第9話 4月の8「おやつは300円まで」

「秋沢君……僕はもうサイバー関連の仕事をあきらめるかもしれない……」

 朝から魂の抜けた声で、倉田は机につっぷしている。軽く選択朝学習のプリントを、天パーの頭に叩いたつもりだけど、髪がほわほわすぎて、カサリという音しかしなかった。

 この前のインフラ部(略)で入部再試験を受けたけど、やっぱり落ちたらしい。難易度は倉田いわく「情報処理試験安全確保支援士」っていう国家試験の午後より難しいとか。字面からしてかなり難しいんだと思う。

 俺は見学に行ったときの小柴先生の豹変ぶりのほうが気になって、あれから朝礼とかで「それと、ふええ、、連絡ファイル忘れてきました……」とか言って、クラスを和ませるところを見ても、『殺しておしまいなさい』と言った冷酷非道な表情のことが忘れられない。





「高校に行ったら行ったでおもろい人が多くてさ、、」


 俺はその日の放課後、理容『ランシール』にいた。

 といっても今は髪をのばしているところなので、眉毛と顔を整えてもらうくらい。

 ここには姉貴の紹介で中学の頃から通っている。


 マスターの勇兄ちゃんは、トップスタイリストをめざしているからといって、中学の頃は俺の頭でけっこう遊んでくれた。そして料金が破格の500円玉ひとつ。いわくカットモデルの分割引だそうで(それならただにしてほしい)、高校になって親から「アルバイトをするだろうし」と小遣いが中三から増えなかった俺にはありがたかった。


「竜が、中学でひどい目におうたときは、心配してたんやで。よかったやん。まー、店手伝ってくれてもええんやで」

「いや、俺がバイトにきても、客いつもおらんやん」

「やかましわ」


 俺はこういう世界はわからないけど、椅子がひとつで、いつ行っても誰も他に来なくて、ましてや液晶テレビにはスイッチがつながっている。

 とめどなく世界を駆け回るゲームを何時間も見せてくれていたのは誰だっけな?

 入り口の本棚にも、ゴルゴじゃなくてファミ通とニンドリが詰まってるから、ゲーム情報の収集には事欠かないけど。


 ……そういえばクラスにはプロのe-Sportsプレイヤーだっていたなあ。そうやって、なんか話をできそうな人がたくさんいるけど……、いやいやいや。


「おっと、そんなに頭振ったら眉毛なくなるぞ」

 否定の横首振りを止め、俺はもういちど最初の目標を思い直す。

 ……あんまり、誰とも仲良くなっちゃ、あとが面倒や。……




 けれど俺の期待とはうらはらに……、クラスのグループSNSの話題は、5月の連休前にある課外学習、つまり遠足に向いていた。


 5月は大型連休があるので、毎年高校は連休前の平日に課外学習と休講日を入れる。家族旅行や仕事で休む学生は、申請書を提出すれば何らペナルティーは無い。(ただのサボリと、アルバイトでは申請書は出せない。)


 4月の終わり、俺と倉田は放課後に学園の近くにあるショッピングモールにいた。ただし、カートに買い物かごを入れて。

「高校でもおやつは300円かー」

「だいたい300円でええっていうてるとこは高校っぽいよな」

 俺はグミとたけのこ、倉田は飴ときのこ。友達でもここだけは相容れないなにかだな、とカートをみながら笑う。あと一つくらい、30円くらいの何かをかごに入れようかと探していると、いつの間にか倉田の姿はなく……まあいいかとセルフレジに並んだ頃に戻ってきたが、たまごの6個入りパックを丁寧にかごに追加するではないか。

「なんや、家に頼まれてたん?」

「うーん、実は……」


 なんだかすっきりしないが、とりあえず先に俺がセルフレジにお菓子を積んだ。

 倉田のほうはレジを通すときに、エコバックというかよくある100均のロゴが入った袋を出している。俺はカバンに、レシートとお菓子を投げ込んだ。


「そしたら明日K駅に8時半でええん?」

「……え、あー、はいはい」

 売場を出てからもやはり反応の歯切れが悪い。遠足はさらなる出会いのチャンスやで、と、アベールはまむらに服を買いに行ったくらいなのに。

「倉田、なんか隠してない?」

「いや?! なんも?!」

 倉田の声は裏返っていた。これは確定やわ……、背丈が同じくらいなので、俺はつま先立ちして

「ほんまかー?!」

 とにらみ迫ってやった。

「すすすすすみませんごめんなさい秋沢くん! 実は……」

 あせる天然パーマは、とんでもないことを口にした。


「秋沢君特製玉子焼きの、オーダーが入ってまして……」


 かさりと渡された、たまご6個入りパック……いや、中にまだ何かある。これは……使い捨ての弁当容器(小サイズ)……。俺が最低限料理できるって話はSNSで周知の事実であり、倉田が「さらなる出会い」を呼ぶための目玉イベントにしてしまったのだろう……と想像して、俺はたまご6個入りパックを手にぼうぜんとした。


「倉田おまえ……」

「他に何か要りますか? 玉子焼きって玉子だけでいいんですよね?」


 これ、たぶん玉子焼き作っても、嫌われものにはなれへんやろな……でも倉田には玉子は割るしかできないらしい、となると……


「油と、シェア用のつまようじだな」


 倉田にはあとで何かしら借りを返してもらうとして、俺たちはもう一度食料品売場に戻った。


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嫌われ者になる為に~モテ体質なので学校一人気のない部活を始めることにしました~ なみかわ @mediakisslab

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