第25話 ユリウスは諦めない

 こうしてシルヴィエは、ユリウスとの決別を終えた。

 ――はずだった。


「わーっ、兄様どうしたの?」

「どうだい、弟たち。しっかり勉強しているか?」

「してるよ、な。レオン」

「うん、してるっ」

「な、な、な、ユリウス……?」


 なんと翌日の朝、勉強部屋に向かうとそこにはユリウスが居たのだった。


「なにしに来た!」

「それはもちろん、君に会いに」

「なーっ、昨日のアレはなんだったんだ」


 それこそこの世の終わりのような顔でシルヴィエを見送ったというのに、ユリウスはケロリとした顔で目の前に現われた。


「一晩じっくりと考えたんだ」

「何をだ」

「俺達の逢瀬はあまりに性急だった。愛を伝えるには短すぎたと」

「だから……その……そんなものは成立しないと散々伝えたはずだが?」


 シルヴィエがイラつきながらユリウスを問い詰めると、ユリウスはにやっと笑って答えた。


「シルヴィエが正体を明かしてくれたから、こうやっていつでも会いに来られる」

「馬鹿もん! そんなつもりで明かしたんじゃない!」

「まあまあ……。いずれこの思いを分かってくれると信じてるよ」

「信じなくていい。子供たちの勉強の邪魔だ。出て行け!」

「うん。じゃあまた来る!」

「来んでいい!!」


 シルヴィエは小さな体を振り回し、蹴飛ばすようにしてユリウスを勉強部屋から追い出した。


「……はあ、まったく。クソ! なんなんだ!」

「先生……?」


 頭を抱えてわめくシルヴィエをルーカスとレオンは不思議そうな顔をして見ている。


「……なんでもない。では授業を始める。えーと、この計算問題を解いて」

「はい」

「はーい」


 シルヴィエは子供達に問題の紙を渡して、部屋の隅にあるカウチに腰かけ、ため息をついた。


「はぁ、こうなるとは」


 その横でじっとやり取りを見守っていたカイは、気の毒そうな苦笑いを浮かべていた。


「とんだ誤算だな」

「……カイ。どうにかしてくれ」

「うーん、人の気持ちを操るなんて俺には出来ないからな……」

「なぜ道理がわからんのだ」

「それだけで人は動かんからなぁ」

「せめてユリウスが来たら追い払ってくれ」

「……説得はしてみる」


 シルヴィエの頼みに、カイは心許ない返事をした。

 それもそうだ。ユリウスは王子だし、ここは王族の居室だし、弟たちの様子を見に来てはいけないなんて道理はない。


「……ま、とにかく例の奇行はこれでもうしないだろうし、王も安心するだろう」

「まあ、それはな……そうなんだけどな……」


 シルヴィエは、釈然としない思いを抱いた。当初の目的は達成したが余計にややこしいことになった気がする。


「先生! できました!」

「できましたー」

「はいはい、じゃあ答え合わせをするよ」


 問題を解いた二人の声に、シルヴィエはとりあえず授業に集中しようと、ぱんぱんと頬を叩いた。


「それじゃあ授業は終わり!」

「やった! クーロおいで」

『はい、おうじさまー』

「適当なところで切り上げて帰ってくるんだよ」


 なんとか授業を終わらせると、王子たちはかけっこを始めた。

 その様子を見守りながら、シルヴィエはぐるぐると思考を巡らせていた。


「はぁ……のんびり完璧な封印紋を考える訳にはいかなくなったかもな。早く元の体に戻らないと、ユリウスの目は覚めないだろう」

「何か当てはあるのか?」

「今考えてるのは封印の魔法陣の重ねがけだ。ただ……その為には私と同じ位の魔力を持つ人間が必要だ」

「それって……」

「一番近いのはカレンだ。ただ……封印紋自体が不完全なものだから、またどんな影響が出るか分からない」


 シルヴィエは力なく首を振った。


「最悪死ぬだろう。そんな賭けに彼女を巻き込めない」

「もっといい方法があればな……」

「ああ。今は封印紋の改良を試みている……が、時間がかかりそうなんだ」


 自分の死んだ後に魔王が復活することも、自分の代わりに誰かが犠牲になることもシルヴィエは許したくなかった。

 だから時間をかけて封印紋を改良しようと思って居たのだ。

 古代の言葉で書かれた魔法陣の一つ一つを解き明かし、その綻びを探し新たに書き換える。それを残りの一生をかけて成し遂げようと思ったのに。


「思考の方向性を変える必要があるかな……なにか……なにか……」


 シルヴィエがぶつぶつと呟いているのを見て、カイがそのおでこを指で弾いた。


「てっ!」

「眉間の皺がついちゃうぞ」

「うるさいっ」

「……肩の力抜きなよ。シルヴィエの悪い癖だ」


 カイの指摘ももっともだ。シルヴィエはすーはーと深呼吸をして落ち着きを取り戻した。


「すまん」

「よし。……ユリウス王子のことは俺にまかせとけ」

「本当か」

「ああ」

「……頼む」


 カイが手助けをする姿勢を見せたことで、シルヴィエの心が少し軽くなった。


「じゃあ、また明日な」

「うん。クーロ! 帰るぞ!」

『はい、あるじー』


 シルヴィエはクーロを呼び寄せると、そのまま家に帰っていった。

 その後ろ姿を見送りながら、カイがボリボリと頭を掻いた。


「……と言ったモノの……どうすっかなぁ」


 そうぼやきながら虚空を仰いだカイの脳裏に、ある人物が思い浮かんだ。


「あ! そうだ。彼ならきっと協力してくれる!」

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大賢者は二度死ぬ~幼女になってしまったシルヴィエの不本意な日々。なぜか勇者と王子達に囲まれています~ 高井うしお @usiotakai

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