一の型【破桜】
——悟る。
やべ、死んだ——じゃねえ!!
膝から崩れ落ちるように仰向けに倒れる。
受け身なんて取ってる余裕はない。
背中と頭部が勢いよく地面にぶつかると、ゴッと鈍い音と共に痺れと衝撃が走る。
痛みは一切無い。
痛覚は衝撃やら痺れやらに変換されるからだ。
代わりに自傷ダメでHPが何割か削れたが、紙一重で尻尾による薙ぎ払いを回避することに成功した。
「——ケイ!!?」
「大丈夫だ! まだ生きてる!」
一度、巨大シャコから距離を取る。
俺はインベントリからポーションを取り出し、さっと飲み干す。
ガロウマル楽器店を後にしてから立ち寄った道具屋で購入したものだ。
他にも幾つか回復アイテムを購入してある。
ふう……どうにか九死に一生を得たか。
けど、次同じ状況に陥ったら今度こそ避けられないだろう。
今のは自分でもびっくりするくらい無意識かつ神懸かり的な回避だった。
そして、その背景にはコトがかけてくれたバフがあった。
(……もうしくじらねえ)
気を引き締め直していると、ギョロリと複眼が俺へと向けられる。
今度は俺に狙いを定めたようだ。
巨大シャコは俺に正対し上体を持ち上げてから、砲弾みたいな空気弾を放つ。
すぐ真横を白いエフェクトが掠めたのを尻目に、再度巨大シャコの側面に回り込みながら肉薄する。
なんで俺を狙い始めたかは分からんが、俺にヘイトが向くなら結構……そうなれば、コトがフリーになる。
「お前、狙う相手間違えてんじゃねえか? ……ま、こっちの方が好都合だけど」
——激しい電気の濁流が、巨大シャコの頭部を貫く。
攻撃の矛先が変わり、落ち着いて演奏できるようになったことで音撃の操作性が向上し、エネルギーを一方向に収束させた電撃を放てるようになっていた。
強烈な紫電が散る。
電撃が直撃した箇所には、微かなひびが生まれていた。
(……本当にえげつない火力してるよな、あれ)
反撃に備えつつ攻撃の間合いに入り、思い切りバチを振り抜く。
相変わらず甲高い音が響くだけで、有効打を与えられてはいなさそうではあるものの、ここでふとあることに気がつく。
——動きが静かになった……?
さっきまでは俺が殴り続けているにも構わず、コトに向けて空気弾を飛ばしていが、今は不自然に動きが止まっていた。
電撃で麻痺になったか……いや、それならエフェクトみたいなものが生まれるか、痺れているようなモーションになっているはず。
何か別の要因があるってことか……?
全力の攻撃を続けながら考える。
少ししてからようやく巨大シャコが動き出すようになった頃、一つの答えに辿り着く。
もしかして——、
思った——次の瞬間だった。
巨大シャコの方を振り向きながら、棍棒のような前脚を使ったパンチを繰り出してきた。
「チッ……」
さっきの攻撃を踏まえ、何かしらの攻撃が来ても良いように警戒はしていたから、回避は容易だった。
すぐに横へ跳んで、余裕を持って前脚の間合いから逃れる。
……が、前脚が振り抜かれた直後、バチン、という破裂音と同時に目の前で謎の衝撃波が発生し、俺の身体は後方へと吹き飛ばされた。
「が、はっ……!?」
「ケイ!!!」
——コトの悲痛な叫びが聞こえる。
