第5話 魔剣術使

 魔剣術まけんじゅつを使った以上、ここから先の戦いは修練剣の特性を生かして戦術を組み立てなければならない。

 戦略性においてはギンジに分があると俺は思っている。


 だが、相手はあのユアだ。


 決闘において、彼女は入学して以来ただの一度も負けておらず、三年間無敗の記録を維持している。

 それは即ち、この東都剣術大学校で行われる決闘の理解度、勝利への必然性というものを知り尽くしているということだ。


 何より、単純な剣術・魔剣術ではユアと真正面からぶつかっても勝ち目は薄い。突飛な策でも用意していない限りは。


「とにかく、ここが正念場だな」

「・・・・・・あんた、どっちの見方よ」

「えっ、あっ・・・・・・ごめん」


 試合に夢中になりすぎて、思わずそんなことを呟いてしまう。


 うっかりしていた。ユアは俺のために戦っているのだ。その俺が、ギンジにも頑張ってほしいなどと思っていては、あまりにもユアに対して失礼な話だ。


「まぁでも、わからないでもないけどね」

「エリーナ?」


 エリーナは、決闘場から視線を移さずに苦笑を浮かべていた。


「あいつ、口は悪いけど努力だけは人一倍してきたから」






「まさか、あんたがここまで本気だとは思わなかったわ」

「けっ、何を今さら」


 ユアとギンジが互いに指定の位置で構え、勝敗判定ロボの合図と同時に飛び出す。


 剣撃が交わり、鈍い音が観客席まで響いた。


 この鈍い音が響く理由は、修練剣の製造工程による特性に隠されている。

 修練剣は元を辿れば、魔剣術を日常的に扱うために造られたものであり、本来このような撃ち合いには向いていない。それに加えて、魔力の放出量が一定量を超えると剣自体が破損して使い物にならなくなってしまう。


 つまり、この学校で行われる決闘の勝敗は、どちらが先に修練剣を破壊するかにかかっていると言える。


 ユアの修練剣が赤く染まり、真紅の炎が剣先から鍔を覆う。


「ハッッ!!」


 ユアの突き技。先程までの剣撃とは訳が違う。修練剣の先端から刀身を覆うように炎で包み込まれる。

 炎系統の魔剣術。簡易的な技ではあるが魔力を介している以上、当たればひとたまりもない。


 ギンジの剣が銀色の輝きに覆われる。


「熱ィ、なァッ!」


 ユアの三撃目を、ギンジが弾き飛ばした。いや、正確には剣を盾に軌道を変えたというべきか。ユアは崩した体勢を整えるために、後方へと数歩分の間合いを一度の跳躍で空ける。


