第4話 決闘

 始業式は、想定していたよりも早く閉会することとなった。

 この学校には教師が存在せず、学校運営やこういった行事の進行は俺たち学生が行うのだが、今年は例年にも増して簡素な始業式だった。


 入学式というメインイベントを控えているため、仕方のないことではあるが、年々雑になっている感は否めない。

 強いてあげるとするならば、これが学生のみで運営する学校体制の強みであり、弱みであるとも言える。


 生徒数が少数であることから、入学式には俺たち在校生も参列する事が決まりになっている。


 例年と同じく東王国上部組織の代表やら、さぞかしお偉いであろう重役の方々のありがたいお言葉を毎年のように頂いているが、正直ほとんど記憶に残っていない。


 俺だけではなく他の生徒たちも大半はけだるげな雰囲気を放っていた。


 しかし、そうではない時間も存在する。


 東王国第三王女マーガレット・ルテリア・ラナフォード殿下からの挨拶だ。


 俺たちはこの学校の生徒というだけで年に一度だけ、マーガレット殿下を拝見することができる。


 一国の王女を直接、自分の目で拝見することなど、一般人ではまずありえない。


 ウェーブのかかった金色の髪は腰まで届き、透き通るように白い肌、綺麗な淀みのない碧眼はまるで人形のようだ。


 マーガレット殿下はその美しい美貌から民衆の支持も厚い。


 誰もが年端のいかない彼女の話を真剣に聞いていたが、俺はというとそれどころではなかった。ユアの代表挨拶が次に控えていたのだ。


 マーガレット殿下の挨拶が終わり、ユアが壇上に上がった。


 少し緊張していたが、何事もなく短い挨拶を終えるのを見て俺は安心する。


 それにしても恋愛感情とは不思議なものだ。

 壇上に立つユアの姿が、俺には一国の王女にも引けを取らないほどに美しく目に映ったのだから。






 入学式を終えてすぐに、俺はエリーナと合流して剣術修練場へ向かった。


 東都剣術大学校の剣術修練場は名称に修練場とついてはいるが、実際に修練場としては機能していない。観客席や勝敗判定装置付きの言わば決闘場だ。


 二十年程前までは修練場として成り立っていたらしいが、改装増築工事が行われて以降は決闘を行う場として使われている。


 剣術の修練ができる施設は他にもあるが、実戦を想定した対人戦闘である決闘が出来るのはここだけになっている。


 決闘も魔剣術使の育成に必要なことの一つであるということなのだろうが、それならば剣術決闘場のような名称に変更した方がいい気もする。


 俺は決闘をしたことがないから、口が裂けてもそんな偉そうなことは言えないのだが。


 俺とエリーナが二階の観客席に到着すると、やけに客席が賑わっていることに気付く。


 どこで嗅ぎ付けてきたのか、三十人程の学生がまばらに客席に座り、ユアとギンジの姿を見ながら決闘開始を待っている。


 ユアは俺とエリーナが到着したことに気づき、軽く手を振ってきた。

 見た限りでは先程の入学式での緊張は微塵も感じられない。


 俺はエリーナと最前列の真ん中の席へ移動し、周囲をを探る。

 学年はバラバラ、ユアのファンクラブが多いとかそういったこともない。


 大方、朝の食堂での騒動を聞いていた数人が噂を拡散したのだろう。


 ユアは髪を一つにまとめて結び終えると、準備完了と言ったようなたたずまいでギンジを待っている。


 ギンジ自身は特別準備することなどなっかたようだが、ユアが戦闘の準備をしている間も、ずっと勝敗判定ロボの点検を続けていたようだ。


 勝敗を判定するために必要なありとあらゆる機能を組み込んだこの“勝敗判定ロボ”は、数年前に幾度もの試作段階を終えて東都剣術大学校の正式な試験や決闘における必要不可欠な存在となった。


 勝敗判定ロボには人工知能以外にも高度な技術が注ぎ込まれており、不具合が起こった場合には学生では到底対処しきれない。


「何? まさか、故障とか?」


 点検にしては流石に時間がかかりすぎていると思ったのか、ユアがギンジの方へ近寄る。


「故障って訳じゃねぇと思うが、こりゃあ少し面倒かもしれねぇ。専門の業者でも呼ばなきゃ直らねぇかもな」

「ちょっと、わたしにも見せてみなさいよ」

「駄目だ。お前に触らせたらマジで壊れちまう」

「はあ!? どういう意味よ、それ!」


 二人の喧騒が響き渡る。エリーナが少しため息をつきながら「それじゃ、行ってくるわね」と一言だけ言い残して俺に飲み物を俺に預けると、一階に降りて行きユアとギンジに話しかけた。


「どれどれ、ちょっと貸して」


 ギンジは勝敗判定ロボから一歩下がると、エリーナが慣れた手つきで内部の点検を開始する。


 エリーナは普段はあんなだが、二学年への進級と同時期に趣味で作っていた人工知能搭載の掃除機が寮内に置いていることがバレて、理事長に東王国軍直下の技術管理部へ推薦された天才だ。


