別大陸からの来訪者
探索を終え、グラシアに帰還してから真っ先にガロウマル楽器店に向かう。
……が、店の入り口には『Close』と書かれたウィンドウが表示してあり、中に入ることはできなかった。
「ありゃ、閉まってる?」
「みたいだな。まあ、プレイヤーが経営してるんだから閉まってる時もあるか」
逆に二十四時間年中無休でログインしてたら恐怖だわ。
そう考えると、最初から営業時間が固定されているNPCの店にも利点はあるわけか。
と言っても、時間があまりに遅いと店が閉まってたりするわけだけど。
「仕方ない、また夜にでも出直すか」
「そだね。じゃあ、それまで何してよっか?」
「そうだな……」
また金策にダンジョン探索……は、ちょっと面倒だな。
今後の路上ライブをする時に備えて、他の街を訪れてファストトラベル先を増やしておく……まあ、選ぶとしたらかこっちか。
「違う街に行ってみるか。ブクマ先を増やすって意味も兼ねて」
「はいはーい。そうと決まったらどこに行く? 北? それとも南?」
「今回は北にでも行ってみるか」
「りょーかーい!」
予定も決まったところで、早速街の北門に向かおうとした時だ。
「はぁい、そこのお二人。ちょっといいかしら?」
……ん?
声がした方に振り向けば、そこには魔法使いのような出立ちをした女性プレイヤーが立っていた。
腰まで伸び、緩いパーマがかかった茶色の髪、炎のように紅い瞳。
今まで目にしたプレイヤーの中でもトップクラスに上質そうな装備に身を包んでいる。
「えっと……どちら様でしょうか?」
「私はラルカ。ファーストロックってクランでクラマスをしているわ」
途端、周りにいた何人かのプレイヤーが驚いた顔でバッとこちらに顔を向けた。
え……なに、この人もしかして有名人?
「おい……あの人、ファーストロックのラルカっつったか……!?」
「ああ、間違いない。ファーストロックって結構有名なクランだったよな!?」
「馬鹿言え、結構なんてもんじゃねえ! 異大陸ダンジョンを突破したトップクランだぞ!」
……うん、もしかしなくても有名人っぽそうだな。
「そうっすか。それで、俺らに何か用事でも……?」
「ええ。でも……ちょっと場所を変えましょうか」
人差し指を唇に当て、ウィンクを一つ。
「ここじゃ周囲の目が気になるからね」
ラルカに連れられてやって来たのは、NPCが経営するカフェ。
路地裏にひっそりと佇む、小洒落た雰囲気のある店だった。
「ふぅ……久しぶりに来たけど、ここは落ち着いていて良いわね。……あ、遠慮なく飲んで大丈夫よ。ここは私の奢りだから!」
「……あざます」
一言礼を告げてから、テーブルの上に置かれたグラスを手に取る。
グラスの中にはアイスコーヒーが入っていた。
ちなみにコトの目の前にはミルクティーが置かれ、ラルカの前にはアイスコーヒーとケーキが置かれている。
このゲーム、ちゃんと料理とか飲み物とかもあるんだな。
思いつつ、グラスを手に取り、試しに一口飲んでみると、ちゃんとコーヒー特有の苦味と香りがした。
「…………!?」
マジか……ちょっとだけ薄味な気もするが、ちゃんと再現されてる。
「あら、その様子だとゲーム内の食べ物を口にするのは初めてのようね」
「そうっすね。まだ始めて一週間も経ってないんで」
「へえ、本当に始めたてだったんだ。てっきり初期防具縛りでもしてるのかと」
「いや、普通に金欠だったり忘れたりで武具屋寄ってないだけです」
昨日もなんだかんだ防具を新調しないままログアウトしたし、今日もログインしてすぐにダンジョンに向かったし。
別に縛ってるつもりは一切ないんだけど、ずるずると先延ばしにしちまってるんだよな。
「……君たち、結構変わってるのね」
どストレートな言いように堪らず苦笑が漏れる。
けど、事実ではあるので何も言い返す言葉がない。
「でも、私は面白くて好きよ」
「……どうもっす」
頭を下げれば、ラルカはくすりと笑ってみせた。
「ところで……隣の子、さっきから浮き足立っているようだけど大丈夫?」
「ああ、大丈夫です。慣れれば元気になるんで」
絶賛人見知りを発動中のコトを横目に答える。
「それで、話って一体……?」
「そうだったわね。聞きたい事は幾つかあるけど、まずは……そうね。二人が今装備している腕輪。それってどうやって手に入れたのかしら?」
ラルカの視線は月下真煌の腕輪に向けられていた。
「こいつですか? 近くにあるダンジョンで……」
「あ、ごめんなさい。質問の仕方が悪かったわ。——どうやって隠しフロアのボス、白碧の青龍蝦を倒したのかしら?」
「……っ!?」
「ふふっ、その様子だと君たちが倒したで間違いなさそうね。気づいているかどうかは分からないけど、君たちが倒したあのモンスターってとても強いことで有名なの。それこそ並のプレイヤーなら殆ど返り討ちになるくらいに。なのにそれを初期防具で倒すなんて、一体どうやったの?」
……いやまあ、ちょっと他のボスとは格が違いそうだなとは思っていたけど。
通りであんなふざけた攻撃をしてきたわけだ。
「そんな大した事はしてないすけど……」
全部話してしまっていいのか逡巡するが、まあ隠すようなことでもないか。
そもそも腕輪の存在を知ってるということは、誰にも知られてないユニークアイテムとかそういう感じでもなさそうだし。
そんなわけで掻い摘んで白碧の青龍蝦との戦闘内容を話すことにした。
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