 しかし、どういうことだろうか。


 ユアの今の突き技は魔剣術。修練剣では防ぐことは不可能なはずだ。

 俺はギンジの剣を注視して見てみると、ほとんど焦げた跡が見当たらないことに気づいた。


 一瞬、ギンジの剣が銀色に輝くのが見えたが、あれは魔剣術を使った形跡か。


 ユアは炎、ギンジは糸の魔力系統だ。相性的に見比べてもギンジが不利とばかり思っていたが、何かしらの対策を練ってきたのだろう。


「なるほどね。アンタの今の魔剣術のカラクリ、見破ったわ!」


 既にユアは何が起こったのか理解したらしい。それでも余裕の表情を見せるということは、ユアにとってそれほど大きな問題はなかったということになる。


「見破ったから何だってんだ。御託はいいから、さっさとかかって来いよ」

「言われるまでもないわよ。でも、次のは防ぎきれるかしら?」


 ユアがそう言うと同時に、修練剣が炎に包まれる。俺も見たことのある魔剣術だ。


 だが、おかしい。この魔剣術は修練剣では耐久が足りずに、一瞬で灰になる事が実証されている。


 魔力供給量と抽出する炎の質をわずかでも見誤れば、修練剣を失った上で大量の魔力を損失し、ユアの敗北が決定する。


 まさか、この状況でこんな芸当をやってのけるとは。ユアのその強靭な精神力に思わず舌を巻く。


「いくわよ!」


 地面が豪快にえぐられ、一直線にギンジに向かって加速する。


 しかし、ギンジの表情に焦りはない。ギンジの修練剣が銀色に輝きを灯す。そこでようやく俺は、ギンジがどうやってユアの魔剣術を防ぐことができたのかを理解した。


 ギンジは平べったく伸ばした糸を硬質化させ、修練剣に巻き付けていたのだ。


 硬度はわからないが、修練剣よりは強度が高いのだろう。俺はギンジの魔剣術に糸の硬質化があることも知っていたが、まさか修練剣に巻き付けて強度の増加を施すとは。


 だが、さっきまでの突き技と違い、ユアのこのレベルの魔剣術がそれで防げるとは思えない。


 ユアの炎を纏った斬撃がギンジを襲い掛かろうとする・・・・・・直前でユアの剣技が止まった。


 よく目を凝らすと見えにくい何本もの透明な糸がユアの腕や脚に絡みついている。


 いつの間にこんな罠を張っていたのか。

 つまり、ギンジのの狙いはガードではなくカウンター。


 硬質化はあくまでも、意識を誘導させるためのもの。


 ギンジの硬質化された修練剣がユアの胴体に最速で迫り来る。


「はああぁぁあっ!!」


 ユアの咆哮と同時に修練剣の刀身が一瞬で灰になり、竜の形をした炎が、本来の修練剣の倍近くはある、魔力で生成された刀身を形造る。


 ユアに絡みついていた糸も熱で焦げて灰となる。が、ギンジは攻撃を止めようとしない。


 このまま押し切る気だ。ユアとギンジ、お互いの魔剣術が決まる。


 その寸前に、ブザーが鳴った。


「ビーーーーーーーーーッ、勝負アリ!」


 勝敗判定ロボの合図と同時にユアとギンジは動きを止め、魔剣術の使用を中断する。


 勝敗判定ロボが旗を揚げたのは・・・・・・ユアだった。


「二本目ノ勝者、四学年ユア!」


 俺はユアとギンジの修練剣に注目した。


 ユアの修練剣は刀身が灰になり完全に欠損しているが、先程まで刀身の代わりとなっていた竜の形をした炎を考慮すれば、ギンジの右肩から首にかけてのラインを直撃していただろう。


 それに対し、ギンジの修練剣の先端は炎で溶かされていた。これが実戦だったのなら、確実にユアの攻撃の方が速くギンジの身体に届いていた。


「・・・・・・クソッ!!」


 どさりと背を地面に付け、ギンジは息を上げていた。


 いくら運動量自体はそれほど激しくなかったとは言え、修練剣であれだけ繊細な魔力コントロールを強いられたのだ。


 精神的な疲弊だけで言えば、実際の戦闘を上回るのは想像に難くない。


「・・・・・・腕を上げたじゃない。今のは少しだけ肝を冷やしたわ」


 ユアが顎から零れ落ちそうな汗の雫を袖で拭いながら強気な一言を言い放つ。


 本心から出た言葉なのか、それともまだ余裕があったのか。前者であるなら、ギンジはユアをあと一歩のところまで追い詰めた初の挑戦者ということになる。


「まったく、ユアに勝とうなんて百年早いのよ」


 隣で観戦していたエリーナがぼそりと呟くが、エリーナの持っていたジュースはほとんど手つかずだった。


 想像以上のギンジの善戦。


 ユアとギンジの決闘は、まだ二本目が終わっただけだというのに、観戦していた者たちの中で気を緩めている者は一人としていない。

 皆、先程の戦いから何かを得ようと必死な様子が窺える。


 それはこの学校の・・・・・・いや、〝魔剣術使まけんじゅつし〟の異質さを物語っている。


 人間の体内にはこの世に生まれ落ちたその瞬間から、魔力を通すための回路、魔力回路が存在する。

 魔力回路は生まれてから十代前半までの間に剣を通して体外に魔力を放出することで発達するとされているが、逆に魔力回路に魔力を通すことを怠ったまま成長すれば、体内の回路は細く弱くなり十代後半には消滅してしまう。


