その輝きは誰かに届いて
「——以上、
充足感たっぷりな笑顔を浮かべて、コトは高らかに叫ぶ。
それから深く頭を下げれば、見ていた観客からはまばらながらに、でも前回よりも大きな拍手が返ってきた。
追随するように俺も軽く頭を下げる。
達成感と高揚感と疲労感。
それと一抹の寂しさが入り混じったような、そんなよく分からない感情が胸の内から込み上げてくる。
視線を戻し、周囲を見渡す。
(……前よりは見てくれる人が増えたか)
つっても、せいぜい四、五人程度だけど。
それでも大きな前進であることには変わりない。
「また近いうちにどこかの街で路上ライブやるので、時間があればまた見に来てくれたら嬉しいです! あ、それとSwitterアカウントもあるので、良ければフォローお願いしまーす!」
言って、コトはインベントリからアカウントのIDが書かれたボードを取り出し、大きく掲げる。
……いつの間にそんなの用意したんだ。
まあでも、深く気にするものでもないか。
後ろでコトを見守りながら、俺はフッと笑みを溢す。
(——ちゃんと、改善できたじゃねえか)
前の演奏終わりの瞬間は、頭真っ白になったまま、ただその場に突っ立っていた。
だけど、二度目ということもあって幾らか余裕が生まれていたのだろう。
今はちゃんと立ち止まって見てくれた人達の顔を見て、心の底から楽しそうに笑っていた。
そうだ、お前はそれでいい。
強く思った時、ふいにカナデの姿が目に止まった。
演奏を始める前より数歩こっちに近づいていて、どこか熱を帯びた眼差しはコトへと向けられていた。
——羨望と憧憬。
ミントカラーの瞳には、そんな想いが宿っているように見えた。
コトの演奏に魅力を感じてくれたことに嬉しく思っていると、俺の視線に気づいたからか、ふとカナデと目が合った。
「……あ」
途端、カナデの顔がみるみる青褪め、目線が泳ぎ始める。
数秒後、明らかに狼狽えるような素振りを見せてから、目にも止まらぬ超速ウィンドウ操作でファストトラベルを使い、どこかへ消え去ってしまった。
「まずったな……変にビビらせちまったか」
呟くと、コトが俺の方を振り向き、
「あれ、どうかした?」
「いや、特になんかしたってわけじゃねえんだけど……カナデをビビらせちまったみたいでな。たまたま目が合ったら、怯えた感じでどっかに行っちまった。悪い、後で話したかっただろ?」
「まあ、できたらお話はしたかったけど……カナデちゃんだからな〜。後でメッセージを飛ばすとするよ!」
コトは軽快に笑い、流してくれた。
何はともあれ、二回目の路上ライブも無事に終えることができたのだった。
* * *
あの人には悪いことをしてしまった。
グラシアに転移した後、少女は罪悪感と少しの後悔に駆られていた。
分かっている。
別にあの人が怒っているわけでも、睨みつけただけでもない。
ただたまたま目が合っただけなのだと。
勝手に自分が壁を作って、怖がってしまっただけなのだと。
……でも、怖いものは怖い。
せめてネット上では他人と交流できるように、と始めたMMORPGだったが、対面してしまうとどうにも弱腰になってしまう。
結局、このゲームを始めてそれなりの日数が過ぎたが、ずっと一人でプレイしてばっかりだ。
「……はあ」
ため息。
肩を落としながら歩いていると、通行していたNPCと肩がぶつかってしまう。
「すすす、すみませんすみません……!」
咄嗟に何度も頭を下げて誤り、少女は逃げるように急いでこの場を離れる。
——また、やってしまった。
さっきの眩いばかりの光景を目にした後だと、今の自分がより惨めに思えてくる。
……私もあんな風にキラキラしたいのにな。
数日前の大型アップデートに合わせてジョブを音楽士に変更したのも、楽器が出来る様になればこんな自分でもちょっとは人気者になれたりするのかな、なんて淡い期待を抱いだからだ。
……まあ、ジョブチェンジしてから楽器武器を買おうと店に入るまでに三日かかった上に、偶然遭遇した野良プレイヤーの助けがなければ購入することすらできなかったのだが。
宿屋に戻り、少女はベッドに腰を降ろすと、インベントリから先日購入した楽器を取り出す。
バタークリームみたいな色のボディが特徴のエレキベース。
なけなしの全財産を叩いて購入した初めての楽器だ。
ベースを太腿の上に置き、動画サイトを開く。
検索欄に[ベース 初心者]と入力し、再生数が多く、かつ分かりやすそうなサムネイルの動画を選び再生する。
動画の説明に合わせて、見様見真似で弦を鳴らしてみる。
が、音の粒はバラバラだったり、そもそもの音が小さかったりと散々だ。
「——だめだ、全然上手くいかない」
投稿者は動画の最後に根気が大事だと言っていたが、それより先に心が折れてしまいそうだった。
だけど——、
「……もうちょっとだけ頑張ってみようかな」
思い出す。
太陽みたいに輝く笑顔で、見ている人間を魅了するような演奏をしてみせたギター少女の姿を。
見ず知らずの自分に良くしてくれた少女の優しさを。
「よし……!」
意を決し、少女はもう一度動画を再生することにした。
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