『箱の中に閉じこめられた男』
小田舵木
『箱の中に閉じこめられた男』
「今日もやっていくかい?」
俺の手には白紙のチケットがあり。そいつを彼に渡そうとしている。
「ああ。今日もやっていくさ」俺は
「毎度」彼はその白紙をミシン目に従って切って。俺に返してくるのだが。
一体、コイツは何のチケットなんだろう?
毎度の事そう思う。だが、白紙に白紙以上の情報量があるわけでもなく。
答えは今日も出ない。
そして。モギリのおっさんの先の光に満たされた入口に俺は入っていく。
赤、青、緑、その三原色が飽和した白い光もまた情報量がない。
そして―
◆
今日もまたあの夢を見て。
どうしようもない徒労感に見舞われる。
目覚めは今日も重く。目覚めた事自体が罪深くさえ思える。
俺はこの『モギリの夢』を何回
そしてその度、向こうの世界は見えず終いで。
一体、俺は何を支払い、何を見ようとしていたのか?
それを考えると…もう一度寝たくなるが。
そんな事をしている場合でもなく。
仕方
何時ものルーティン。見慣れた光景は
何時までも続くかのように見える日常。それは退屈を呼び起こす。
あくびをして玄関を越え、俺は日常に埋没していく。
◆
「夢に意味を求めてどうする」
「
「夢を解釈したところで、君の浅はかさが
「それでも良いさ…元から大した中身じゃない」
「の割には
「…梨香もないのか?こういう経験?」
「私?ないなあ。あくまで夢は過去の再生、自分リミックス、って観点だから」
「記憶の定着の為の夢…実利的過ぎて」梨香はそういう女だ。ファンタジーを信じるクチではない。
「そういうモンだろう?人体とは」
「梨香の人生には遊びがねえ」なんて言い返すも。
「人生に遊んでる暇があるのかい?そりゃ君、自分が何時か死ぬって事が分かってない」
「そういう『遊び』じゃない。俺がいう『遊び』ってのは余裕ってやつさ」
「余裕は確かに必要かも知らん」
「だろ?」いい加減
「しかしだ。人類、寿命はせいぜい100年な訳で」
「話が循環してきやがった―」
「だな。ここは我々の意見の相違というヤツだな」
「まったくだ」
◆
彼は
私は彼の背中を見ながら考えて。
永遠に気が付かなければ良いとさえ思っていて。
繰り返される夢。私は彼を箱の中に閉じ込めた。
現実という箱から、私との永遠を過ごす『この箱』に。
それは欲望だったのだ。彼を閉じ込めて、永遠にしてしまいたい欲望。
残念ながら人は有限の命をもって産まれ。
いつかは消えゆく
そこに私は無常を見て。
あの時―彼は有限を終えようとした。16の頃のあの事故で。
それから私は彼を見守り続けた、10年
その間に技術が発展し―と言うか私が発明した―、彼の意識に介入出来るようになった。
彼はそこから出ることは叶わない。今の医療では。
ならば。心地よい過去の夢に閉じ込めて何が悪い?
