第6話 初めての学校


「それで、第二王子はいま国外にいてーー」


 向かいに座ったサラに確認しながら私はペンを滑らす。あのあと就寝の準備をしにきた彼女を捕まえて、私は羊皮紙に文字を綴っていた。


 ルドルフは最年少で政務官となった、この国の随一の頭脳の持ち主ーーー本人も上位貴族の出で、幼い頃から城に出入りしている彼は同い年の第一王子とは昔からの親友同士。そんな関係性があってもなくても将来の宰相最有力候補として期待されている。

 レアは幼少の頃彼に勉学を教わっていたようだが、中等科に上がるまでのほんの5年ほどであったらしい。元々勉強が嫌いで、どの家庭教師にもNOを突きつけ、そのときにルドルフとの関わりも薄くなったようだった。ーーこうして真面目に聞いてくれればよかったのにーー寂しそうなルドルフの顔を思い出して、私がしたことでは無いけれど少し申し訳なくなった。


 第二王子のルシフは、ただいま国外へ外交中。確か20歳を迎えたばかりだったか。どうせ外交と言いつつ諸外国でたくさんの美人に声をかけているのだろう。私がここがゲームの世界だと気付いたきっかけである、噴水での一幕を思い出す。ネフェルムとしての主人公に最初から興味を持ち、ことあるごとにちょっかいをかけていた。主人公へ好意の言葉をかけつつ同じような言葉を諸外国の姫から自国の女官にまでかけるーーとにかく女性との噂が絶えない軽薄な男だった。それでも主人公へ本気で惚れてからは「初めての恋」だの言って、一途に彼女を想い他のすべての女性関係を断っていた案外可愛い男だった。

 ただ、レアにとっては厄介かもしれない。主人公を好きになってからは、彼女へ嫌がらせをするレアに一番きつい言葉を投げかけていたはずだ。わがまま放題である妹との仲は、あまり良好ではない。


「それで私とフィリップ第一王子はどうなの?仲悪いの?」


 あまりに直球な私の言葉に、サラは少し戸惑っていたが、記憶を辿るようなゆっくり言葉を紡いだ。


「幼い頃は仲が良かったと聞いております。とても可愛がってらっしゃったと。ただ、最近はあまりお話しされていたところを見ておりません」


 フィリップ様は第一王子としてとても忙しい方ですし。サラが気を遣ってくれるが、正直どうでもいい。

 フィリップ王子、この国の第一王子で年の頃25歳。ルシフが成人を迎えるまでは唯一の成人王子として外交に政務に明け暮れていたはずだ。ブルネットの髪は襟足が少し長く、髪と同じ色の瞳ーーレアとは正反対な容姿は、2人の母とよく似ていた。ネフェルムである主人公とくっつけばこの国にとって一番良いーーそんな周囲の思惑もあってやたら彼とのイベントごとは多かった気がする。

 王子としての責任感は強く、幼少の頃から座学に剣術にとよく励み、性格はとにかくストイック。幼馴染みのルドルフ以外には気安く話す相手も無く、突然現れた主人公にも最初は冷たい目を向けていたが、ひたむきで素直でこの国のために尽くす彼女にどんどん惹かれていった。王宮で過ごすことになった主人公のことも誰よりも気にかけ庇ってくれたーー優しい微笑みのスチルは非常に作画が良かったなーーそこまで思って私はブンブンと頭を振った。今は、あれが兄。


 私の奇行に心配げな目を向けていたサラが、そういえば、と切り出す。


「レア様、明日の学校はどうされます?」


 やはり大事をとって休まれますか?そんな気遣わしげなサラの言葉も耳に入ってこない。学校。ーー学校。


「忘れてた」


 そうだ、主人公はこの国の王侯貴族が通う学校に通うことになって、そして当然そこにはレアも通っていた。そりゃそうだそこで散々取り巻きといじめ倒したのだから。


「マジか…」


 私はこれから襲いかかるだろう試練を思ってぐったりと椅子にもたれかかったのだった。






 おはようございます、ご機嫌よう。キラキラして見えるのは、寝不足のためだけではないだろう。微細な文様が施された黒く高い門は今は開け放たれていて、どこまで続くのかという大きな中庭にはこれまた城と変わらない豪勢な噴水、そしてその先にはーー

 この国の上位階級のほとんどが通うにふさわしい、文化的価値すら感じられるまるで古城のような建物。コの字型に配置された学校は、緑々しい芝生を囲っていた。あの一番上の天窓から見下ろしたら気持ちいいだろうなぁ。そうぼうっと眺めていたらいつの間にか到着したのか、門の真ん前、ど真ん中に私の乗るリムジンが横付けされた。


 運転手が開く扉に、条件反射で降りようとした私の横から、すっと手が伸びてきた。


「どうぞ」


 先ほどまで私の横に座っていた男が、慣れた手つきで手を差し出してくる。アラン、私の護衛を務めている、同い年の軍人だ。今朝、誰だっけ、と尋ねたらひどく悲しそうな顔をされた。


 誘導されるまま足を下ろすと、後ろで静かにドアが閉まった。立ち去るエンジン音にも動けないまま、茫然と当たりを見回した。前にも後ろにも、同じような型の高級車がズラリと並んでいる。その車が入れ替わり立ち代わり制服に身を包んだ子女を送り届けては次の車と入れ替わる。そしてそこから降りてきたすべての生徒が私に、声をかけ、挨拶をしていくのに引きつった笑みを返すのがやっとだった。


「アラン」

「はい」

「ーーよろしくね」


 私は生まれて初めて、学校へ戦地へ赴くような気分で乗り込んだ。

 

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