プラネット・インシネレーター

LE-389

ある機械の歴史

 それは、天上の白き宝玉と呼ばれていた。


 この「かつての異名」のみを聞き、それから実物を見た者はまずこう思うだろう。


「きらびやかでもなければ白くもないこれが、なぜそのように呼ばれていたのか」


 とある恒星系のラグランジュ点。星と星の引力がつり合う空間に浮かべられた、巨大な構造物。天体サイズの格子の球、星を閉じ込める檻といったその外観から、白い宝玉を連想するものはまずいない。


 ではなぜこれが、『天上の白き宝玉』と呼ばれていたか。


 厳密に言えば、この名で呼ばれたのは構造物そのものではない。

 宝玉に例えられたのは、巨大な構造の内部で生成されるもの。核融合反応によって、膨大な熱量を放射し輝く『恒星』という名の宇宙の宝玉。


 もう一つの、そして生成物ではなく本体そのものを指す異名。これを運用していた者たちによる通称は『プラネット・インシネレーター』。かつての星間戦争にて使用された、対惑星攻撃兵器。


 数多の星を、多くの人々の故郷を、その輝きで焼き尽くしたもの。







 惑星の上に立っている時、足元の地面が球状であることを感覚的に理解するのは難しい。

 天体規模の物体であるプラネット・インシネレーターも、その表面に立てば足元は平面にしか見えない。どこまでも続くように思える、人工物の大地。


「まさか、この歳になってこんなところに立つとは」


 作業用の宇宙服を纏い、この場に立つ彼は『プラネット・インシネレーター』をその名で呼んでいた者の一人。足元にあるものが、どのように使われていたかを知っている。


――――これを運用されていた頃、こういった場所に立つことはありましたか?


「いえ、一度も」


 機体が描く水平線から、足元へと視線を移す。恒星から放出されるエネルギーに耐えるため、その表面には継ぎ目ひとつ無い。惑星の周囲を回る衛星の、小規模なものと同じくらいの体積を持つ『プラネット・インシネレーター』の一部。


「修理や整備をしていた人なら、こんな光景も見たんでしょう」


 球を構成する各部は、ゆるやかに曲がった十字型の部品へと分離することができる。それぞれが独立して機能するが、複数揃わなければ本来の機能は発揮できない。

 複数の部品に致命的な損傷を受けなければ、破損した部分だけを予備と取り替えて作業の継続が可能だ。


 輸送船で材料を投入せず、構造内部に材料を直接取り込む場合にも分離機能は使用された。


 主に材料となったのは、ガス状かつ大質量の恒星になりそこなった天体。体積も大きく、球の中に入れることができないものが多々ある。

 そういったものを材料とする場合は、球を分離させ天体を包囲するように部品を配置する。個々の部品間に力場を発生させて、それを実体ある格子の代わりとするのだ。

 部品一つがカバー可能な範囲に限界はあるが、実体としての球の体積に比べ、はるかに大きな星を収容することができる。


「ですが私は、コントロール船からこれを動かしていました。だから、こうして直接触れるのも、実は初めてです」







 星を焼き、砕くために使われてきた『プラネット・インシネレーター』。その本来の用途は、実際のそれとは真逆のものだった。


 宇宙にあまねく広がり続けてきた人類。その殖民、開拓はどのように進んできたか。


 広い宇宙の中に、人類が手を加えずとも居住可能な環境の星はほぼ無い。既存の技術で住める環境に作り変えられる星を開拓するか、あるいは資源の供給元として消費し人工の天体を作るか。

 選択肢はテクノロジーの発展と共に広がっていったが、「一から作り出す」ということは無くあくまで「作り変え」だった。


 人類が初めて作り上げた「星を創る機械」のはずだった『プラネット・インシネレーター』。それが本来の用途で運用されなかったのは……星々の開発において人類と競合する勢力が居たからだ。