何度も地面に叩きつけられ、それでも勢いは止まらず、足場の端っこギリギリまで転がり続ける。
あと少しでも飛ばされれば水中に落ちるというところで、ようやく動きを止めることができた。
「はあ……はあ……あっぶねえ、ガチで死ぬところだった……!!」
HPバーを確認すれば、九割近くが消失してしまっている。
ダメージの大半は衝撃波そのものというより、地面を転がった際の自傷ダメージによるものだ。
おい、なんでこれで死にかけてんだよ。
なんて思いかけたが、よく考えずとも初期防具に何一つ強化していないVITというペラッペラの紙耐久なのだから当然の結果だった。
せめて防具は新調しておくべきだったな。
今更ながら初期防具のままでの攻略は些か無謀だったか。
ちょっとだけ杜撰な下準備をした自分を顧みながら、俺はインベントリから取り出したポーションを飲み干す。
「心配しなくても大丈夫だ、ちゃんと生きてる!!」
それからコトに生存報告をして、目の前で両腕を広げている巨大シャコを精一杯睨め付けた。
今のは多分、キャビテーションを元に作られた攻撃……といったところか。
シャコが水中でパンチを繰り出す時、あまりの速さに脚の周りに衝撃が生まれるという。
それを陸上でも似た効果を発揮するように再現したのだろう。
近くにいれば防御不可な二重の衝撃のパンチを繰り出し、離れれば砲弾のような空気弾を飛ばし、回り込めば鋭い尻尾による薙ぎ払いを放つという高い攻撃性能。
防御面に関しても全身を覆う甲殻が大半の物理攻撃を機能不全に陥らせ、四方をカバーできる広い視野で敵の位置を把握できる。
……これでこそボスって感じもするが、普通に凶悪にも程があるだろ。
まあ、シャコってほとんど天敵がいないっていうし、これだけ盛られてても納得の強さではある。
——でも……だからこそ、付け入る隙がある。
「——コト!! 頭を狙え!!」
「……え、頭?」
「そう、頭だ! できれば複眼付近!」
「うん……分かった!!」
言って、コトは弦を掻き鳴らし、放電音撃の準備を始める。
すると、攻撃を察知した巨大シャコがターゲットを俺からコトに戻そうと身体を回転させた。
さっきの攻撃でターゲットの優先順位が変わったか……!
「おい、よそ見してんじゃねえよ」
複眼の動きを注視しつつ、強く地面を蹴る。
距離を詰めながら、バチに全MPを注ぎ込む。
——バチに黒いオーラが纏う。
片方には揺らめく炎のようなエフェクトが、もう片方には不規則にノッキングする雷のようながエフェクトが発生する。
これらを見ていると、不思議と力が湧いてくる……ような気がした。
巨大シャコが空気弾を飛ばす予備動作に入る直前、俺は巨大シャコの背甲に飛び乗り、渾身の振り下ろしを叩きつける。
「破ッ!!!」
刹那——ダイナマイトを爆発させたかのような轟音が洞窟中に響き渡り、巨大シャコの身体がビクンと大きく跳ね上がった。
——
説明文には内部破壊の効果があると書いていたが、硬い甲殻に覆われた巨大シャコにはかなりの有効打となったようだ。
流石、スキルポイント90も消費するだけのことはあったってことか。
ちゃんと強敵相手にも通用するじゃねえか……!!
