第12話 いまのはなし1【寿人④】

 

 『カオヤマ空港』から事務所のあるゼンビに向かうための列車を見つける。その電車に無事に乗りこめた俺は、窓際の席に座っていた。


(……思ってたより、随分早くここに戻って来られたな)


 ポツポツと空席も目立つ列車の中。窓から見えるたいして懐かしくもない景色が、ビュンビュンと過ぎていく。その光景を、俺は気分良く眺めていた。



 ******



 『医療都市アレクリン』から飛びたった飛行船たち。それらはすべて、国内随一の規模を誇る『カオヤマ空港』に着陸する。


 空港に着いた瞬間、威圧的な甲高い電子音が鳴る。警備ロボットのお出迎えだ。


「ビビッ! ジョウゴヒサトサマ! コチラ! ダイサンケンサシツヘオコシクダサイ!」


「はい、はい」


 「ヒサト」のアクセントを少し可笑しく思いながらも、俺は素直にロボットの誘導に従った。


 その後、俺は半日のあいだ拘束されてしまった。『医療都市アレクリン』に入るときよりも、仰々しい検査を受けさせられたのだ。



 ******



「マモナク、キシラク〜。キシラク〜。ミギガワノ〜トビラガヒラキマス。オオリノカタハ〜、アシモトニオキオツケクダサイ」


 電車内にアナウンスが響き渡る。事務所の最寄駅にたどり着くことを教えてくれる合図だ。


「よいしょ」


 手を真上に突き出し、背を伸ばす。体のコリをほぐし、降りる準備をする。準備といったものの、ほとんど荷物は持っていない。というか、『アレクリン』から何かを持ち出すためには、特別な許可がいるらしい。


 空港で買ったよく知らないゆるキャラのクッキーを持った俺は、すぐに降りる準備を終えた。


 すっかり暗くなってしまった。事務所の前にたどり着いた俺は、ドアノブに手をかける。ドアを開けると、親父さんが難しい顔で仁王立ちをしていた。いろいろと言いたいことがあるのだろう。


「——おかえり」


 それでも、親父さんが放った言葉は、その一言だけだった。


「ただいまです、親父さん」


 俺も短い言葉で返事をする。


「今日は疲れたろ。明日、ゆっくり話そうや」


 そう言って、親父さんは振り向いて事務所の奥へ歩いていく。


「……はい」


 小さく頷いて、俺も奥へ歩いていく。


 階段を上がってすぐ目の前の部屋。ドアを開き、部屋の中に入ると、見覚えのある光景だ。


 あの日のまま変わらない、俺の部屋。


 壁に貼られたポスターや、隙間が目立つ本棚。部屋の隅に置かれている筋トレ道具。机の上にあるのは、小さい頃の俺と母さんの写真。


 軽く積もった埃を払って、椅子に座って一息つく。


 感慨に浸ってみたものの、この部屋を離れていたのは、1ヶ月間だけである。そのことを思い出して、小さく吹き出してしまう。


「……さて」


 荷物は置き終わった。ささっと、風呂に入って今日は寝よう。


 なんとなく感じていた負い目は、親父さんの顔を見た途端、薄くなっていた。



 ******



 翌朝のこと。俺と親父さんは朝食を食べながら、ダイニングで会話を交わしていた。


「島はどうだった?」


「快適でしたよ。食べ物も美味しかったし」


 親父さんの問いに、目玉焼きを乗せたトーストを頬張りながら答える。


「ふっ、お前はそればっかりだな。変わってないようで安心したぜ」


 柔らかく笑う親父さんの表情。それに、俺もつられて笑う。


「……それに、いろいろと整理できたと思います。あの日の気持ちとか、考えていたこととか。今までなんとなく、夢だったから、目標だったからで、やってきた部分が理解できて、自分なりの答えをだせたような……」