 かなりの高待遇を約束されたらしいが、エリーナは二つ返事で断ったらしい。


 その人工知能搭載型掃除機とやらがよっぽど凄かったのだろうが、そもそもこんな話を持ち掛けられること自体が異例中の異例だ。


 基本的には東都剣術大学校に入学した学生は、魔剣術使として生涯を全うすることが義務付けられる。


 正直、エリーナはこの学校での実技成績はそれほど良くはない。

 三学年の学年内最終成績では確か二十位前後。


 この曲者ぞろいの学年で真ん中の順位というのは十分に誇れることであると思うが、それでも魔剣術より工学分野への関心が強いのならその道を選ぶべきだと思う。


 俺が口出しすることではないのは承知だが、エリーナには自分の本当にしたいことを進路に交えて検討してほしいものだ。


「よし、直ったわよ」

「あ? いくらお前でもこんな短時間で直せる訳が」

「ビーッ、ビーッ、ソレデハ決闘ヲ開始イタシマス。指定ノ位置ニ着イテクダサイ」


 ギンジがエリーナの言葉を否定しきる前に勝敗判定ロボが起動する。


 ギンジは関心した表情でエリーナに目を向けると、エリーナはどや顔でギンジと視線を合わせる。


 あぁ、エリーナ。それをやらなければ最高にかっこよかったのに。


 エリーナはギンジから視線を外し、ユアに近づくと耳元で何かをささやいた。

 ユアの顔が見る見るうちに赤く染まっていく。ユアは一瞬だけ俺の方を向いたと思うと、すぐに視線を逸らして決闘の指定位置へ向かった。


 ・・・・・・なんだか嫌な予感がする。


 俺は二階の観客席に戻ってきたエリーナに飲み物をを渡し、ユアに何を伝えていたのか聞いてみることにした。


「なあ、今耳打ちしてたけど何を言ったんだ? 何かの作戦、ってわけでもないよな」


 そう聞きつつ、さっきエリーナと一緒に買った新作のジュースに口をつける。


 普段は甘い飲み物はあまり買う機会がないが、せっかくだからと俺も買ってみた。


 口の中に柑橘系の味が広がる。想像していたよりも甘くなく、病みつきになりそうだ。


 女性に人気と聞いていたが、これなら俺でも好きになれそうだ。


 俺が初めての味に感動していると、エリーナが何でもないかのような口ぶりで話し始めた。


「作戦といえば作戦ね。でも別に大したこと言ってないわよ。この決闘に勝ったらユウガからあんたにご褒美のキスがあるわよって伝えただけ」

「ブーーーーッッ!! ゴホッゴホッ」


 俺は口含んでいた飲み物を吹き出し、むせ返した。


「お、お前なぁ」


 その言い方だと、俺がおかしなやつみたいじゃないか。こんなことばかりして俺がユアに嫌われでもしたらどうする気なんだ。

 でも、エリーナが適当な事を言うのは今に始まったことではないし、ユアにも流石に気付いてほしくはある。


 そう思い直して俺は指定位置で試合開始の合図を待っているであろうユアの方へ目線を落とすと、背筋が凍りつくような緊張感に襲われた。


 ユアの瞳にはさっきまでとは別人のように鋭い眼光が灯っている。


 剣の先を相手に向け、上段の構えを崩さないまま集中力を極限まで高めてるその姿は、対面した相手のみならず、その場に居合わせた者全員に生唾を飲むことさえ躊躇させる。


 ユアにとってのこの試合はただの決闘ではなく、俺の名誉とかそういったものがかけられているのかもしれない。


 ユアは俺のために、そして決闘を受けて立った東都剣術大学校総合順位トップとしての誇りのためにも、絶対に負けたくはないのだろう。


 だが、言ってしまえばその程度なのだ。


 例えこの戦いに負けたとしても誰かが命を落とすわけではない。


 こんな状況で本物の殺気を放てるのはこの東都剣術大学校でもユア、ラルディオス、そして・・・・・・。


 俺はギンジのいる方へ視線を移した。ギンジは目を閉じたまま中段の構えを崩さず、神経を研ぎ澄ませている。


 ユアとは対照的に殺気どころか存在感すら希薄になっているが、俺にはわかる。ギンジは目を閉じ、気配に意識を傾けることでユアの初動を探っているのだ。


 東都剣術大学校四学年三位の実力は伊達ではない。


 ・・・・・・いや、これを言うのはギンジに失礼か。


 あいつの実力は本物だ。


 俺はギンジの決闘をこの一年くらいユアやエリーナには内緒で何度か見に行った事があるが、剣術の腕はユアとラルディオスにも引けを取らないはず。


 それでも、この三年間で一度も総合成績で二人に勝てないのは、言い方は悪いが才能というやつだろう。


 ラルディオスの尋常じゃない魔力総量、ユアの究極と言っていいほどの戦闘センス。


 この二つは努力でどうこうなるものじゃない。


 ギンジもこの三年で相当悔しい思いをしてきたはずだ。


 そもそもの話、魔剣術能力テストの配点比率にも少し問題がある気もするが。