 当然、魔力回路の成長には個人差もある。が、消滅した魔力回路は、現代の医療技術をもってしても再生させることは困難だ。

 魔力回路が消滅しないこと、それが魔剣術使になるための最低必須条件。だが、それは言葉にするほど簡単なことであるはずがない。


 そもそも魔力とは、突発的な感情の起因、それも絶望や恐怖と言った極限状態での負の感情によって魔力回路に流れ出すものであり、その経験がないものはいくら剣を振り続けようが魔力回路に魔力が供給されることはない。

 つまり、この学校に通う者達は皆、幼少期に極限状態の中で剣を振らざるを得ない環境にあったということだ。


 そんな人間が、まともな人生を送れてきたはずもない。

 普段は明るく振る舞っていても、この学校で過去について語りたがる奴が一人としていないのはそれが原因だ。


 誰もが闇を抱えて、それでも前を向こうと必死に生きている。


 そして、この東都剣術大学校は四年制幹部特別候補生学校の枠組みで仕切られているが、実状は違う。

 俺たちは、国家の反乱分子になり得る可能性を考慮され、国の監視下に置かれている。


 学校側の意向に逆らうことは国家反逆罪と同罪。


 要するに、俺たちは大切な軍事力としてしか見られていないのだ。

 それはこの国に限った話ではなく、他の三大国も同様に。


 今の時代の魔剣術使は、そういった宿命を背負わされている。


「すげぇ、やっぱすげぇよ東都剣術大学校! こんな高いレベルで、四年間も学べんのかよ」


 エリーナの座る位置の更に右方向から声が聞こえた。観戦していた学生、それも、今朝の食堂で俺の陰口を言っていたツンツンと前髪を上げた新入生だ。


「あっ」


 俺と目が合い、一瞬、気まずい沈黙が流れる。

 しかし、今朝とは違い、こちらに喧嘩をふっかけてくる様子はない。

 すると、俺に向かって起立し、姿勢を正すと頭を下げてきた。


「しょ、食堂では失礼なこと言って、すんませんした!」


 今朝のことを反省しているような、紳士的な謝罪。


 何事だろうかと、他の観戦していた学生も何人かこちらを見ている。こうなってしまった以上は、俺に残された選択肢など、あってないようなものだ。


「いいよ、別に気にしてないから。ユアにも俺から反省してたって伝えておくよ」

「・・・・・・うっす。失礼しますッ!」


 ツンツン頭の新入生は、颯爽とその場を去っていった。


「なによ、ギンジとは違って素直そうな子じゃない」

「そうかもな」

「まっ、それもユウガが優しいから許しただけで、ユアが許すとは思えないけどね」


 エリーナは、俺の肘を軽くつついて言う。


 確かに、表面上では素直そうな奴に見えた。

 だが、本心ではどう思われてるかわからない。


 ユアがどういう立場にある学生か知ったから、仲の良い俺に対して表面上では謝った方がいいと判断しただけかもしれないし、全く別の理由があるのかもしれない。


 人の心の中は、誰にも覗き見ることはできない。

 そして、それは当然、彼だけではなく俺にも言えることだ。


 なぜなら、俺は決して優しい人間などではないのだから。






 ユアとギンジがに決闘三本目を始めようと構えに移ったところで、それとほぼ同時に学内放送のチャイムが響き渡る。


【四学年、招集だ。至急七号館四〇六教室に来てくれ】


 ラルディオスの放送を聞き、決闘開始の機械音を待っていた二人は構えを解いた。


 俺とエリーナ以外の観戦していた四学年数人も怪訝な表情を浮かべながらも移動の準備を始める。

 俺とエリーナもユアと合流するべく移動を始めるが、それにしても招集とは珍しい。

 ラルディオスは、今日ここで行われている決闘のことを知っている。


 それをわざわざ中断させてまでの招集となるとただ事ではない、そんな気がした。

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