような気もするが・・・・・・。


「悪いけど、後にしてもらえませんか? 俺は今から大事な試合があるんで」


 俺が理事長たちの横を通り過ぎようとしたとき、ローブの人物がフードを外して隠れていた素顔を露にする。


 それを見て、俺は立ち止まった。


 立ち止まらずにはいられなかった。


 金色の髪に、青く透き通った瞳。白く綺麗な肌とその顔を、見間違えるはずなどない。


「初めまして。私は東王国第三王女、マーガレット・ルテリア・ラナフォード。この場をお借りして、あなたにお話したいことがあります」


 一礼し、気品溢れる挨拶を終えると、俺は即座に疑問をぶつけた。


「どういうことだ・・・・・・なんで王女殿下がこんなところに・・・・・・」

「ユウガ、落ち着いて彼女の話を聞きなさい」


 理事長はマーガレットに視線を向けると、彼女は話し始めた。


「まず、今の貴方たちがどんな状況に置かれているのかは理解できていますか?」


 状況の整理する間もなく、俺は頭の中で即座に思考をまとめる。


「・・・・・・この剣術祭で俺が負ければ東都剣術大学校の全学生が北帝国に売られるってことだけは知ってる。あとは、南共和国と北帝国がグルだってことがさっき判明したくらいだ」


 俺は現状で知りうる情報を簡潔に話すと、マーガレットは頷く。


 そして、一呼吸置いてから話の本題に入り始めた。


「今から十五日程前、北帝国からこの国に交渉が持ち掛けられました。内容はこういったものです。『東王国東都剣術大学校の全学生をこちらに引き渡せ。学生の安全はこちらが保証する。この要求をのんだ場合、東王国との同盟関係継続を約束する。なお、こちらの要求を断った場合は宣戦布告とみなし、そちらに全軍を率いて突撃する』」


 俺は、あまりにも無茶な北帝国側の要求提示に愕然とする。


「なんだよ、その一方的な条件の提示は・・・・・・交渉でもなんでもないじゃないか! 全学生の安全を保障なんてのも怪しい、そんなことがまかり通るはずないっ!」


「その通りです。当然ながら、その要求は断りました。例え、これが北と東の戦争の引き金となったとしても、東都剣術大学校の全学生を北帝国に引き渡し、我が国が蹂躙される可能性を残すくらいなら初めから迎え撃つ覚悟の意思表明です」


 妥当な考えではある。だが、それで終わりならこんな事態には発展していない。


「ですが、要求を断って間もなく、北帝国は新たな交渉内容を提示してきました。『剣術祭でこちら側が優勝すれば東都剣術大学校の全学生を引き渡すこと、そちら側が優勝すれば無条件で我が国と半永久的な同盟関係を築こう』・・・・・・そういったものです」


 その要求は呑んだということか・・・・・・?

 現在の東王国は、数十年も昔に独裁政権が終わりを告げて以降、現国王が政治的実権を握る体制をとっている。

 つまり、最終的な決断をしたのは国王で間違いないということだ。


 だが、どこかおかしい・・・・・・東王国の現国王は、歴代で最も変わり者と言われる程の善人だと聞いている。


 権力を振りかざすどころか、東王国も君主制を撤廃し、共和制国家にしてしまうことを本気で検討しているなんて噂まであるくらいだ。


 もちろん、その噂は嘘か誠か定かではないが、国民のための政治政策に力を入れているのは確かだった。その結果にここ十数年で見違えるように東王国は良い変化を遂げている。そんな現国王が、こんな怪しげな要求を呑むとは考えづらい。


「俺には、国王がそんな要求を安易に受け入れるとは思えない」

「決定したのは私です」

「なッ」


 目の前に立つのは、王族といえど第三王女だ。


 そんな決定権、あるはずがない。


「私の父・・・・・・つまり、東王国現国王であるディゼルは、病に伏しています。よって、現在のこの国の政治的権威、最終決定権は私に委ねられているのです」

「・・・・・・そうか、そういうことか」


 俺は西公国出身で、東王国の内政には多少なりとも疎いところはある。言い訳にしかならないが、考えが足りなかった。


 確か、第一王女は難病を患い、若くして亡くなっている。第二王女は生れつき目が不自由。つまり、消去法で第三王女のマーガレット殿下が選ばれたというわけか。


 少しずつ腑に落ちなかった部分が明らかになってきた。要するに、東都剣術大学校にはラルディオスがいるから、北帝国には今年も勝てる可能性が高い。そういう算段だったのだろう。


「ラルディオス学生のことは私も存じ上げています。彼がいれば、一対一の純粋な戦いで負けることなどまずあり得ない・・・・・・ですが、彼は。いや、彼だけでなく東王国の実力ある学生は、ご存知の通り北帝国が手を回した南共和国によって封じられました」

「ここからは私が話そう」


 理事長が一つ咳払いし、マーガレットの話を繋ぐ。


「先に謝っておかねばならないね。剣術祭直前期に十日も姿を消してしまって、すまなかった。私は毎年の剣術祭で手続きの遅れなどが起こらないように事前に剣術祭が近づくと予め登録剣管理部の方に連絡を入れているんだが、今年の担当はどうもぎこちなくてね。不審に思った私は、学校から出て直談判しに行ったのさ。けれど、蓋を開けてみればどいつもこいつも登録剣は出せないの一点張り。仕方なく、東都剣術大学校関係者かつ面識のある第三王女様に直筆の命令書でも書いてもらおうかと思って王都に足を運んだら、そこで全てを説明されたよ」