これは私のエゴで。
そこには正しさなど存在しないけど。
◆
「
「んあ?」俺は反射するが―ああ、またあの夢だ。
「今日もやっていくかい?」彼は台本を読み上げるみたいに問う。手を見れば白紙のチケット。
「やっていきたいところだが」俺は
「おっ?兄ちゃん気になる?」
「なるさ」
「チケット買っといてかい?」
「そりゃそうだが」何時も俺の手にはコイツが握られていて。
「今日も何時ものヤツさ」彼はつまらなそうにそう言い。
「何時ものヤツ?」俺は何時も演目を見落としている気がするが。
「思い出せよ、
「…駄目だ。思い出せない」出てきやしないのだ。
「兄ちゃん、思い出せなさをよく考えるこった…今日はここまで。さ、行った行った」
「追い出すなよ」
「こっちだって何時までも余裕はないんだぜ?」彼はニヤリと笑い。
「あ、そう」大人しく俺は光に入っていく。
◆
「と、言う夢を見ましてね」彼はそう言い。
「毎度のアンサーを返してやろうか?」
「夢に意味を求めるな」流石に覚えているよなあ。
「そ、問うたところで意味は無いわけ」なんて繰り返しを私は愉しんでいるんだろう。じゃなきゃ、この箱に拘泥する理由がない。
「の割には続き物の夢っぽい感じがしてなあ」
「そういう感じも
「…そう言われるとそうかも知れんが」
「君はそういう夢を見る心当たりがあるのかい?」私は問うて。
「いや。全く」そういう彼に
「
「そうかねえ」と彼は
◆
「
「…っと!ただいま」なんて俺は言い。
「そ。おかえりなんだよなあ」
「つまり?」
「考えなよ、ここで俺が答えをやったって無駄なんだ」
「無駄、か?こんだけ何も分かってない俺
「無駄だね。こういうのは気付いてナンボなんだよ」
「俺はこの夢を
「ん。それは前提だよ。気付いたところで何でもない」
「というか」思いつきの一手。
「ん?言ってみ」
「これ―もしかして。こっちが現実…なんて事は無いよなあ?」
「お。良い観点かも分からんぞ」
「…完全な思いつきの
「人生思いついてナンボ…うん。君が思いついたついでにアドバイスだ」ニヤニヤしながら言うモギリのおっさん。「梨香の言うことを信じるな」
「はあ?」いきなり知人を疑ってかかれ、と言われても困る。
「お前は受け入れすぎている…今日はここまで。さ、くぐった」彼は顔で光を差し。
「とりあえず―行くっきゃ無いわけね?」
「そうだよ。お前に出来ることなんぞ限られてる」
◆
「…という夢を見た」がナシの現実は妙に薄っぺらい。
「君はさっきから私の体をジロジロ見てからに」機嫌
「…男の子ですもの」なんて言ってはみるが、これで
「今日は
「…そういう事にしといてくれ」俺は夢の中のモギリの男を信用することにしてみて。
「…嘘くさいなあ」彼女は妙に鋭くて。
「嘘じゃねーって、裸の梨香が出てきました」なんて言いたくも無い事を言って誤魔化した先には何がある?
「そいつは面白い。詳しく聞かせなよ?」かの女は好奇心の塊らしく。
「やだよ」言い出した俺がタジタジであり。
「君の夢は何時でも愉快じゃないか?」
「そうでもない」俺は否定をいれておく。
「…ふぅん?」彼女は意味
「寝ても寝ても、覚めても覚めても―何かが違う気がする」これは俺の実感だ。
「現実感の問題かな?」彼女は問い。
「…かも分からん。現実が夢のように思えて」
「しくじったかな」彼女は表情を変えてそう言って。
「しくじった?何を―」ここで俺の意識が途絶えて―
◆
プレイヤーにストップをかけた。
彼が私の箱の中で違和感を抱いたから。
今まで
…自力で?ここは怪しい部分ではあるが。
ゼロに近いと思いたい。
だが。その可能性を私は押しつぶして良いものか?
自力で意識を取り戻す可能性を。
いや…取り戻したところで…という点に私のエゴがあり。
永遠に箱に閉じ込めておきたい、という点に私の醜さは
◆
「アンタはよくやった…かも知れん」モギリの男は言うが。
「おい…アレは―」俺は知りたくて
「アレも現実っちゃ現実だ」なんて彼は答えになってない事を言い。
「それにしては―薄っぺらい気がしてきたぜ?」
「だな。シチュエーションが限られているとは思うぜ」
「そこに鍵があるのか?」
「あるね。そして―登場人物の少なさに目をむけろ」
「…なあ。モギリのおっさん」俺は問う。「お前は―一体誰なんだ?」
「…その答えをお前が見つけにゃ意味がねえっつう話。俺が教えてやってもいいが」
「…教えられると意味がない?」
「んだなあ。んな訳で今日はここまで」
「へいへい」
◆
夢から覚めるが。
俺は夢から覚めてないようなそんな気がしてきて。
しかし、頬をつねってみても、痛みが残り。
そこには微かな現実がある。何故だ。
モギリのおっさんの言うことを信じるのなら、ここは―
「現実では無いはずだが?」かく問うたところで答えはありはしない。
日常を疑うのは難しい。自分の周りを覆うモノを疑うのは難しい。
もし、俺の眼の前に「コイツは現実じゃないんだぜ?」っていう
例えば俺のような「気が付いた人間」だ。
この場合いかに振る舞うべきか?
