第22話 名探偵シルヴィエ その二っ!
「そもそもなんでユリウスは急に貴族の家を訪ねて回るようなことをし始めたんだ?」
「うむ……」
「もうちょっと調べてみるか……」
「当てはあるのか?」
シルヴィエがそう聞くと、カイはこくりと頷いた。
「側近のパーシヴァルという男がいる。一応顔見知りだ」
「そいつに話を聞くと」
「ああ。ただし王子への忠誠心の高いやつだ。簡単には口を割らないだろうな」
「それなら良い物がある」
「……え?」
「これだ」
そう言ってシルヴィエがポケットから取りだしたのは茶色い小瓶だった。
「自白剤だ」
「それって……拷問官とかが使うやつじゃないか!」
カイはぎょっとした顔でシルヴィエをまじまじと見つめた。
「そうだね」
「なんでそんなもの持ってるんだよ!」
「元々、私が開発したものだし。今日の厨房の奴らにも……」
「もしかしてあのパイ!」
「そう。ほんの少しだったがしっかり効いていたな」
しれっとシルヴィエがそう言うと、カイは力が抜けたようにしゃがみ込んだ。
「はー……」
「とにかく、これをどうにかしてパーシヴァルという奴に飲ませれば真相がきっと分かる」
「うーん、一服盛るのは気が進まないが仕方ないか……。ちょうど今度、酒でも飲もうと約束していたところだ」
「うむ。そこは頼んだぞ、カイ」
シルヴィエに背中をぱしぱし叩かれたカイは、パーシヴァルとの約束と取り付ける為に王宮の中に入っていく。
そしてしばらくして、シルヴィエの館まで報告しに戻って来た。
「シルヴィエ、さっそく今夜、俺の館で一緒に飲む事になった」
「よくやった。では私も行こう」
「シルヴィエも来るのか?」
「ああ。隣の部屋で聞いてる。お前が下手こいたらフォローしてやる為にな」
「……まあ、いいけど」
こうしてシルヴィエとカイはいそいそとカイの館へと向かった。
「この応接間の続き部屋で待っててくれ」
「ああ」
部屋に案内されたシルヴィエは、ちょこんと椅子に座り応接間の方向を見つめた。
「やはり遮音の結界が張ってあるのだな」
貴族や大商人の家の応接間などにはこのような結界がよく張ってあるものだ。
カイの館も元は大貴族の住んでいた館。そういった仕掛けは容易に予想できた。
「用意しておいて良かった」
そうしてシルヴィエが取りだしたのは巻き貝の貝殻。
それはただの貝殻ではない。遠くの音や遮音結界の中の音を聞き出せる魔道具だ。
もちろん製作はシルヴィエ自身。
「初めて役に立った……うふふふ」
シルヴィエは本来の目的を忘れて思わずニヤニヤしてしまう。
わくわくしながら貝を耳に当てると、隣の部屋の声が聞こえてきた。
「いやぁ、勇者様にお招き戴けるなんて光栄です」
低く、よく通る声が聞こえる。この声の主が側近のパーシヴァルか、とシルヴィエは思った。
「勇者様などと呼ばれるのはこそばゆいので、どうかカイと呼んでください」
「では私のこともパーシヴァルとお呼びください」
「ああ、せっかくです。堅苦しいのはやめましょう」
そしてトットット……と酒を注ぐ音がする。
「では乾杯、パーシヴァル殿」
「乾杯、カイ殿」
どうやら酒宴が始まったようだ。
「一度パーシヴァル殿とは話して見たかった」
「どうしてです?」
「この王城一の剣の使い手だと聞きまして」
「それは大袈裟ですよ。神剣の使い手にそう言われますと照れてしまいます」
「いやいや、俺は神剣に選ばれただけで、剣の腕は田舎でちょっと腕が立つくらいです。王子の護衛を務めるほどにはとてもとても」
カイは無事にパーシヴァルに一服盛ることが出来たのだろうか。
シルヴィエは椅子から降り、続きの間のドアの前で魔道具の貝殻を構えた。
「うーん……他愛のない話ばかりだな……」
カイとパーシヴァルの会話は当たり障りのない世間話ばかりだ。
しばらくそれが続いたが、シルヴィエはじっと辛抱強く待った。
「……そういえば。ユリウス王子の話を聞いたんですよ」
その時、カイがおもむろに話を切り出した。
ドアの向こうのシルヴィエはおっ、と身を乗り出して聞き耳を立てる。
「あ、あー……カイ殿の耳にも届いていますか……」
「ええ、ユリウス王子が人妻や愛人に手を出して回っているとか?」
「それは……いえ、ユリウス王子は清廉で潔白な人間です。ですから……」
「本当のところはどうなんです」
「あのー……、あ……」
パーシヴァルの口調が何やら怪しくなってきた。
シルヴィエはこれは薬が効いてきたな、と思いながら貝殻に耳を寄せた。
「王子は……真面目な人なんです……本当に……昔からそうです」
「では、なんでこんな噂が立ったのでしょう」
「そ、それは……う……」
話が核心に迫ってきた。それと同時にパーシヴァルの口が重たくなる。
薬の効果があるとはいえ、抵抗があるのだろう。
「……あの人は真っ直ぐなのです。だから……どこの誰とも分からない女に一目惚れして、それはもう一筋に」
「ちょっと待ってくれ……話が見えない」
「だから……リリーとかいう女性に王子は恋をしてるんです。でもその女性には娘がいるようで」
「む、娘……?」
カイの素っ頓狂な声が聞こえた。
そしてシルヴィエも突然出てきた娘なんて言葉に驚いていた。
「娘がいるなんて話……したことないぞ。っていうか居ないし」
そう呟くシルヴィエのことなど知らず、ドアの向こうでは会話が続いていた。
「王子がそっくりな女の子を見たというのです。だからきっと娘じゃないかと。ということはリリーは誰かの人妻か愛人、ってことではないかと」
「それであちこち訪ねて回っているのか」
「私は何度も止めたんですよ……でも、もう一度会いたいと……それは必死に言うものですから」
「……そうですか。あ、良ければもう一杯」
「ああ……すみません」
そんな会話を聞きながら、シルヴィエは愕然としていた。
それでは自分がユリウスの前から姿を消したのが原因ということではないか、と。
「よりにもよって人妻だと思い込むなんて……そんな探し方するなんて……」
不名誉を負ってでも自分に会おうとしているユリウスをシルヴィエはどう止めたらいいのだろうと頭を抱えた。
「ユリウス……」
シルヴィエが願ったのはユリウスの幸せだ。こんな結果を生みたかった訳では無い。
「……」
シルヴィエは厳しい顔つきで、ドアの向こうに視線をやった。
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