第9話 幼馴染み?


 あれからほんの少し気まずくて、私は残りの昼休憩を三人とは離れてフラフラと出歩いてた。エミリたちは心配そうにしていたが、どうせどこかすぐ近くにアランだって控えているのだろう。道が分からなくなったらその辺の生徒を捕まえればいい。

 それにしても。

 映画に出てくるお城みたいな校舎にどこまでも広がる青々とした芝生、そこで談笑する高そうな制服に身を包んだ生徒たち。ゲームではこんなリアルな体験絶対に出来なかった。

 私は初めて見る世界に完全に浮き足だっていた。


(…あ)


 イチカがいた。

 校庭の奥まった人気の少ない場所、こちらには背を向けていて気づいている様子はない。そして、彼女の近くには古びた銅像が一体だけ。

 もしかして、妖精の像だろうか。

 ゲームの序盤において主人公をこの世界へと引っ張ってきた元凶である『妖精』と話せるのはこの学内にある銅像のそばだけで、ネフェルムの力が大きくなるにつれはっきりと近くでも姿が見えるようになる…という設定だった気がする。気がつけば隣をブンブンと飛び回っていたからあまり意識していなかった。

 ということは、あそこに妖精のサグムがいる。


 ネフェルムとしての力がない私には見えないだろうけど、もしかするとイチカと、そしてサグムと話すチャンスなのでは?今までレアがしてしまったことを謝りたいし、今後もしかすると力になれるかもしれない。それにサグムなら色々と知っているだろうしーーーそう思って踏み出しかけた私をものすごい力で後ろに引っ張った人がいて、危うく転んでしまうところだった。

 驚いて振り向くと、私の腕をがっちり掴んでいたのは先ほど見たばかりの顔。


「シドー…」


 黒髪の彼が、私を睨み付けていた。




 シドー、この世界に来たネフェルムを守るために国より派遣された、軍人。

 主人公と同い年で、無口で無愛想だが根はとても優しく、いつもイチカを危険な目から守ってくれていた。

 ゲーム内で恐らく一番長く共にいたんじゃないだろうか。いつもそばにいてくれる安心感や、何か危険があれば離れていても颯爽と駆けつけ身を挺して守ってくれるーーーそんな姿にプレイヤーからの人気も高く、実は、私も一番好きなキャラクターであったりするのだけれど。


「お前、さっきからなんなんだ?」


 このように、冷たく見下ろされたのは初めての体験だった。




「なにって…彼女に話しかけようとしただけよ」


 そんな、敵を見るような目を向けなくても。いや、イチカにとってレアは嫌がらせをしてくる敵でしかないのだから、彼にとっても同じか?自分が守るものを害そうとする存在ーーこれまで主人公としてプレイしてたときにされた数々の嫌がらせを思い出す。確かに、間違いなくレアは害でしかない存在だな。


「余計なことをするな」


 突き放すような物言いと共に、イチカから遠くの方向へと背中を強めに押されて、私はたたらを踏んだ。これ以上主人公に近づくなということらしい。

 何よ、という思いもあったけれど、昨日の今日でいじめていた相手がニコニコ近づいてくるなんてイチカからしても不審でしかないか、と思い返し、私は大人しく従ってその場を後にしたのだった。





 それにしても。

 先ほどのシドーの物言いが気になる。いくらイチカの護衛とはいえ、この国の王女であるレアにあんなつっけんどんというか、無礼な話し方をするものなのだろうか。ましてや彼はアルマナの軍人であるのだし。

 うんうん唸りながら歩いてると、ちょうど教室からエミリが出てくるところだった。


「あ…」


 目があって、固まる。ほんのわずか気まずい空気が流れた。


「どこかへ行くところだったの?」

「いえ…少し帰りが遅かったので」


 おや、と思った。どうやら心配して探しに行こうとしてくれたらしい。嬉しさで少し顔がにやけた。やっぱり、根っからの悪い子でないのだ。私に対してのものだけかもしれないけれど、きっとこういう子は誰にだって優しく出来る。


「どうかしたんですの?」


 にやにやしだした私に、エミリが心配そうな瞳で覗き込んできたのでちょうどよかったと先ほどのことをぶちまけることにした。


「シドーって知ってる?」

「ええ、はい…………もちろん」

「さっきまた会ったんだけどさ、なんかこう…話し方がだいぶ雑というか。うーん…敬語じゃない人初めてだったから変な感じだなーって」


 なんて説明したらいいか分からなくて、しどろもどろになりながらも説明すると、エミリがキョトン、ととても不思議そうな顔をしてこちらを見ていたことに気づく。


「当たり前じゃない」


 傾げた拍子に、肩にかかったウェーブの髪が静かに揺れた。


「だってあなたたち、幼馴染みじゃない」


「え?」


 この世界に来てからの一番大きな衝撃だった。

 

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