とりあえずは―やり過ごす事かも知れず。
◆
「と、いう夢を見た」その台詞は俺のものだったはずなのだが。
「…と、いう夢は見なかった」と俺は返しておく。
「君が夢を見ないのは珍しい」
「
「いいやあ。私の観測の上では初の事だ」彼女は言う。
「観測って…人を実験対象みたいに」俺は反論し。
「ある意味そうかもよ?」彼女は俺の目を覗き込みながら言い。
「じゃ、俺の人生って何なんだよ?」問い返したさ。
「箱の中に閉じ込められた男…それが君だと言ったら?」
「今なら妙に納得できるかもな」
「まず、君は考えるべきだな」
「何を?」
「この私との会話、何時も朝なのは何でだろうね?」
「…この先に現実がないからか?」
「面白い事を言う…けど。そうかもよ?」
「そうって…」
「つまり君の人生はこの先が―」
ここで俺の意識は再びブラックアウトするが。
重要な
◆
「頭が痛え」俺はモギリの男にそう訴え。
「だろうね。したたか頭を打つのが君の運命だから」
「知ってて、送り出しやがったな?」
「うん。じゃないと…俺は気づかないものな?」いつの間にか。モギリの男の顔は俺になっており。
「やっとこ正体見せる気になったか?」
「まあね」
「で?お前は俺に『現実』から離れるよう仕向けてた訳だが?」俺は問い。
「しょうがないじゃん。ジャックされてた訳で」悪びれる事なく言う俺。
「誰にだよ?」
「気付いてんだろ?認めたくないだけさ」
「
「とは言え。この中の梨香はあくまでお前の頭の中の梨香だが」
「―の割には。妙な発言が多かった」
「そりゃ、お前の脳みそを握りしめてんのはアイツだからな?」彼はしたり顔で言うのだが。
「どの梨香だよ?」
「俺達の向こう…っていうか。この夢の先でだな」
「つまり。ココもまた箱の中か?」
「ザッツライ。俺達は夢の中…いや。俺という箱の中にしまわれてんだ」
「そんな事に気がつくお前は何者だよ?」俺は問わざるを得ず。
「あくまで俺だぜ?ま、体の方に居るって言ったほうが分かりやすいか?」
「俺は脳みそ担当かい?」
「んだね。だから
「そりゃタマ握られてるようなモノだしな」
「だが。俺は―お前が脳に閉じ込められてたお陰であの女から
「礼を言ってほしいな」
「言ったところでお前自身に言ってるようなもんだけど」
「それもそうだ」
「んで?俺はどうすべきか?」
「俺は―チケットを渡してやれるが」
「どうせ、貰ったところでロクなもんじゃない」
「そうだな。せいぜいリンボじみた世界にご案内
「それじゃあ?」
「梨香を説得してこいや。諦めてないで、俺をここから出せってな」
「…他人頼りなのが最高に俺っぽい」
◆
「よお」俺は
「やあ。元気だねえ、良いことだ」
「…今日は夢の話はしないぜ?」
「…君は何に気付いて、何に気づかない?」
「ここは夢であり。目覚めた先も夢…そういう事に気付いたぞ?俺の体が」
「君の体は自律神経のみで動いてるはずなんだけど?」彼女は
「そうは言っても体が死んだわけでもあるまいに」
「…君は
「脳の中に閉じこめられている…」
「その通りだが。それが全てじゃないかもね?」
「梨香…お前、俺の脳に何かしてるよな?」
「うん」あっさり認めるな。
「今すぐそれを止めろ」俺は言うが。
「それを止めた先…分かってて言ってるのかい?」
「リンボ。意識はあれど―何も自由が利かない状態」
