第25話 絡み合う思惑

 翌日、ロビーに集合したプレイヤーたちは自分たちが八人になったことを知る。

 会長がプレイヤーCが死んだことを告げた。

 快哉を叫ぶ者はいなかったが、女性たち、とくにプレイヤーFは安堵の表情を浮かべる。

 昨日しつこく島田に浴びせていた言葉から判断すると、やはり品性が良くないことは明らかだった。

 直接対決ができるようになれば、どんな目に合わされるか分かったものではない。

 プレイヤーFは他の人の反応を見ようと周囲を見回す。

 四宮が坂巻に熱い視線を送っていた。

 どうもエレベーターホールへ向かおうとしている途中でキツネに襲われた際に、坂巻に助けてもらったらしい。

 これを機会に一時的なパートナーの地位を獲得しようとしていた。

 確かに四宮は魅力的な容姿をしている。

 こんな場所にいるのが不似合いな存在だった。

 そろそろ、おそらくは次ぐらいにはペアで組んでのゲームがあることを予想し、坂巻を狙っていたFにしていれば先を越された形になる。

 見た目があまりパッとしない篠崎には負けない自信があったが、四宮に先んじられたのは不本意だった。

 そんなことを考えていると、会長が今後のスケジュールを発表する。

「プレイヤーCと同様に負傷したプレイヤーMの経過観察をするために、今後三日間は自由時間とする。期間が空くので、もう少し行動できる範囲を広げるつもりだ。準備が終われば知らせるので、それまではこの場所に留まるように。プレイヤーMには医務室に来てもらおう」

 スタッフに指示し島田プレイヤーMを連れて去っていった。

 その後ろに控える島田は顔色が真っ青になっている。

 誠実そうな外見と良く回る舌で世渡りしてきたが、島田は押し出しの良さに反して実は精神面はあまり強くなかった。

 狂犬病に罹患した動物に傷つけれたという時点でビクビクしている。

 そして、ウイルスに暴露後の摂取に必要なワクチン回数に足りない二回分しか与えられないこと、Cに散々からかわれたことで心が弱っていた。

 それに追い打ちをかけるCの死亡である。

 狂犬病ウイルスが中枢神経に移動してしまうと狂犬病を発症する。

 Cは顔に傷をつけられたことでウイルスの移動距離が短かった。

 そのため、症状が劇的に進行したのだが、島田はそのことを知らない。

 俗に病は気からとも言う。

 塞ぎこんでしまった島田の免疫機能は低下することになった。


 スタッフと島田を引き連れて会長が去った後のロビーでは微妙な空気が流れている。

 四宮とプレイヤーFが坂巻の気を引こうと静かな火花を散らしていた。

 クロスワードパズルを引っ張り出して解こうとしている坂巻が顔をあげる。

 チラと飲み物をサービスするワゴンに視線を向けた。

 近くに陣取っていたFがさっと立ち上がり、ポットから珈琲をカップに注ぐと坂巻に声をかける。

「Jさんも珈琲召し上がりますか? 遠慮なさらないでください。立ってる者は親でも使えっていうでしょ」

 トレイにソーサーと珈琲の入ったカップ、スティックシュガーとポーションを載せて運んできた。

 坂巻の横の珈琲テーブルにソーサーを置きカップを乗せる。

「確かブラックでしたわよね?」

「そうだ。ありがとう」

「いえ。ついででしたから、お気になさらないで」

 Fはごく自然な笑みを浮かべた。

 坂巻のような男は押しつけがましさを嫌う。

 あくまで自分が飲むついでという形を取った。

 美人局や結婚詐欺で何人もの男を手玉に取ってきた垣屋ひろみプレイヤーFからするとこれぐらいのことは朝飯前だ。

 その様子を見ていた四宮は密かに対抗心を燃やす。

 何よ、このおばさん。私の方が若いんだから。四宮は心の中で毒づいた。

 実のところは二歳しか変わらない。

 そんな戦いをよそに、篠崎は大鷲に話しかけていた。

「色々とご存じで凄いですね」

 昨日、狂犬病にかかると強い臭いを嫌うから自分は大丈夫だと自信満々に言い切った大鷲に対し篠崎は少しばかり心が動いている。

 あまり自分に自信がなく流されやすい性格であることから、それと真逆な存在に憧れていた下地があった。

 一方で、大鷲も昨夜はユニットバスに湯を張って長く浸かり、何度も体を洗い、水を大量に飲んで体を動かすなどをしてニンニクの臭いを相当量減らしている。

 昨夜、自分に向けられた篠崎の尊敬の念は大鷲の自尊心をくすぐっていた。

 また、決して美人というタイプではないが、ほわほわとして可愛らしい雰囲気の篠崎は、大鷲の女性嫌悪の感情を刺激しにくいタイプである。

 人懐こい犬のような顔でおっとりと話しかけてくる篠崎と話をするのは割と楽しかった。

 素朴な感じで大鷲の発言に素直に感心しているのだということがなんとなく伝わっている。

「Mさんは大丈夫なのでしょうか?」

 本来、ライバル関係にあるMのことを心配をしてやっている篠崎が可愛らしく思え始めていた。

 昨日Cに問われたときとはうって変わった態度で、狂犬病についてかみ砕いて説明をしてやる。

 そして、一人だけ除け者にされたような形の勝俣はいじけていた。

 ただ、僅かに慰めがある。

 自分よりは格段に顔が良いプレイヤーKも女性に相手にされていなかった。

 城井恭祐プレイヤーKはホストクラブに勤めている。

 自分の見かけに入れあげた女に売掛で高い酒を開けさせていたが、カモにしていた客が二人同時に雲隠れするという事故が起きた。

 債務を抱えているのは女性客であったが、店は当然のように城井の不手際だとして弁済を求める。

 自分に入れ込んだ客を風俗に沈めるなどして荒稼ぎをしていたが、城井は金遣いも荒いので手元に現金が無かった。

 その売掛金の利子が膨らみ、返す当てがなくなった城井は、ホストクラブのオーナーの命令でこのゲームに参加している。

 女性なら手玉に取れると思っていたが、すっかり当てが外れていた。

 四宮は既に心の中に推しがおり、垣屋は城井の人となりを見抜いている。

 唯一転がせそうな篠崎は大鷲に気を取られていた。

 城井は心の中でぼやく。

 こんな冴えない大学生と同じ境遇とは俺も落ちぶれたものだぜ。

 しかし、ぼやいているだけではいられなくなった。

 その日の午後に会長が発表する。

「次は二人ずつ四組に分かれて競ってもらう」

 明日正午までに二人が組むことに合意が取れればペア成立、成立しなかったときはくじ引きで決まることになった。

 

 

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