 勝敗判定ロボの頭に表示されたカウントが残りわずかとなっている。そろそろ決闘が始まりそうだ。


 決闘の基本ルールは三本勝負、先に二本制した方が勝者となっている。


「魔剣術ノ使用ハ三度マデトシマス。ソレデハ、決闘ヲ開始シテクダサイ」


 勝敗判定ロボの機械的な合図と同時にユアが地面を蹴り、一気に距離を詰めにかかった。瞬きする間もなく、尋常ならざる速度でギンジの目前まで迫る。


 ユアの右斜め上段斬りがギンジの首元へ襲い掛かるが、ギンジは紙一重で避けた。


 透かさずユアは二撃目に繋げるが、少し腰を落とした状態のギンジに剣を弾かれた。


 ギンジが完璧にユアの動きを見切っているようにも見えるが、ユアの狙いはギンジの重心を深く落とさせることだ。


 これでギンジは次の攻撃に対応するための選択肢は狭まる。


 ユアは次に繋げるはずだった動作を途中で止め、ギンジの横一直線の剣撃に合わすように自分の上体を反らせる。


「・・・・・・ッ!」


 その不十分な態勢のまま、手首だけでギンジの喉元に剣先を突き出す。


 速い。が、それは僅かにギンジに届かず、瞬時に攻撃の態勢へと切り替えたギンジの右斜めからの下段斬りがユアを襲う。


 しかし、ユアはそれを見事な体捌きで躱してみせた。


 直撃することなくギンジの剣撃は、ユアの纏められた赤髪の毛先を掠め、わずかに宙へと散らせただけにとどまる。


 ギンジがすかさず追い打ちにかかりろうとするが、ユアは力に抗わず、沿うようにして避けてギンジの間合いに入る。


「くっ」


 超近距離の戦いに特化したユアの戦闘スタイル。


 負けん気の強い彼女の攻めで圧倒する戦い方に、一体どれほどの学生たちが憧れ、目標としてきたことか。


 それを痛感させるほどの、息をつかすことのない怒涛の攻め。


 土壇場で格闘術に切り替えようとするギンジだが、ユアはそれを許そうとしない。


 剣を地に突き刺し、それを軸に間合いから離脱。そして、超加速。


 修練剣を軸に円運動させたユアの身体が速度を増し、勢いを殺すことなく回し蹴りを叩き込む。


「ぐっ・・・・・・ッ」


 蹴りが頭に直撃したかに見えたギンジは吹き飛ばされて体勢を崩すが、直撃の瞬間に腕で守れたようで決定的なダメージには至らない。


 ユアが宙へ跳びあがり、後ろへ後退すると同時に。


 折れた剣身がヒュンヒュンと唸るように風切り音をあげながら回転し、弧を描きながらやがて地に突き刺さる。


 折れたのはギンジの修練剣だ。


「勝負ありね」


 少しずつ、観客席がざわつき始める。


 だが、この決闘の一本目。勝者はユアではない。


「けっ、自分の修練剣をよく見てみろよ」


 ギンジは自分の頭を抑えながらも、笑みを浮かべていた。

 勝ち誇った顔のユアは、自分の修練剣を見るや否や、驚きに満ちた表情に変わる。


「う、嘘・・・・・・」


 亀裂の入ったユアの修練剣は、ミシミシと音を上げ、やがて根元から崩れ落ちた。


「ビーーーーーッ! 戦闘続行不可ニヨリ、勝者ナシ! ヨッテ、引キ分ケトミナシマス」


 ユアは地面に砕け散った修練剣の剣身の残骸を眺めて、何かを納得したかのような顔つきになる。


「・・・・・・魔剣術ね」

「使っちゃいけねぇルールなんてもんは、ねぇからな」


 そうだ、決闘では魔剣術を使用することは当たり前。


 では、なぜ二人は一本目の戦いで最初から魔剣術を使用しなかったのかという話になってくる。それは、互いのプライドの高さからくるものに違いない。


 魔剣術を先に使った者は、単純な剣術では相手との力量に差があることを認めることになる。


 先に魔剣術を使わせて、相手の戦い方を探るのも悪いことではない。これは極めて実戦で有用性の高い方法だ。


 だが、それだけではない。決闘では、魔剣術を先に使った者は自ら格下と認めたようなものだ。


 つまり、魔剣術を使ってでも今の勝負を引き分けに持ち越したかった。


 あのギンジが。プライドを捨ててまで。


「あいつにとっては、相当苦しい展開ね」


 エリーナの言う通り、魔剣術を使ってこの一本を取れなかったのはギンジにとって相当厳しい。だが、そんなことは関係ない。


 目の前に相手がいる以上、そんなことは関係ないんだ。


 たとえ相手が、自分よりも遥かに強者だとしても。


「まっ、いくら引き分けに持ち越したとはいえ、ユアが負けるなんてことは流石に考えられないけどね」


「それはどうだろうな」

「・・・・・・え?」


 エリーナが俺の顔を凝視してくる。俺がこんなことを口にするなんて、意外だっただろうか。


「勝負事において、絶対なんてものは存在しない」


 何にしても、次の一本が勝敗を大きく左右することは間違いない。

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