第2話 少年と初めての依頼

 「この依頼、受けてもいいですか?」


 ギルドのコルクボードに昨日からある依頼の紙を剥がして受付へと持っていく。

 受付嬢は昨日言葉を交わしたエマさんだ。


 「はぁ……」


 エマさんは、僕の顔を見るなりいきなりため息をついた。


 「お姉さんとの約束覚えてるかな?」


 言うことを聞かない子供を諭す、そんな風な言い方でエマさんは依頼書の右上を指さした。

 そこには『依頼難易度B』と記されている。


 「リュカくんはFランクなんだけどなぁ?」

 「何か問題でもあるんでしょうか?」

 「依頼っていうのは基本的に、難易度の前後一等級の冒険者が受けるの。だからこの依頼だとA等級からC等級の冒険者が対象になるわね」


 依頼内容は鉱山に巣食った『レッドキャップ』の討伐だった。

 ゴブリンの上位種であるレッドキャップ は、まるで血で染めあげたかのように頭部が赤い体毛に覆われているため同じ上位種のゴブリンロードやゴブリンゼネラルとの区別は容易だった。


 「リュカ君の受ける初めての依頼はこれよ」

 

 エマさんはそう言うと自らが選んだ依頼書を僕へと手渡した。


 「薬草採集ですか……?」

 「まずはこういう依頼からこなしていくのよ?地味な依頼をコツコツこなしていくことで成長していくの」


  エマさんは真面目な顔でそう教えてくれた。

 きっと心配してくれているのだろう。

 確かに世間一般の12歳児と相違ない程度に偽装したステータスを見れば、レッドキャップの討伐など論外と判断するのは無理ないか……。

 

 「そうなんですね!!分かりました。ではそれでお願いします」


 怪しまれないように快く薬草採集の依頼を受けることにした。


 「聞き分けのいい子で助かるわ。間違えないようにね、それと無事で帰ってくるのよ?」


 そう世話をやかれてエマさんに見送られながらギルドを出発するのだった。


 「この辺でいいかな……?」


 適当な路地裏に入って通りから姿を消すと、

 闇属性の魔法である【同化マージ】を行使して気配を遮断、周囲へと溶け込んだ。

 声は遮断できないので、口を噤んで目指すは薬草採集のできる郊外の山だ。

 そのまま魔力を纏い、周囲の大気に干渉して空中移動すれば郊外まではあっという間だった。

 魔眼が紫に染まった日から突如として魔力量が跳ね上がり、それまでからは想像の出来ない使い方を出来るほどに潤沢な量になった。

 手には薬草採集の依頼書、そして諦めきれずに持ち出してきたレッドキャップ討伐の依頼書を握りしめ、高揚感を胸に街を飛び立った―――――。


 ◆❖◇◇❖◆


 「後ちょっとでこの本も終わるかな」


 繰り返し頁を捲ったことで、いつの間にか手に馴染んだ魔導書をこっそりと持ち出して王宮を後にした。

 向かうは王都の北のセヴェンヌ大樹海。

 木々の深く生い茂った森がこの頃の僕の修行の場所だった。

 闇属性の魔法は効果として死を付与するものが多く、冒険者たちが立ち入ることを避けるこのセヴェンヌ大樹海の探索もそれなりに可能だった。

 大魔術師イリスが幼少期を過ごしたのもこの森であり、修行の場所とした選んだ理由はそれだった。


 「誰かぁ……助けてッ!!」


 意気揚々と魔法の鍛錬を積んでいた僕が聞いたのは、少女の悲鳴だった。

 必死に棒切れを振り回す少女は気丈にも震える足に鞭打ち、辛うじてといった様子で立っていた少女の目の前には、愉悦を滲ませた顔のレッドキャップがいた。


 「なんでこんなところに人が?」という疑問を頭の隅に追いやって、少女を庇うようにレッドキャップとの間に割って入る。


 「逃げ……ろ……」


 掠れた男の声が聞こえてレッドキャップの様子を見れば、その大きな手からは甲冑を着た男の足がだらりと力なく垂れていた。


 「GraGra!!」


 醜悪な笑みとともに、目の前の少女に見せつけるかのようにレッドキャップは拳を握りしめた。

 何かが弾けて潰れるような音ともに臓腑と血潮が辺りに飛び散る。

 

 「見ちゃダメだッ!!」


 咄嗟に少女の目を覆ったが少女は、あまりのおぞましい光景に気を失ってその場に倒れた。


 「必ず助けるから」


 倒れた少女にそう約束して僕はレッドキャップを睨みつけたのだった。

 今思えば知りもしない敵を相手取るという無茶な行動だったけれど、レッドキャップの残忍さを目の当たりにして怒りに燃えていたのだ。

 今回だってレッドキャップの討伐依頼を受けようとした理由はそれだった。

 助けた少女は人目につかないように近くの村の修道院へと送ったが、その後どうなったのかは知らない。

 でも彼女が心におった傷を慮るのならば、もう同じような気持ちを抱く人を生まないためにも倒しておくべきだと思ったんだ。

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