 出会ってみれば、人類と大差ない存在だった異星人。

 大差ない存在だからこそ利害が衝突し、利害が衝突すれば時として争いも起こる。双方にとって不幸だったのは、その争いが大規模な星間戦争にまで発展してしまったことだろう。


 戦況は、敵対勢力側の優位に進んだ。人類よりも一足先に宇宙へ進出していた彼らが要衝を、主要な星間航路を押さえていたからだ。


 人類も彼らも、多少の違いはあれど同じ超光速航法を使用している。海を走る船が風を利用していたように、この航法は宇宙に偏在する空間の歪みを利用するものだ。

 その場にあるものを使うため船の動力をほぼ必要としないが、使用可能な場所が制限されている。


 異星人たちは、その航路上に要塞を築いていた。自分たちの領域への侵攻を防ぎ、一方的に人類へ攻撃することができたのだ。

 この要塞を突破して攻撃を可能としなければ、人類に勝ち目はない。


 そんな状況で発案された作戦。それは……。


「『これで作った恒星をぶつけて要塞を破壊する』、聞いた時は正気を疑いましたよ」


 規模こそ大きいものの、民間のプロジェクトだった『プラネット・インシネレーター』の建造。戦況に危機感を抱いた軍がそれを接収し、兵器としての運用を始めたのだ。


 軍事用に製作されたものではないが、それの扱うエネルギー量は既存の兵器をはるかに上回る。星系ひとつを壊滅させることも可能なそれは、過剰と言って差し支えのないレベルだ。

 軍は壊し過ぎる、殺し過ぎる兵器を必要としない。開戦前の状況において、これと同規模の戦略兵器を作る必要は無かった。開戦を予想できる時期に建造を開始したとしても、必要なタイミングには間に合わない。


 目的が異なるとはいえ、既に存在するものを利用しない手は無い。

 星を創るための機械は、その日から星を焼く機械となった。



――――『プラネット・インシネレーター』による最初の作戦は大きな戦果を上げたそうですね。


「私も一応現場にいたので、要塞の破壊に成功した事は知っていました。まさか、あれほどうまくいくとは」


 大規模な艦隊の攻撃を目くらましにして、恒星による攻撃から可能な限り目を逸らす。気付かれても攻撃を続け、対処をさせない。

 この単純な作戦が「要塞の破壊」に加えて「守備艦隊の壊滅」という戦果を上げたのは、その攻撃手段が常軌を逸したものだったからだろう。


 カモフラージュ用のスクリーンに隠され、戦域ギリギリまで材料のまま運ばれた星が点火される。何光年という距離を隔てても目視できるものに、隠蔽越しとはいえ気が付かないはずがない。


 人類側の狙いを理解した異星人達は、この「異常な攻撃」に対応することができなかった。

 星を砕く手段は、この戦争の時点ですら一つではない。要塞に、それらの攻撃に対する備えはあったが、今回のそれは規模が違った。


 ここを渡してしまえば、自分たちの星もこれと同じ攻撃を受ける。

 そんな考えが、彼らの判断を誤らせたのだろうか。要塞を放棄する、恒星の軌道を逸らす。どちらにもリソースを集中することなく、彼らは人類に壊滅させられた。


「戦場で作業をする都合上、肩書きだけ軍人だった時期がありました。特に教育を受けた訳ではありませんが、それでも分かることはあります」

「トラブルが発生したときは初動が大切です。適切かつ素早く対応しなければなりません」


 この勝利による戦況の変化が、人類と異星人双方の行動を変化させた。この変化はより戦争を長引かせ、戦禍を拡大させることになる。







 劣勢だった人類。彼らが侵攻のための航路を確保し、敵の拠点を丸ごと焼き払う戦略兵器を手に入れ、その後何をしたか。


 異星人の拠点となる星を、次々に破壊し始めた。


 人類と異星人の技術水準には、分野による偏りはあれど大きな差は無い。人類にできることは、まず間違いなく異星人にもできる。

 同じやり方でやり返されることを、人類側は危惧していた。防御手段が皆無という訳ではないが、妨害を受けながらそれを実行するというのは難しい。失敗すれば、時間と手間をかけて開拓してきた星を失う。


