第21話 名探偵シルヴィエ

 その次の日、授業を終えると、シルヴィエはカイを外に待たせていったん家に戻った。


「待たせた」

「ああ、シルヴィエ……シルヴィエ?」


 そこに居たのは黒髪に青い瞳の女の子だった。しかしよくよく見れば顔立ちはシルヴィエそのものだ。


「それって……」

「これはごく簡単な隠蔽魔法だ」

「それって御法度の魔法じゃないか!!」


 そう、あまり魔法には明るくないカイでも知っているくらい、隠蔽魔法は国の法律で禁じられているものだった。脛に傷持つならず者でも無い限りそんな魔法を堂々と使う者はいない。


「もちろん分かってる。けどこれは王命だ。多少はお目こぼし戴けるだろう」

「はぁ……マジかよ……」


 シルヴィエがこうまでして姿を変えたのは理由は二つ。

 一つは城にシルヴィエだと気付かれずに城に潜入する為。

 もう一つは、一度ユリウスに姿を見られてしまっているからだ。


「さ、行こう」

「ど、どこに?」

「カイ、あんたなら城の中のどこにだって入り込めるさ」


 そう言ってシルヴィエが手を叩くと、エリンが大きな木箱と籠を持って現われた。


「さ、コレを持っていって下さい」

「……りんご?」

「これはカイの故郷の特産のりんご、ってことにして厨房に入り込む。私はカイの姪っ子ってことでよろしく」

「よろしくって……! あ、待って」


 もう一つの籠の方を持ってスタスタと進むシルヴィエの後を、カイは慌てて追いかけた。


「厨房に行ってどうする?」

「使用人たちの話を聞く。得てして彼らはよくよく主人たちのことを見ているものさ」

「なるほど……」


 そうこう言いながら歩いているうちに、カイとシルヴィエは王宮の厨房にたどり着いた。


「もしもーし!」


 ここまで来たら、と腹をくくったカイは勢い良く厨房のドアを叩いた。


「はいはい……あっ、え……勇者様!?」


 出てきた下働きの恰幅のよい中年女性が腰を抜かしそうにしている。


「あ、はい。カイです」

「どうしてこんな所に……?」

「いつも美味しい料理を作ってくれる皆さんに、お礼に差し入れをと思いまして」

「まああ……」


 彼女は頬を赤らめながら、口元に手をやった。

 そう、カイは礼儀正しくさえしていれば男前なのだ。加えて救国の英雄という肩書き付き。

 シルヴィエはいつもそうしていてればいいのにと内心思った。


「みんなー! 勇者様が私達に差し入れだってよーっ」


 女性の声に、続々と厨房の人間達が集まってくる。


「おお、これはいいりんごだ」


 コックと思われる男性が、カイから箱を受け取った。いいりんごには違いない。エリンが市場で最高級のものをあるだけ買ってきたのだから。

 カイは嘘を吐くことに胸を痛めながら、シルヴィエに言われたとおりに台詞を吐く。


「故郷の特産なんです。とても食べきれないほど届いたので、せっかくなら皆さんにと」

「それは……なんとも恐縮です。ありがとうございます」


 コックが照れたように微笑んだ時、甲高い声が響いた。


「それだけじゃないのよ!」

「……おや、お嬢ちゃんは?」

「あっ、彼女は……えと、この子は……俺の姪っ子で……」

「クロエっていいます。みなさんこんにちは!」


 ハキハキとクロエ――ことシルヴィエは満面の笑顔でスカートの裾をつまみ、ぺこりと頭を下げた。


「おやおや、礼儀正しい子だね」

「行儀見習いに来させてまして」

「これもどうぞ! わたしが作ったんです。おりょうりの練習に」

「りんごのパイか。小さいのに良く出来たねぇ」

「えへへへ……」


 だがそれはシルヴィエが作った訳ではない。エリンが作ったものだ。

 そしてそれを褒められて可愛らしく照れて見せるシルヴィエ。

 その姿を見て、思わずカイの口の端はヒクヒクと引き攣りそうになる。


「じゃあ、仕事も一段落したしお茶休憩にしよう。おーいお前達、りんご剥いてくれ」

「はい!」

「お嬢ちゃんのパイもいただこうね」

「うんっ」


 こうしてまんまとシルヴィエとカイは厨房の中に入り込んだ。


「勇者様がた、お茶をどうぞ」

「ありがとう」

「ありがとー」


 シルヴィエは飽くまで邪気のない子供のふりをし続ける。


「うん、しっかり焼けてる。美味しいよ、このパイ」

「ほんとう? うれしい」


 ありがたいお褒めの言葉にしっかりとはにかんでみせ、シルヴィエは目をしばたたいた。


「ところであのう……」

「どうしたんだい、お嬢ちゃん」

「おうじさまは居ないの?」

「こらっ……! すみません、この子はずっと一度王子様に会ってみたいと言っていて……。いいか、お作法をキチンと学ばないと王子様には会えないぞ」

「そうなの……」


 シルヴィエはあからさまにしゅんとして見せた。


「ははは、残念だったなぁ。お嬢ちゃん」

「俺が一度パーティで会った王子の話をしたらこの始末で」

「ということはユリウス王子のことかい?」

「ああ。でも……今、微妙でしょう。俺としてはあんまり会わせたくないっていうか」


 カイが大袈裟に嘆く振りをすると、コックのおじさんはしーっと口に指を当てた。


「それは例の噂かね。あんまり子供の前で言うもんじゃない」

「でも……」

「それにあんなのは嘘っぱちの噂だよ」

「そうなんですか?」


 カイがそう聞き返すと、彼はどこか得意気に話し出した。


「ああ、俺は王子の従僕たちとも懇意だからよ。確かに急にこの頃色んな貴族の家に行って奥さんに会ったりしてるみたいだけどさ。それだけだってよ」

「はぁ」

「お貴族様なんてのは暇なもんだから、噂が一人歩きしちまってるのさ」

「へー……。そっか」

「あの人は真面目な方だ。きっといい王様になる。あんまり悪くいっちゃいけないよ」


 コックのおじさんはカイを諭すようにそう言い、カイも深く頷いた。


「そうだな。すまなかった。……休憩中にすまなかった。そろそろお暇するよ。行くぞ、クロエ」

「えー、もう?」

「皆さんはお仕事があるんだ。じゃあお邪魔した。また来るよ!」

「へえ、お待ちしてます」


 厨房の皆の視線を一身に浴びながら、カイとシルヴィエはそこを後にした。




「ぶーっ!」


 厨房から離れ、廊下を歩いていると、カイがついに堪えきれずに噴き出した。


「なんだ」

「だって、だって……シルヴィエ……ぶりっこしすぎ……」

「演技だ演技! 大したものだったろう」

「ああ。でもおかげで噴き出すのを堪えるのが……」


 カイは顔を真っ赤にして震えている。我慢した分、笑いが止まらないみたいだ。


「そんなに笑うことないだろう! ……でもとりあえず噂の真相は分かったな」

「そうだな」

「立ってしまった噂は仕方ない。貴族どもが飽きるのをまつまでだ。さて……これからどうするか、だが……」


 シルヴィエとカイはお互い顔を見合わせて、難しい顔をした。

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