「それで、登録剣の使用許可が下りなかった理由はわかったんですか?」


 すると、理事長は壁にかけていた鞄の中からある物を取り出した。


「!? こ、これはッ」


 理事長が持っていたものには、確かに見覚えがある物だった。


 何日か前に起こった、ロボ三体からの強襲事件。その際に、俺が逃がしてしまった球体型の小型ロボット。


 それが、今手の届く目の前にあった。


「やられたよ。こいつに登録剣の情報から連なる個人情報を全て盗まれていた」


 再び、マーガレットが話を繋げるため口を開く。


「武器庫の職員が、これを保管していたそうです。おそらくは、東都剣術大学校の学生に登録剣の使用許可を出させないためだけでなく、学生を売り渡す情報の取り引きを内部から工作していたと考えられます」


 マーガレットの言ったことは事実なのか、理事長は静かに目を伏せた。


 その瞳には、まるで光が灯っていない。


「剣術祭が閉会すると同時に、登録剣は王都の武器庫から運び出すつもりなのだろう。昨日、すぐに電子文書を私のアドレスに送信しようとしたんだが、留守の間にウイルスをばら撒かれていたみたいでね。文字化けも酷く、粗末な怪文書を送るので精一杯だった」


 理事長はまっすぐに俺を見つめた後、深々と頭を下げてきた。


「南共和国のことは、私も先ほど知る機会を得た。こんな大変な事態だというのにお前たちを子供扱いして、頼らなかった私の責任だ。・・・・・・本当に、すまなかった」

「・・・・・・」


 こんな頭が痛くなるような話を、試合前に聞かされるとは思ってもみなかった。


 だが、これは理事長だけの責任ではない。


 俺は最後に確認をとる。


「要は、登録剣管理部の職員は買収でもされてたってことですか?」


 マーガレットは理事長に頭を上げさせると、俺を視界におさめる。


「ええ。もうご存知でしょうが、東都剣術大学校からユウガ学生以外の剣術祭各学年出場者は北帝国出身の諜報員。この国の剣術祭に携わっている機関のうち数名が、北帝国に買収されていたことが発覚しました。私とそこにいるバルハラは、その事後処理を今朝までしていたのです」


「そうか・・・・・・それで、こんな直前になって」


 なるほど。言いたいことは山ほどあるが、もういいだろう。


 何にせよ、俺がやるべきことは変わらない。


 俺にできるのは、この剣術祭で優勝することだけだ。


「じゃあ、俺はそろそろ行きます」


 結局、控え室で集中力を高めることはできなかった。願わくば、せめて精神的に落ち着いた状態で戦いに臨みたかったが、もう時間だ。


 俺は控え室の試合場へと続く扉に向かって歩こうとするが、マーガレットが俺の前に立ちふさがる。


「待ってください。まだ、話は終わっていません」


 マーガレットはそう言い、話を続けた。


「同盟関係にあった南共和国、それに東王国内の戦力として数えていた者たちまで北帝国の手に落ちている。これでは情報も筒抜けですし、戦力を見誤っていました。こんな状態で北帝国と戦争をしても東王国に勝ち目がないことは明白です」


「・・・・・・何が言いたいんだ?」


 話の中身がまるで見えなかった俺は、彼女に問う。


 息を整えたマーガレットは、静かに口を開いた。


「なので、ユウガ学生。剣術祭を今すぐ棄権してください」

「・・・・・・は?」


 聞いたことの意味が、まるで分からない。


 この期に及んで、何を言いだすんだこの女は。


 マーガレットのあくまで真剣な顔つきに、今までにない苛立ちが俺の中から湧き出てくる。


「とにかく、北帝国に敵意を向けることを極力避けるのです。今からでもこちらに戦意がないことを示せば、多少の譲歩なら許してくれるはずです。東都剣術大学校から引き渡す人数の条件を、全学生から半数くらいになら」

「ふざけるなっ!」


 俺の怒声に驚いたのか、一瞬ほんの僅かに体が震えた彼女の姿を見て我に返る。


 目の前に立つ女が王女でなかったら掴みかかっていたところだ。


 だが、今はこんなところで問題を起こす訳にはいかない。


「・・・・・・俺だけならまだいい。でも、あいつらはあんたらの道具でもなんでもない、人間だ! 北帝国に引き渡す人数を半数にすれば俺たちが納得するとでも思っているのか!? ・・・・・・反吐が出るッ」


 俺は彼女から背を向け、扉を開き通路に差し込んでくる光に向かって歩みを進める。


「ま、待って・・・・・・待ちなさい! まさか本当に戦う気なのですか!? 相手は、あの北帝国軍から選び抜かれた精鋭ですよ!! それも、三人! どう考えても勝てるはずがない! それでも行くというのですか!?」


 彼女は俺を追ってきたが、途中で理事長に取り押さえられる。


「な、何のつもりですか、バルハラ!?」

「ユウガ、すまない。あとは頼んだよ」

「・・・・・・理事長」


 理事長は暴れ続けるマーガレットを脇下から肩にかけて綺麗に掴んでいる。


 あの体勢から華奢な体の彼女が脱出することは、まず不可能だ。


「あ、あなたたち正気ですか!? 自分たちが何をしようとしているのか」

「もう、嫌なんだよ」

「・・・・・・え?」


 会場の方へ体の向きを変え、俺は止めていた歩みを進め始めた。


 先には外から僅かに漏れ出た光が、少しずつ、大きくなっていく。


 風が吹き、僅かに俺の前髪を揺らした。


「何もしないで大切なものを失うことだけは、もう嫌なんだ」



 背中越しの彼女達にそう告げて、自分を奮い立たせるように心の中で誓う。



 ──今日、俺は。


 ────誰かを殺すためではなく、大切なものを守るために戦うのだ。

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