 そうなる前に、敵の拠点を可能な限り使用不能にして反攻の勢いを削がなければならない。

 だが、彼らにそれが許された時間は、彼らの想定に比べてあまりに短かった。異星人も、わずかな期間で同等の機能をもつものを用意したのだ。


 技術の進歩は戦争のリズムを早め、規模の拡大はそれを遅くする。

 星をまたいだ戦争の時間感覚で見れば、「瞬時に」と形容しても決して大げさではない。それほどにわずかな期間で異星人が「星を焼く機械」を用意できたのは、……建造済みだったからだ。


 攻撃を受けるまでの優勢な戦況が、異星人たちに兵器転用という発想を与えなかった。

 それを与えたのは、他ならぬ人類自身。


 そしてそれまでの期間に、戦況が劣勢から均衡へと押し戻される程度には戦果が上がった。

 過剰な破壊力を持つ兵器の登場と共に、終戦が遠のいたということだ。結果、戦場となった領域の星々は消滅、あるいは灼熱地獄と化す。


 恒星弾を当てられて、消滅した星ばかりではない。

 入植時は人が住める環境だった星。近すぎる位置に恒星を置かれたため、生存不可能なレベルまで気温が上がり無人の星となった。


 民間人を巻き込まないよう、軍事施設以外を巻き込む攻撃には警告が行われた。「相手を根絶やしにしたい訳ではない」と行動で示さなければ、どちらかが滅びるまで戦いが続いてしまう。


 互いに最低限の理性は働いていたが、多くの星が消えるまで戦いを終わらせることはできなかった。

 巨大な国家同士、開戦に至るまでも長いが、終わらせる時も時間がかかる。戦略兵器の運用に互いの経済が耐え切れなくなるまで、戦いは続いた。


 この戦争で一番被害を受けたのは、住む星の属する星系が戦場となった人々だろう。


 星の開拓には時間がかかる。

 環境改造によって「住める星にする」だけなら、技術の進歩によりわずかな期間でできるようになった。だが、人が土地に根付く速度までは上げられない。それを実現しようとするなら、人そのものを作り変えて異質な存在へ変えなければならないだろう。


 双方の領域の境界線上に入植が始まってから、戦争が起こるまでに世代が交代するほどの時間は経過していた。入植者たちの親が、祖父母がその星に骨を埋めたであろう時期。そんな時期に、星が消えた。


 故郷の星が、消滅する瞬間を見た人々。

 『天上の白き宝玉』という異名は、そんな彼らが使い始めたものだ。


 どれほど宝を積み上げようと、決して購えない故郷を焼き尽くした存在。神々しさすら感じるほどに、白く輝く宇宙の珠。

 それに対する彼らの畏怖や悲嘆、様々な感情が入り混じった呼び名。







「終戦から今日まで、何度も考えました。これは、負けるよりましな結果だったのかと」


 元はと言えば、星の帰属に端を発したこの戦争。敗北した場合、星を奪われていただろう。

 星から追い出されるか、星が消滅してしまうか。帰還の望みがあるか、それが絶たれるかの違い。


――――結論は、出ましたか?


「いいえ。……痛み分けで終わり、遺恨が残らなかったのは幸いだったのでしょう」


 戦略兵器の応酬によって、戦場となった領域からは入植可能な星が消えた。戦争の原因となった場所は争いによって価値を無くし、現在は緩衝地帯となっている。


「だからこそこれを、本来の目的で使える日が来た」


 戦後、この機械が稼動することは無かった。

 それをするだけの余裕が無くなったために戦いは終わり、リソースは復興に回されていたからだ。彼をはじめとした技術者たち、人材も例外ではない。


 焼かれて消えた星が戻ってくる事は無いが、新しい星を拓いていくことはできる。

 「星を焼く機械」だったそれは、完成から長い時間をかけてようやく「星を創る機械」となった。

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