身体が跳ね上がったことで空気弾の狙いがズレる。
前脚のパンチは真上に向かって繰り出され、放たれた空気弾は天井にぶち当たる。
瞬間、天井が崩落し、大量の岩石が巨大シャコに向かって降り注いできた。
巻き込まれないよう即座に離脱してから間もなくして、大小様々な岩石が巨大シャコを押しつぶそうとする。
大半は甲殻によって弾かれていたが、直径五メートル近い巨大な岩塊が巨大シャコの頭部付近にぶつかると、その重みと衝撃で今度は地面に叩きつけられていた。
「ケイ、ナイス!!」
「コト、ぶっ放せるか!?」
「任せて! それじゃあ、いっけー!!」
起き上がる間もなく、今度は音撃による電撃の奔流が巨大シャコに襲いかかる。
限界まで一点に収束した紫電が複眼ごと頭部を飲み込むと、再び巨大シャコの動きがピタリと止まった。
「よし! ナイスだ、コト!」
「えへへ、いえい!」
コトは眩いばかりの笑みを浮かべて、ピースサインを作ってみせる。
それを横目に俺は、散らばった岩石を掻き分けながら巨大シャコの頭部に登った。
……やっぱり、思った通りだったか。
シャコは全動物の中でも飛び抜けて突出した視覚を持っているというが、同時にこの視力の良さが弱点にもなっていて、戦いの最中に目をやられた場合、たちまち戦意を喪失するという。
最初に動かなくなったのも複眼に攻撃が命中したからだろう。
まあ、流石に一定時間が経てば戦意が復活していたが、もしこれが永続で続けばどうなるのだろうか。
インベントリから紫の液体が詰められた小瓶を取り出す。
マジックポーション——失ったMPを即座に回復してくれるアイテムだ。
マジックポーションを一気に飲み干し、MPが全快したのを確認してから回復したばかりのMPを全てバチにぶち込む。
黒の炎と雷が纏い、攻撃準備が整ったすぐ後、俺は眼柄の付け根を狙って一の型・【破桜】を放った。
「——はっ!!」
バチを叩きつけた瞬間、地鳴りのような音が轟き、二つある複眼が眼柄の根本ごと遠くに吹き飛び、地底湖の中へと沈んでいく。
念の為、また動き出さないかしばらく様子を見ていたが、視力を失った巨大シャコは完全に沈黙したままだった。
「……終わり、だな」
後は残ったHPを削り切るだけの簡単な作業だ。
「けど、もう一仕事やっとくか」
もう一度MPポーションを使い、バチにMPを注ぎ込む。
放つスキルは【破桜】ではなく渾身一打——狙いは足元、コトの雷撃と落石によって大きくひび割れた甲殻だ。
あとちょっとの衝撃が加われば、破壊できそうなくらいに脆くなっていた。
これなら俺の貧弱STRでもいけるだろ。
バチを打ち付けて太鼓の音が鳴り響くと、ついに堅牢だった甲殻が砕かれる。
グロテスクな表現を抑えるためか甲殻の下は、白く濁ったようなポリゴンで覆われて中身が見えないようになっていたが、ポリゴン部分にもしっかり攻撃は通るみたいだった。
「うし……コト、こっち来てくれ!」
「はいはーい。でも、近づいて大丈夫なの?」
「ああ、問題ない。目が復活しない限り、多分もう動くことはないから」
言うと、コトは警戒はしつつも俺の元に駆け寄ってくる。
俺も万が一に備えて、最後のマジックポーションを使い、いつでも【破桜】を放てる準備はしておいたが、巨大シャコは沈黙を続けたままだった。
「来たよー。で、アタシは何をすればいいの? まだ倒せてないみたいだけど」
「このポリゴンに向かって全力で電撃をぶち込んでくれ」
「……なるほど。了解、任せといて!」
真下を指差せば、状況を把握したコトが早速、電撃を迸らせるリフを刻み始める。
俺は巻き込まれて感電しないよう離れた位置で見守り、何度か音撃と電撃が放たれると、ついに巨大シャコのHPが尽きる。
甲殻全体に亀裂が入り破砕すると、すぐさま光の粒子となってその巨体を爆ぜさていった。
——これで撃破完了だ。
しかし、急に巨大シャコが消滅したことで足場を失ったコトは地面に落下し、尻餅をついていた。
「んぎゃっ!? いてて……着地ミスったー」
「締まんねえな……ほら、立てるか?」
「ありがと」
そして、コトを引っ張り上げると、バトルリザルトが出現するのだった。
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レベルが25に上がりました。
ダンジョン『水月の鍾乳洞』をクリア。
・アイテム”月光水晶”を入手しました。
隠しフロア『月光の地底湖』を発見。
・アイテム”ブルーナ鉱石”を入手しました。
隠しボス【白碧の青龍蝦】を討伐。
・SP10獲得しました。
・PP10獲得しました。
・称号『地底湖に潜む怪物を討伐せし者』を獲得しました。
・称号『光と戦を奪う者』を獲得しました。
・アクセサリ”月下真煌の腕輪”を入手しました。
・アイテム”無空衝打の書”を入手しました。
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