第10話 再

 昼に乗った、次の街への馬車で、問題は起こった。


「手を挙げろ、そこの女から縛れ。傷はつけるなよ。高く売れる」


 昨日とは違い大人数が乗った乗合馬車で、大きな音と衝撃と共に馬車が止まったかと思うと武器を携えた大柄の男数人が上客全員に降りるように指示を出し始めた。


 最初に指名されたのはシーナである。確かに、最初に狙いたくなる気持ちは分かるが。


 シーナが此方に思案の視線を向けていることには気が付きながら、見ないふりをして、近くにいた男から順に足先を燃やす。その男は悲鳴を上げて足を抱えて蹲った。


 自分は未だ炎を用いた魔法しか用いることができない。捕縛など器用なことは出来なければ、精神操作やら隠蔽魔法やら何やらというのは色々できない。だからこそ、こういう場面で困るのだった。


 シーナの方へと近寄ると、彼女も駆け寄ってくる。


「この人たちは、シーナを狙った人?」

「いや、違う。場所も離れていたからな。同組織という可能性も薄いだろう」


 こうも簡単に襲われるなどというのはいかがなものなのだろうか。しかしまあ、襲い掛かってきた人を見ても魔法を使うような気配は見えない。


「お前ら! あいつだ、白髪の男だ、近寄るなよ、回り込め! 後の奴は適当に人質でも取ってろ!」


 指導者リーダー格らしき人物は想像以上に冷静だった。確かに、誰かを人質に取られたらこちらも動きにくい。魔法が使えなければ。


 殺してしまうと色々な人に恐怖を与えてしまいそうだったので、足先を燃やすことだけに留める。覚悟がありそうな指導者リーダーはおまけで右足全部を失うぐらいまで焼いておく。

 流石に生身のまま焼かれる事態に遭遇したことはなかったのか、彼ら全員が悲鳴を上げてめいめいに倒れた。


 幸い御者の方はまだ正気だったので、「このまま街の外で夜中になってしまうと危ない」という論を立てて街の方へと走って貰った。


 襲って来た野党たちを放っておくのも何なので、一応下半身全てを酷い火傷で覆っておく。指導者リーダーは右足全部灰になったけど、まあ、大丈夫だろう。この世の中には回復魔法という素敵な魔法もあるから。一般人だとどれだけ金を積んでも受けられないけど。


 足首から先がない彼らを森に捨てて、馬車に合流する。段々と現実に追いついて来たらしい御者の人に冷汗を流しながら対応されて、馬車の中に座っている人からも扱いづらいような空気感を醸し出されて、シーナと二人で目を見合わせて噴き出した。

 確かに、急に人の足を焼き払えるような魔法を気軽に使えるような人間が隣にいると言われても当惑するほかないだろう。


 ただ、シーナと一緒に楽しく話していたのが功を奏したのか、段々と他の乗客に話しかけられるようになった。「お兄さん偉く強いな!」だの「奥さん美人ねぇ」だの色々と言われたが、こうして何の気掛かりもなく会話ができるのは楽しかった。

 最終的には馬車全体で色々と盛り上がって話し込んでしまったが、予定よりも少し遅い程度の時間に街についてしまって、別れを惜しみながらもそれぞれ自分たちの目的地へと発った。


 そのまま、真っ直ぐにシーナの実家に向かった。彼女は、やはり近付くにつれて緊張して行く。


「シーナ」


 名前を呼ぶと、彼女は固そうな表情のままこちらを見て、優しく微笑んでから深呼吸をした。


「ああ、大丈夫だ。きっと」


 目的地には直ぐに付いた。貴族街にあるためにあまり分からないが、家の大きさは非常に大きい。一般市民の家の三倍程度だろうか?

 村などで暮らしている農民などのあばら家などとは比べるまでもない。


 シーナが、緊張した面持ちで扉を叩く。中から初老の男性の張りのある返事が返って来て、直ぐに扉は開いた。


「シーナ、様………?」

「ただいま、ゴードン爺」


 姿を現したのは、先程返事をした男性なのだろう、白髪の混じり始めたような黒髪をオールバックにした礼儀正しそうな男性だった。丁寧に着込んだ執事服が似合う。


 シーナの顔を見て大きく口を開けたまま魚のように数呼吸した彼は、そのまま弾かれるようにして家の奥へと消えて行った。シーナはその姿を見て、少し嬉しそうな、それでいて寂しそうな表情をしていた。


「今の人は?」

「家令をしている者だ。小さい頃からお世話になっているのでもう少し再会を喜んでくれると思ったのだが」

「そこは、ほら、使用人さんだから自分の主人が会いたいだろうことを優先したんじゃない?」

「そうだと良いな」

「そうだと良いね」


 数分もせずして、男性は戻って来た。後ろに二人を連れて。


 シーナの十五年後の姿そのままのような女性を、目元を更に優しくしたような女性が一人。そして、厳格そうな大柄の男性だ。


「とう、さま………」


 今度はシーナが言葉を失う場面だった。彼女がそう呼んだということは、彼女の父親がこの人なのだろう。言われて見れば目元が似ているような気がする。

 家族の感動の再会を邪魔する気にもなれなくて、三人が涙ながらに抱き合う所を眺めていた。自分の反対側では、そんな三人を見てゴードンさんが涙を頻りに手の甲で拭っていた。

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