第9話 寝
「………ルッツ」
夕食を終え、ベッドの上で二人横になろうとしているとき、不意にシーナが口を開いた。その声音が何となく強張っているような気がして、体を起こす。それに気が付いたシーナが苦笑して、それでもまだ元気なさげに、彼女もまたベッドの
「ルッツには、私は必要だろうか」
シーナの声には覇気がなかった。
「逆にシーナには、僕は必要?」
彼女の真意を測れなくて、つい質問に質問を返す。シーナは、少しの間無言を保った後、絞り出すように「………ああ」と答えた。
「私には、ルッツが必要だ。ルッツがいなければ、私は生きて行けない」
「僕はそれ以上にシーナが必要だよ」
重々しい話にしたくなくて言葉を返すも、シーナは少し顔をこちらに向けただけだった。
「私が、どれだけルッツを必要としているかを知らないからルッツは────」
段々と深みにはまって行きそうな声音のシーナの言葉を遮るために、彼女の背中へと手を回す。一瞬驚きで硬直した彼女は、そのままゆっくりと体の力を抜いた。
「シーナ。僕たちが出会ったのは、僕とシーナだけしかいなかった場所だよ。僕には君しかいなかったし、多分君にも僕しかいなかった」
シーナの柔らかい髪を撫でると、彼女は心地よさそうに微笑む。
「外に出て、また色々な人に出会うと思う。でも、それでシーナのことを忘れる訳じゃない。僕は、シーナがあの場所で一緒にいたから必要なんじゃなくて、あの場所でシーナのことを知って、だからこそ一緒にいたいと思ってる」
そう、自分が彼女を必要とするのは、彼女があの場所にいたからではない。彼女が、あの場所にいたから自分はこうしてシーナを必要としている。
割と直ぐ拗ねる彼女も、大事な場面で芯の強い彼女も、不安に囲まれて涙を流す彼女も、自分に縋って叫ぶ彼女も、自分が必要とするシーナだった。
「………なあ、私の想いも語って良いのか」
「悪いわけがないでしょ」
「………そうだな。ありがとう」
どうせ言葉にしたところで、そして例え言葉にしなかったとしても、自分たちには互いが必要で、どちらかからも逃げることは出来ない。逃げるという発想にすらならないものだが。
恋慕や愛だけでは説明の出来ないものが二人を繋いでいる。それは、例え二人いる場所が変わったとしても変わらないものだった。少なくとも、自分にとっては。
もしシーナに捨てられたらと思うと、そこで思考は停止する。その先はない。
「………私は、恋愛は分からない。でも、君のことは好きだ」
シーナの顔は少し赤かった。
「君の隣にいられるなら、それで良い。もし必要であれば、君に誰か違う恋人がいても良い。遠くから見守るだけでも良い。…………君の傍にいたい」
「熱烈だね」
「ふふふ、これでも抑えた方なのだがな」
彼女はそのまま小さく俯く。
「お手をどうぞ、シーナ様?」
「…………是非に」
手を差し出すと、シーナはその白い手でそれを握った。
翌日、今日は昼過ぎまで一旦宿で休むことにした。どうせ昼に出たところで、昨日と同じような時間に次の街には着くだろうから。次の街への距離は遠くはないと事前にシーナに説明を受けていた。
「街に着けば両親の屋敷に向かうことになるが、良いか」
「うん。良いと思う」
「…………もし、可能であれば、父の行方も探したいところだ」
「そうだね。ずっと気にしてたもんね」
「ああ。まだ生きていればいいが………」
下手な慰めの言葉は掛けたくなかった。それでも、彼女の父親の生存を願っていることは間違いなかった。
自分の父親には、どうしても失望を隠せはしないが、親としての最善の選択だと言われると何の反論も出来ない自分がいる。多数のために少数を犠牲にすることは時に何にもまして必要なことになる。
ただ、それでも最後に家族の情ぐらいは見せて欲しかった。謝罪の一つでも、この際励ましの言葉でも良かった。聞きたかったのは自分の値段交渉ではなかった。
だからこそ、シーナの父親に会ってみたい。金銭的に余裕があるからなのかは分からないが、シーナの話を聞く限りに落ち着いた、父親らしい父親という印象だった。
自分が愛されていなかったからこそ、シーナが父親に愛されている姿を見てみたかった。
「一ヶ月位だけど、色々と変わってないと良いね」
「まあ、変化は避けられないものだろう。実家が潰されているなどでなければ基本的には問題はないと思う」
「実家が潰されるなんてことが?」
「もし父親がまだ帰ってきていないのであれば可能性はあるな。何せ、行商に言っていたのは父だ。母に商才がないわけではないが、精力的に行動できるだけの活力があるかと言われたら微妙だ」
聞けば、税金を払う能力がないと見られたら直ぐに潰される可能性があるらしい。流石に一ヶ月の間で取り潰しになることはないと思うが、もしシーナの父親が死亡していた場合、彼女の母親は未亡人扱いとなってしまう。そうなってしまうと色々と厄介で、ごたごたしている内に何かが起こる可能性は無視できないのだという。
「少なくとも今日か明日には帰れるとはいえ、少し心配になるね」
「そうだな。でも、急がなくても良い。どうせ昼間を跨いで街と街を行き来する馬車はない」
二人でこうしてゆっくりとできる時間は貴重だった。彼女の寝癖を、跳ねた前髪を人差し指の指先で弄る。
シーナはくすぐったそうに笑った。
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