第2話 4月の1「高校デビュー」

 俺、秋沢あきざわ りゅう。今週から私立銀河学園高等学校の授業開始だ。

「よしっ」

 のばした髪の毛は想定通り後ろで束ねられるくらいになった。校則では華美な髪飾り禁止となっているが、短くしろという文言は無かった。金曜日の入学式でもそんなに変な奴はいなかったはずだ。


「よっしゃ、これで嫌われ者になれる!」

「竜」

「いきなりドア開けんなよ姉貴」


 キメ顔をしかけていたところ、姉貴、秋沢 卯美うみがポテチの袋を投げてきた。

「おやついるやろ?」

「いるけど」

「ふーん」

 姉貴は俺の頭を見る。

「もうちょっとカッコよくいじったろか?」

「いらん」



 ***




「……?!?!?!」

 俺は1年3組の教室に入って驚愕きょうがくした。


 キンキンの金髪の男子、盛りすぎに盛りすぎな髪の女子。スマホやらゲーム機を必死に操作する男子。動画を見ながらダンスをコピろうとする女子。ブレザーの制服が原型がないほどアレンジしてるやつもいたりする……俺が一番地味なんっすけど……


「はいはいーみんな静かにしてねー」

「……」

 スーツ姿の男性と女性が前の扉から入ってくる。男性の方はさっそうと、女性の方はびびりながら。

「担任の山崎やまざき 正忠まさただです、よろしく」

「えっと……副担任の……小柴こしば 絹代きぬよです……よろしくお願いします」

 爽やかそうな山崎先生と、頼りなさそうな小柴先生か。

 つづいて山崎先生は、教室内を見回して言う。

「みんな、入学式はがまんしてたからって、ちょっと派手派手やなあ。今日は許すけど、明日からはもうちょっと控えめにな」

「校則では……髪形の指定、スマホの禁止規定はありませんが……よろしくお願いします……」

「そやなあ、うーんと。君!」

 山崎先生は俺に左手を向ける。なんだ、代表して俺が怒られるのか? それだと願ったりだ。嫌われ者になる第一歩が--


「君--は秋沢君、秋沢 竜君だね。みんな、秋沢君をお手本にしてくれよ」


 --い?


 第一歩どころか、マイナス、ていうか! いい人の第一歩を踏み出してしまったじゃないか!!



 いや、まだ……俺はもうひとつ今日用意していた作戦を展開すると決めた。今日はクラス全員が自己紹介をする。ここで、俺は「あきざわ」だから、たぶん最初の方になる。そこで、皆にインパクトを与える。

 インパクトといっても、「秋沢竜です。特に何もアピールすることはありません。よろしくお願いします」という、何も抑揚のないことを言い、皆からなんだこいつ、と思われるのだ。

「それでは……皆さんに自己紹介をしてもらいます、通常は出席番号順、五十音順なんですが……今日はこちらを見てください」

 小柴先生はおもむろに黒板の左に置いてある、電子黒板--中学のやつよりはるかにでかくて、高解像度っぽい--に、ぱっとカメラ映像で俺たちを上から映し出した。そんなこともできんの?!

「抽選にします!」

 パパパパパパーピーン!


 軽快な効果音とともに、一人が選ばれる。

「私が……プログラミングしました……」

 いやそういうの適当でいいでしょ?! 名前の順番でいいでしょ?!



 ……はたして俺は、真ん中から後ろくらいに当たり、それまでの十数人は、俺が想像するよりもはるかに斜め上な自己紹介--もうプロスポーツチームにいるとか、会社の経営っぽいことしてるとか、クイズ番組で優勝したとか--を連発していて、俺の自己紹介「秋沢竜です。特に何もアピールすることはありません。よろしくお願いします」はまったく平々凡々なものに落ち着いてしまった。





 この学校のこと、まあまあ調べたはずだったのに……。なんだここは……。


 俺は今日の作戦が全部裏目に出たことを意外だと思いながら、帰りの電車に乗っていた。

 いや、待て……まだたった1日だ。全員が全員の名前や性格を覚えたわけじゃない。これから徐々に嫌われ者になっていけばいい。


 ただ、気持ちを切り替えた俺は、今日の帰りに、駅前のスーパーで大根を買って帰るというミッションをすっかり忘れていたので、帰宅してからすぐさまチャリで駅前までダッシュする羽目になった。



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