Episode2 何故?幸運の新クラス



 僕は昇降口をくぐり南棟へ入った。

 二年生の教室は三階だった。

 ベージュで光沢のある階段を小気味よく登る。

 どうやら僕は少し上気しているようだ。

 視界に入っても普段何とも思わない物にすら喜びを覚えてしまう。

 例えば、この何年か前に建て替えられた校舎の新しさや、今日が始業式と学活だけで授業がないことに。

 二回踊り場を回って僕は教室に着いた。

 二年七組は階段のすぐ隣だった。

 少し息を呑んで教室の前のドアから入る。

 既に教室には十五人ほどの生徒が集まっていて二、三個のグループが輪になって喋っていた。

 僕は黒板に大きく張り出された座席表を確認し、自分の席を探す。

 浜田だからきっと廊下側五列目後半だろう。

 クラス替え十一回目の僕の勘は綺麗に当たった。

 窓側から数えて六列のうちの五列目の後ろから二番目だった。

 一応隣人の名も確認しておく。

 左隣は...その名を認識して思わず目を見開く。

 「辻風颯汰」

 今年はどこまで運がいいのだろう。

 僕は呆然としながら胸が喜びでむず痒くなるのを全身で味わっていた。

 喜びそのまま右隣も確認する。

 「美津島祐希」

 朝のあの人だ。

 別に面識があるわけでもなく勝手にこっちがマークしているだけだが、何か少し縁を感じた。

 とりあえず、仲良くなれそうだったら仲良くなってみようと思う。

 自分の席に移動して荷物を机の脇に掛け、椅子に座る。

 リュックから水筒を取り出して、おもむろに麦茶を飲んでいると、颯汰が入ってくるのが見えた。

 空いてる方の手で手を振ると、颯汰はいきなり僕のところへ来て水筒の下端をグイッと押し上げた。

 水筒から口を離せなくなるから中身の液体を飲み続けなければならなくなるアレだ。

 やれやれと観念しながら、やられ慣れた悪戯に落ち着いて対処する。

 首を捻って颯太の手を払い水筒をしまう。

 「はぁぁぁ」

 飲むつもりのなかった量を飲まされて苦しい息が漏れる。颯汰はニヤついている。

 「マジでそれやるやつおもんない」

 抗議と茶化しをブレンドしたトーンで言う。

 「ごめんて」

 「ほんとしょうもないわ。殴るぞ。」

 少しキメ顔で言う。

 「うわ、怖。やべー奴じゃん。マジで言ってる?」

 「うん。」

 颯汰が表情で「うわ、こいつヤバ」と伝えてくる。

 「いやいや、やるわけないやん。」

 僕は頬を緩ませた。

 「うん知ってた。」

 互いに笑う。

 このくだりを去年部活で出会ってからもう百回はやっているのではないかと思う。

 「まあ、今年もよろしくな。」

 「うん。」

 「あ、そういや、始業式館ばきいる?」

 颯汰が思い出したように言う。会話の糸が一度ふつりと切れてまた結ばれ直す。

 「いるんじゃね体育館でしょ多分。あれお前忘れた?」

 「え...忘れたわ。」

 「じゃー裸足だね。一生摺り足で歩いてろ。」

 「始業式で剣道しねぇよ。しかもすり足ってダサすぎだろ。」

 お互い中庸に笑う。

 その時チャイムと共に黒板の上のスピーカーがもぞもぞ喋り始めた。

 低い男の声が始業式を始めるから体育館に降りてきて欲しいと言う旨だった。

 僕たちはリュックの広大な空間からから体育館ばきを取り出して、廊下でそれとなく列を作ってから階段をコツコツ降りていった。


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星夜に手を取り合って 猟犬 @kazamasouta

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