「そうか……。たしかに、前よりもすっきりとした顔をしてるような気もすんな」


「そうですか? ……だとしたら、嬉しいです」


 親父さんの言葉に、自然と心が弾む。


「よっしゃ!! じゃあ久しぶりに、『岩壁亭』にでも行くか!」


「すみません。親父さん。自分も久しぶりに登りたい気持ちは山々なんですけど」


「ん?」


「先約があって」


 そう言って、俺は自室に放置していた携帯電話の液晶を見せる。


「そんならしょうがねえな」


 親父さんは画面に映る文字を見て、納得したように笑う。


「いい人たちじゃねえか。ちゃんと、元気だってとこを見せてきな」


「はい! 行ってきます!!」


島に向かうときも同じセリフを言った。今回は、何倍も大きく元気だ。そんな「いってきます」が言えた。



 ******



 待ち合わせ場所は、事務所から快速で7駅離れた場所。


『キシクラ駅』から徒歩5分の個室居酒屋だ。


 店に入り、「待ち合わせです——」と、伝え終わるよりも早く。


「大丈夫であるか!?」


 突然の馬鹿でかい声に驚きつつも、俺はなんとか挨拶する。


「お久しぶりです……。保仁やすひとさん……」


「あほか! 何が何やら分からんやろ!」

「一旦、落ち着こうかー」


 奥から出てきたのは、智章ともあきさんと憲剛けんごさん。


 明らかに出来上がってしまっている保仁さん。その保仁さんを無理やり、個室へと連れて行ってくれる。


「こっちだよー」


「はい。ありがとうございます」


 健吾さんの案内に従って、奥の個室へと入って行く。


「まあ、座れや」


「はい……」


 智章さんが指差した席に座る。


「久しぶり」


「お久しぶりです。らんさん」


 隣でおちょこに口をつけていたのは、蘭さんだった。



 ******



 ブルー役の湯沢ゆざわ保仁、グリーン役の村上むらかみ智章、イエロー役の金森かなもり憲剛、ピンク役の鮫島さめじま蘭。全員、さまざまなメディアに引っ張りだこの4人。


 豪華なメンバーが小さな個室に集まっている。そして、二通りの顔色をしていた。


 べろんべろんに酔って、赤い顔をしている保仁さんと蘭さん。お酒に強い、普段通りの顔の智章さんと憲剛さん。


 下戸である俺は、店員さんにウーロン茶を頼む。ソフトドリンクを待っている間、簡単に近況報告をしていた。


「急に〜!! 連絡もなしに〜!! 島に行くって〜! どうなのぉ!?」


 これまで黙って日本酒をあおっていた蘭さん。そんな彼女が、俺の肩をばしばしと叩きだした。


「だる絡みやめーや。悪酔いしてへんか?」


「全〜然! 酔ってないわよぉ!」


「酔っとるやんけ!」


「酔ってるね〜」


「……っごっ! 我輩も〜〜!! 心配していたのだぞぉ〜……」


「お前も寝るなら寝るで構わんから! 壁にもたれかかれや!」


 寝言のように同じ言葉を繰り返している保仁さん。彼は、智章さんの肩に顔を埋めていた。

 

