少年から大人に

第7話

祖父は騎士団への通勤用に、立派な黒馬を買ってくれた。

中隊長代理としてほぼ中隊長の役割をこなしていたため、馬はそろそろ買わなければと思っていたので、ありがたかった。


馬はすぐに私に懐いてくれて、フロイと名付けた。


フロイは遠駆けが好きで、休日にはよく遠駆けをした。


「フロイ、ここは綺麗だろ?

あっちの森、私はあそこの森で天使か妖精に会ったんだ。」


丘の上まで駆け上がって、フロイから降りると、フロイと一緒に景色を眺める。

あの森には、子供の頃以来行っていない。


もう一度天使か妖精のあの子に会えるなら、と思ったことはあるが、神聖な森に私のような血濡れ穢れた者が立ち入るのは、いけないことに思えた。


だから時々、こうしてフロイと一緒に丘まできて、森を眺めている。




邸に引っ越すと、騎士団を17時に定時で終業し、帰宅してから勉強するという毎日が始まった。

緊急時や遠征の際には騎士団の仕事を優先することも了承してもらえた。


翌日から早速貴族マナーの講習が始まった。

自分の一人称を「俺」から「私」に変えるよう言われる以外は、ほとんどがロルトに教わったことだったので、3日ほど経つと講師はもう教えることは特にないと言って辞去した。



ロルトは、いつから私のことを貴族の子供だと気づいていたんだろう?

私が貴族に戻ることを想定して、貴族のマナーやダンスやらを教えてくれていたんだろうか。

そう考えたら、ロルトには改めて感謝しかないと思った。


今でも、ロルトの遺品の一部は私が使っている。

中隊長室のペンや、インク壺もそうだ。

ロルトの妻に、全て引き取るかと聞いたら、ウィル君に使ってもらえたら主人も喜ぶと思いますと言って、譲ってくれた。


本当に私は周りの人々に恵まれているな。

戦場では確かに苦しいこともあったけど、いつもみんながいて寂しくなかったし、私も人を助けたり守ったり、人のために生きていきたい。




領地経営は代官に任せているが、経営方法やら帳簿の見方などを祖父に教わった。

中隊の運営をやってきたため、それほど難しくはなかったが、領民からの意見書などを精査するのはなかなかやり甲斐がありそうだと思った。


そうして後継と中隊長代理の掛け持ち生活を2年近く続けると、いよいよ15歳の成人が近付いた。

まず、成人の義と言われる王城で行われる式典で国王陛下に謁見し、夜には夜会に参加してお披露目と挨拶回りをする。


その翌日には、騎士団の中隊長任命が行われて中隊長代理から正式な中隊長となる。




成人の義の前日、私は祖父に呼び出された。


ウィルの成人を機に当主を譲りたいと。


歳をとり、出歩くのが辛くなってきたので、領地に戻り余生を夫人と2人でゆっくり過ごしたいと。

心配しなくても領地の経営は引き続き代官に大半を任せ、サポートもすると言って、祖父のサインが書き込まれた当主交代の書類を目の前に置かれた。



中隊長と侯爵家当主の掛け持ちが自分に務まるのか分からなかったが、祖父が当主を続けることが難しくなってきているのは分かっていたので了承した。

そして私は成人の義と合わせて侯爵家当主就任と中隊長任命も受けることになった。



成人したとは言え、若干15歳。


貴族の間でも、15歳で当主と中隊長の兼任は異例な事で話題となった。

そもそも、15歳は学園を卒業する歳であり、その時点で中隊長というのも前例が無かった。



成人の義は恙無く終わり、当主就任も無事終わった。


一旦邸に帰り、夜会のための身支度をする。

騎士団の式典用の制服でいいと言ったのだが、夜会デビューのため祖父母が正装の服を誂えると言って譲らなかった。


光沢のあるダークブルーの生地で、襟と袖口にはシルバーの豪華な刺繍が入ったジャケットを着用し、銀色のクラバットにはアメジストのピンをつけた。


ジャケットと同じ生地の細身のパンツに、シルバーの靴を合わせると、背中まで伸びたシルバーグレーの髪は、きっちりと一つにまとめてダークブルーの紐で縛った。


いつも紐に通して首から下げていた父の形見の金色の指輪を右手の中指にはめて、母の形見の赤い石のついた銀色の指輪を左手の小指にはめた。


子供の頃は指輪が大きくて抜けてしまったが、ピッタリとはまったそれは、私が大人になった証でもあり、2つの指輪はこの日を待っていたように輝いていた。




父ちゃん、母ちゃん、私は成人を迎えました。


いつも見守ってくれてありがとう。


私の弟か妹、君の分までしっかり生きてみせるよ。

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