【後編】その2

 あの謁見の日から半年後。

 俺は再び、あの謁見の間にいた。


 隣にはマニュスフロスさん、後ろにプールカラとマグヌスコルヌがいる。

 玉座には豪奢な服に身を包んだこの館の主人あるじがいる。今日はメイド服じゃなかった。

「無事に戻ったようだな」

 気安い感じで声をかけられて人払いがなされた。

 そこでようやく俺とマニュスフロスさんは俺にまつわる人間(こう言うと俺が人間じゃ無いみたいだが)との諍いに決着がついた事を報告した。


 端的に言うと、国境くにざかいで最初の交戦があった後、魔族領への侵攻の姿勢が見えた事で俺はそのまま追手を引き連れて王城まで南下する事にした。

 幾度と無く遭遇戦を繰り返して王城に辿り着いた俺は人間の王に宣言した。


『俺は人間との関わりを捨て魔族領で生きていく。放っておいてくれるのなら人間に危害を加えるつもりはない。でも、もしも同じ事を繰り返せば王の喉元に剣が突き立つ事になる。その事を忘れるな!』


 人間の国の王城に攻め入った時に混戦の中、切り落とされた俺の左腕が地面に落ちるより早く時間を巻き戻すように元に戻った(マニュスフロスさんが事前にかけてくれていた魔法のおかげ)のを目にしていた者から俺は魔族になったと囁かれるようになるのだが、それはまた後日の話でこの時点の俺の耳には入っていない出来事だ。

 宣言後、俺たちは騎士に護衛(と言う名の監視)されながらスガラパスアに戻ってきて今に至っている。


「それで。其方は宣言通り魔族領で暮らす事を希望しているのじゃな」

「はい」

「ふむ…… ならマニュスフロスを娶れ」

「なっ!? いえ、どうしてそうなるのですか?」

「嫌か? ならプールカラを娶るのか?」

「いえ、そうでは無いです…… 彼女の意思は、それに俺は人間で彼女を残して先に逝くのに……」

「ふむん、それを気にするのであればスガラパスアは他の者に任せるのじゃな?」

「それが正しいでしょうね」

「よかろう、住居と仕事の斡旋はしてやろう」

「はい。お願いします」

 それで今回の謁見は終わり。

 最後に何故か「楽しみにしておれ」と言われたのが気にはなるがあんまりきつい仕事じゃ無いといいなあ……


 スガラパスアの領主館に帰ってきてすぐにプールカラに掴み掛かられた。

「ボニート…… 出ていくの?」

「ああ、俺に領主は務まらないよ。それに、プールカラは俺みたいなヤツじゃなくて領主に見合う相手と一緒になってくれ」

 顔を顰めて声を上げないプールカラの肩に手を置こうとして躊躇う。俺にこれ以上何かしてやれる事はない。そう思うと俺は手を引っ込めるしかなかった。


◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆


 それから一週間後。

 住居と仕事が用意できたと使者がやってきた。


「じゃあ、俺は行くからな。いい領主になれよ」

「……うん、ボニートも元気でね」

「馬鹿、そんなにしんみりしなくてもいつでも会えるさ。俺が生きてる間はな」

「馬鹿…… そっちの方が冗談にならない」

「そうだな、プールカラが俺好みになる頃には俺、どれだけ老けてるか……」

「馬鹿……」

「じゃあな」

 こうして俺はプールカラに拾われてから長いようで短かった領主館での生活を終えた。


 用意された新しい住居は二階建てで俺が一人で住むには大き過ぎるものだった。渡された鍵で玄関を開けると手入れが行き届いた建物内には一通の書簡が置かれていた。


『家財は好きに使え。必要なものがあれば連絡してくるように。今日の食事は用意しておく』

「ははっ、ありがたいんだが、この恩はどう返せばいいんだよ」


 住居の中を見てまわると一階部分は来客が来た時の対応も考えられた作りで二階がプライベートなスペースになりそうだった。ただなぁ、置かれていたベッドがデカイんだよ。なんか変な意図を感じるんだが…… きっと気のせいだよな。


 そして、夕飯時に初めての来客があった。

 来客と言っても宣言通りに俺のご飯の準備にメイドさんがやってきたのだが、来たメイドさんが問題だった。

「なあ、そんな格好でどうしたんだ……」

「夕飯のご準備にお伺いしました」

「…………」

 次の言葉を継げなくなっている俺に向けて綺麗なお辞儀をしてこの魔族領で一番エライ人が玄関を潜ってきた。


「まあ、安心しろ。夕飯といっても我が作るわけじゃない」

 そう言ってテーブルの上に料理がどんどん並べられていった。お酒も。

 食事もお酒も旨かった。さすが専属料理人の料理だ。

「して、ボニートよ。其方、魔族として生きていく気はあるか?」

「えっと、俺、人間ですよ?」

「うむ、魔族になる方法があるとすれば。という事になるがな」

「仮定の話ですか? そういう事でしたらプールカラの成長も見ていきたいですし、魔族になるのもいいかもですね」

「そうか」

 そんな会話を終えて帰っていったメイド姿のエライ人は「また来る」と言っていたがあの人暇なのか?


 人間の国を追われて流れ着いた俺だけど、お互いの事を何も知らずに戦っていた筈の魔族に受け入れられて、人間の国にいた時より充実した日々を送れるようになった。


 周りの人よりは先に逝く事になるだろうけど、その方が悲しくなくていい。

「これから、もっと知らない事があるんだろなぁ…… 楽しみだ」


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 これにてボニートのお話はひとまず終わりにしたいと思います。

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ある国を救った英雄の後日譚 鷺島 馨 @melshea

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