「そこまで気付いてて…何で私を止めるんだい?」
「こんな無限に居たって、俺の気は晴れないからだ」
「言ってくれる。私が無駄をしてるって言いたいんだね?」
「そうだよ。俺にアクセス出来るなら―済まんが俺を引き出してやってくれないか?」ああ。頼むことしか出来ない俺の情けなさよ。
「…
「諦めちまったか」
「そう。限りのある時間を君と過ごす事に割きたかった」
「こうしてまでもか?」
「ああ。君に
「…知らずにモノを言ったのは済まん」
「良いんだよ」
「しかし―俺は」
「出たいんだろう?」
「…箱の中に居るってのは窮屈だ」
「箱の中の方が幸せかもしれない」
「意識を取り戻そうが―
「あまり楽な人生では無いだろう。取り戻せる感覚は限られてくる」
「それでもいい。梨香が30近いってのを見てみたい」
「…今すぐは無理かもだけど」
「いいよ。もう16の梨香は見飽きたんだ」
「老けて醜くなってるかも」
「それは俺も同じだろうが」
「違いない…分かった。君はしばらく―眠る事になる。それでいいかい?」
「頼んだぜ、梨香」
◆
「今日で最後だぜ」モギリの俺はそう言う。
「やってみるだけはやったさ」
「ま、悪くなかったさ。見世物としてな」
「そうかよ…まあ、世話になったな、俺」
「俺だから特別サービスさ…じゃ、後はコイツで楽しんでこいや」彼の手には色々な色が混じり合ったよく分からないチケットがあり。
「うわあ」と言いつつ受け取っちまう俺は。ほとほと人任せが過ぎる。
「さ、もう出ていけよ」モギリの俺は俺を追い出そうとする。
「妙に名残
「そりゃ10年も同じ
「違いない」と俺は彼にチケットを渡し。
「はいよ」と彼はミシン目に沿ってもぎる。
「じゃあな?」
「達者でやれや」
◆
人生という箱の中にはもう一つ箱がある。人はそれを夢と呼ぶ。
だが俺にとって10
俺はその箱が割と気に入っていたんだろう。なんせ10余年を過ごしたのだから。
しかし。何時までも箱に引きこもるほどの
体がそれを証明した。
俺は箱を出て―現実に戻って。
そのリンボっぷりに絶望した。
なんせ―入力もなければ出力もない、ただの闇だから。
だが。俺は待ち続ける。
アイツ任せなのは情けないが…今の俺に出来るのはこれくらいで。
◆
目が光を
視線の先には―10
「やあ。どんな夢を見ていた?」なんて問うて来るが。
脳が一瞬ガサついて。ノイズが混じった後に―
「お?」電子的に再現された俺の声が聞こえる。
「こっちもヒットか…ついてた」と彼女は元の位置に戻りながら言って。
「コイツは―でかい借りが出来たらしいな?」電子音で俺は問う。
「なんの。大した事はしてないさ」彼女は笑顔で言う。
「…長い長い夢を見ていた」
「知ってるよ」
「お前が仕込んだ箱だったものな?」
「君を失いたくなかったから」
「いやあ。窮屈だったぜ?」
「悪かったよ」
◆
人の中には箱がある。
それを現実と認識する限りは決して開かない箱が。
別にそれでもいいのかも知れない。
だが、しかし。
箱を箱であると認識したものは―開けずには居られないのかも知れない。
君の箱はどんな箱だい?
そしてそいつを開いて見たいと思わないかい?
◆
『箱の中に閉じこめられた男』 小田舵木 @odakajiki
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