第8話 主人公の騎士〜三人目の攻略者〜


「レア様、学食に参りましょう」


 エミリたちの誘導で立ち上がる。彼女たちに教えてもらわなければ私は移動教室も食堂の場所も分からないのだからありがたかった。

 談笑しながら歩いていて渡り廊下に差し掛かった時に、向かいから茶色の髪の女の子が来るのに気づいたのと、エミリがなんの迷いもなくその女の子を突き飛ばしたのはほとんど同時だった。


「あらごめんなさい転校生さん」


 案の定よろけて尻もちをついたのはイチカで、突然のことに私は固まってしまって動けなかった。

 イチカの腕から丸い何かがこぼれ落ちて硬い床に甲高い音を立ててぶつかる。可愛い布に包まれたそれはお弁当だろうか。


「ちょっ、ご、ごめん、大丈夫?」


 ようやく動けた私はイチカの前に座り込んでおろおろすることしか出来なかった。ごめん、も大丈夫?もどの口が言えたことだろうか。案の定頭の上からエミリたちが訝しげな視線を向けてきていた。

 とりあえず赤い可愛らしい包みのお弁当を拾い上げる、が。それをイチカに渡そうとした瞬間、上からすごい力で奪われた。

 驚いて見上げる視線の先には、鋭い目。短く揃えられた真っ黒の髪が日光を遮っていてよく見えないが、影になっているその顔はこちらをきつく睨み付けていた。


 私は、この場面を知っている。


「シドー」


 イチカの声にはっとする。顔を上げると、少し咎めるような目をして彼からイチカがお弁当を受け取っていた。すぐにこちらへ向き直ると、柔らかな目をして手を差し出してくる。


「彼がごめんなさい。どうぞ」


 私がその手を素直に受け取ると、エミリたちの視線が鋭くなった。横からはたき落とされなかっただけマシだろうか。


 それでは。軽く会釈をして去っていくイチカの向こうで、男は、シドーはこちらなど一度も振り向かずに去っていったのだった。






 少し混み合った食堂、譲られるように避け、張り付いた笑みで会釈をしていく生徒たち。朝から変わらない気味の悪さを感じながら、私は少し不思議に思う。てっきりレア王女なら特別室で友人たちとまるでホテルのようなランチタイム、なんてことくらいやってのけるかと思ったが意外とそうではないらしい。そのわけにはすぐに気がついた。

 広い食堂内で明らかにどこよりも眺めの良い一等席、不自然にその場所だけが空いているところへ、エミリたちはなんの迷いもなく歩いていった。

 なるほどこのパターンか。楽しみにしていた昼休憩なのになんだかずっと憂鬱である。そのわけは分かっていた。私はひと呼吸おくと、あのさと席についた三人の顔を見回した。


「イチカへの嫌がらせ、やめない?」


 三人の反応は三様だった。いや、エミリだけが少し違う。驚いてる二人に対して一人だけ明らかに眉を潜めていた。


「多分…いや絶対言い出したの私だよね?でも、なんか嫌だなーっていうか。さっきみたいなのって気持ちのいいものではないし、私が命れ…お願いしたことなのに悪いんだけど、やめて欲しい」


 ごめん、と頭を下げる私に、トレアたちが顔をあげてください、と慌てている。多分、どの口が言っているんだと内心思われているんだろう。私だって言ってて何をしているんだ感がすごい。昨日まで率先していじめの筆頭に立っていた女が今日はやめてくれと言う。どうせいつものレア王女の気まぐれと思われるだろうか。

 そのあとのランチは始終ぎこちなくて、なんとも気まずい雰囲気のまま終わった。片付けて参ります、と私の分の食器も持ちナリアとトレアがそそくさと席を立つ。


「レア様、やはりまだお加減がよろしくないのでは?」


 二人きりになると、エミリは心配半分、不信感半分といった顔でこちらを見ていた。


「なんでもご記憶が、曖昧だとか」


 やっぱりエミリは細かいところまで知っているんだろうなぁ。アランに探らせたら貴族の上位も上位、公爵家のご令嬢だった。幼い頃から城への出入りも許され、同い年であったレアとは幼稚舎からの付き合いであったらしい。

 そんな親友が突然別人のようになってしまったーー実際別人だけどーー不審に思われても致し方ないだろう。


「うん、記憶がところどころない」


 あっけらかんと言い放つ私にエミリは目を丸くする。恐らく、この話し方も違和感でしかないのだろう。ゲームでのレアは高笑いしながら「いい様ですわねイチカ!」みたいな頭の悪い喋り方をしていた気がする。


「多分、私があなたたちに主人こ……じゃなかった。イチカに嫌がらせをするように命令してたんだよね?」


 ほんの少し口ごもっていたが、エミリは「はい」と静かに頷いた。


「嫌なことをさせておいて勝手言って本当にごめんね。でも、『私』は嫌だから」


 今、私はレアの姿を借りているけれども。

 日本で、二十数年間生きてきた、『私』は、いくらゲームの相手とはいえ虐めなんて最低な行為ごめん被りたかった。

 もう、やめようね。

 静かに、それでも強く言った私に、エミリは小さく目を伏せて頷いたのだった。

 

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