「ははっ。ありがとうございます」


 あの時のような雰囲気に、思わず笑みがこぼれる。


「……まあ、実際。驚いたわ。急に連絡来ーへんなったし。お前んとこの社長さんは『アレクリン』に行った、って言いはるしな」


「すみません……」


「まあー、余裕がない時はー誰にでもあるよねー」


「わしも責めとるわけやないで。まあ、でも、そうやな。元気になって戻ってきたならそれでええわ」


「そのことなんですけど……」


「ん?」


「帰る……っていうか、しばらくは『アレクリン』に残ろうと思ってます」


「えー?」


「……何でや? まだどっか悪いところでも——?」


 智章さんが不安そうな顔になってしまった。俺は慌てて言葉をさえぎる。


「いえっ! そうじゃないんです。何ていうか、やり残したことができたと言いますか……」


「——女ね!」


 机に突っ伏してしまっていた蘭さんが、急に声を上げる。


「びっくりしたぁー」


「急に元気になるやんけ」


「私の女の勘がビンビン言ってるわ! 間違いないわね!」


「女の勘って……。お前この前も振られてたやんけ。可愛い子見つけたー! ゆうて」


「それは関係ないでしょ!?」


「ははっ。皆さん、昔と同じで安心しました」


「誤魔化してないー?」


「そんなことないですよ」


「本当にー?」


「本当です。異性としてっていうより、今は恩人としての気持ちが大きいんです」


「そうなんだー?」


「はい」


 はっきりと返事をする。憲剛さんはとぼけた顔をしているが、納得してくれたように思う。


「それで、じゃあいつアレクリンに戻るんや?」


「週末にでも戻ろうかな、と考えてます」


「えらい急やな!」


「はい。しっかり決着をつけないといけないと思ってるんで」


 ここもはっきりと返事をする。心は決まっているのだ。


「かっこええやんけ。気張れや!」


「えらいのである!!!」


「またびっくりしたぁー」


「急に大声出すなや。耳キーンなるで」


「ははっ」


 言い終わってスッキリしたのか、保仁さんは、今度は壁に体を預けていた。


「おっと、もうこんな時間か」


 智章さんが腕時計に目をやってから、こちらを見つめる。


「まあ、なんや。いろいろあったし、これからも凹むことぐらいあるやろ」


「そうだねー」


「でも、連絡ぐらいはしてくれ。気力がどうしようもなかったら、『あ』の一文字だけでも構わん。お互い、生きてるってことが分かればええ」


「……うん、あの頃楽しかったっていうのは、間違いないしねー」


「ああ、あの頃からずっとわしらは、お前を——寿人を仲間だと思っとる」


「うん、うんー」


「いつでも頼ってくれてええんやからな」


「……はい! ありがとうございます!」


 ちょっと泣きそうになってしまった。なんとかこらえて、精一杯の笑顔を作る。


「……んごっ!」


「なんやねん! あー、もー! がらじゃないわ。こういうんの。本当は一番年上としうえがやるもんやろ」


 そう言いながら、智章さんは保仁さんの頭を叩いていた。


「ほら! 蘭も! 起きろ! 帰るぞ!」


「ちょぉっと〜! 何帰ろうとしてんのよぉう! 二次会行くわよ! 二次会」


「あほか! お前明日も仕事やろうが! それに保仁の嫁はんに頼まれてんねん! こいつ10時までに帰らせてくれってな」


 智章さんはそう言って、保仁さんを背負っていた。


「僕は明日、午後からだけど〜。どこか飲み直す?」


「いえ、すみません。憲剛さん。先約があって」


「あ〜。そっかー。頑張ってねえー」


 憲剛さんはおどけて笑う。


「はい」


 俺は短く返事をした。


「今日は皆さんありがとうございました。懐かしかったし、嬉しかったです」


 深く頭を下げながら、感謝の意を示す。


「こちらこそー」


「突然ですまんかったな。酔っ払いの相手もさせてしまって」


「誰が酔っ払いよ〜!」


「んごっ!」


「お前らや!」


「ははっ。本当にありがとうございました。皆さん。また帰ってきたら連絡します」


「おう!」

「またねー」

「んんっ! また会うのである!」

「ちゃんとぉ! ご飯食べなきゃだめよぉ!」


「おかんみたいなこと言うな」

「誰がおばちゃんよ!」

「言ってへんわ」

「それじゃあ、またな」


「はい!」


 手を振って、駅の方へ去っていく皆に手を振り返す。


 また会いたいな。いや、会おう。会わなくちゃ。今度は、残っている問題を解決してから。


 俺は皆の姿が見えなくなるまで、その場を動けずにいた。



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