第4話 歩

 身体に異変があったのはそれから二週間後のことだった。昇って来た層を数えるのも面倒になりつつあったが、凡そ十五層程度だと思う。シーナのお陰で気分が沈んでいないのが唯一の救いか。


 そして体の異変についてだが。


「明らかに体重が軽くなっているな」

「そうだね。まあちゃんと体になるものを食べてないから仕方がないっていうのは分かるんだけどね」


 痩せて来たわけではないというのが不思議なところだ。筋力が落ちてきた訳でもない。どちらかというと力は付いて来た方だ。

 シーナに関しても、同じような変化が起こっている。体重が軽くなり、筋力、そして持久力が上がっているのだ。


 正直な所あまり不安はない。というより気にしていられない。移動が楽になったことを喜びたい程だ。何せ自分たちがいるのはまさに地獄。体重が軽くなりこそすれ重くなるようなことはないのだから何を責めろと言うのだろうか。


 あともう一つ異変がある。それは、自分の左腕が生えかけていることだ。これに関しても原因は良く分かっていないが、まあ、食生活が原因だろうとは思っている。


 魔石というのはそもそも魔素の塊であり、その本質は動力エネルギー。しかも魔法に使われるほどの汎用性に高い動力エネルギーであり、熱や光だけにとらわれない多種多様な出力方法を持つ。

 身体の筋力を肩代わりするというのも、その結果右手が回復するというのも理解はできる話なのだった。


 実際にそれが原因かどうかは分からないが、もしそうだったとしたら一つ大きな希望が発生する。それは、自分たちに魔法が使えるかもしれないことだ。

 魔法というのは体への魔素への親和性によって使えるかどうかが決まってくる。それは大体生まれながらにして変わってくるものだが、体の一部が魔素となり体重が減るほどに魔素への馴染みを見せているのであれば魔法が使えないということはないだろう。魔石だけを二週間も食べ続けるなどという贅沢なことができる人員は限られており、そう言った人物は基本的には食事に困るような資金力をしていない。つまり、今までに試した者がいない。いたとしても話が広まっていない。

 魔法が使えるようになれば、闘う手段が一つ与えられることとなる。一つとはいえ、強大な、そして汎用性の高い物が。魔法の使い方が何も分からない限りは戦闘手段として扱えるかどうか確かなことは言えないのだが。


 何にせよ、これまでの話は全て空想だ。シーナにすら話していない。彼女はもともと迷宮ダンジョンなどの人間的な生活に近寄らないで生きて来た筋金入りの箱入りだ。となれば、ここで下手な希望を抱かせたくはない。

 隠し事、と呼べるほどの重大なことでもないのだ。シーナが悲しむ姿はこれ以上見たくはない。


 早く、外に出たい。







 魔法が偶然使えるようになったのは、それから二日後のことだった。この二日間の間で一層上に上がった。


 魔法が使えるようになった切っ掛けは、いつかの日と同じように魔物に襲われたことだった。何を思ったかシーナに直線に駆けて行く魔物の姿を見た時に、脳が焼き切れるかのような感触と共に、自分は意識を失った。

 目を覚ましたのはそれから数十分後で、またシーナが泣いていた。申し訳ないことをした。


「ルッツ、無理はしないでくれ」

「分かってるよ。シーナを泣かせたくないしね」

「………本当に、頼む」


 彼女に話を聞いたところ、強烈な光と共に魔物が焼き消え、自分は意識を失って地面に倒れていたという。シーナはそのまま自分の事を引き摺って岩陰へと非難し、この数十分間泣き続けたのだという。

 本当に申し訳ない。


 ただ、魔法が使えるようになったというのは僥倖だった。この先シーナを守ることができるかもしれない一つの手段が身に着いたのだ。これがどれだけ役に立つかは分からないが、少なくとも一匹の魔物は退治できている。しかも、迷宮の深層の魔物を。毎度使うごとに意識を失うようでは使い物にならないが、少しでも攻撃できるようになれば今後の身の振り方が大きく変わってくる。

 何もできない、と目くらましができるのでは大きな違いだ。一と零はという話は良く聞くが、その通りだと思う。


 それからは時間を見つけては魔法の練習をした。シーナも興味深そうに魔法を練習している姿を見つめている。

 何も考えられないままに前に進むだけしかできなかった少し前とは大違いだ。見つかれば殺されるだけの存在だった自分たちが何かできるかもしれないと思うだけで気分が高揚した。


「楽しそうだな」

「そうだね。………シーナのためになるかと思うと、ね」

「ふふ、言うじゃないか」

「でしょ?」

「ああ」


 楽しかった。嬉しかった。久しぶりの感情だった。

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