デモプレイと緊急メンテ

 購入後、早速スペースを作ってもらって部品達を並べ、ドラムセットを組み立ていく。

 一応、組み立てが完了した状態でインベントリから呼び出せもするみたいだが、こういうのは自分で一から組み立てるからこそ愛着が湧くというものだ。


「……ざっと、こんなところか」


 部品毎の細かな調整を済ませ、俺はドラムスローンに腰掛ける。


「あ、悪い。試しにちょっと叩いてもいいか?」

「勿論、いいわよ。他にお客さんもいないし、気の済むまで叩いていいわよ」

「サンキュー」


 了承を得たところで、ドラムセットを買ったおまけでくれたドラムスティックを握りしめる。


 ——よし、やるか。


 頭の中で四カウントを数える。


 クラッシュとバスドラを同時に鳴らした所から始めるのは、ゆったりとしたテンポでの8ビート。

 クローズしたハイハットで八分音符を刻みながら一、三拍目にバスドラ、二、四拍目にスネアを叩く至ってシンプルなビート。

 初心者がまず始めに叩くであろう簡単なフレーズを一つ一つ丁寧に叩いていく。


 バスもスネアもハットも、音はリアルの生ドラムと変わらない。

 キックペダルもハイハットペダルの踏み心地も一緒だ。


 やべえ……滅茶苦茶再現度高えじゃん。

 正直、そこらの電子ドラムよりも完全にこっちの方がドラム叩いてるって感じがする。


 そろそろ音を増やしてくか。


 シェイクビート——三拍目のバスを二発踏み、適当な裏拍にゴーストノートのスネアを入れていく。

 完全に手癖で叩いてるけど、分かりやすくドラム演奏してますよ感が出せるから結構好きなビートだったりする。


 表拍のスネアをリムショットに変え、口径が小さいことで元から高いスネアの音色を更に甲高くする。

 普通のドラムセットであればうるさくなるだけだが、最低限しかないこのセットであれば良いアクセントになる。


 二小節毎にテンポを加速させていく。


 BPMをちょっとずつ上げ、十六小節目でスネアとハイハットのフィルを入れてからビートを変化させる。


 拍の頭でぶちかましたクラッシュを皮切りに、180オーバーのBPMで繰り出すのは、ハイハットにアクセントをたっぷり入れた16ビート。

 ハイハットを暴れさせている分、バスは拍に合わせて力強く踏み抜く。


 チュートリアルエリアでコトとセッションした時は、岩しか叩くものが無かったから思うようなビートを刻めなかったが、今なら思う存分に叩くことができる。


 時折、スネアのフィルを織り交ぜ徐々にテンションを上げていく。

 途中でハイハットのオープンクローズで裏打ちのような跳ねたビートに切り替えながら、最高に盛り上がった所で放つのは、全身全霊を込めた十六発のシングルストローク。

 最後にバスドラと合わせたクラッシュのシンバルチョークで演奏をストップさせた。


 ——静寂が走る。


「はあ……叩いたー」


 やり切った。


 身体の奥底から指の先まで充足感で満ちる。


 やっぱ、ドラムを叩くのが一番楽しい。

 俺は心の底から強く、強くそう思う。


「ケイくん、あなたも凄いじゃない! 精密なリズムでありながらパワフルな音圧。んん〜っ、堪らないわ! あたしとても感動しちゃった!」

「うす。どうもっす」

「良かったじゃん、ケイ。でもそんな澄ましてないで、もっと嬉しがっても良いんだぞ、このこの〜!」

「生憎、これがデフォだっつーの」


 分かって言ってるだろ。


「でもまあ、これでアタシもケイも楽器を手に入れることができたわけだし、ようやく念願のストリートライブができるね!」

「そうだな。店長には感謝しねえとな」

「ふふ、どういたしまして。それと、こちらこそ素敵な演奏を聴かせてくれてありがとね。おコトちゃんもケイくんも、とっっってもカッコ良かったわよ」


 両手を組みながら、餓狼丸は乙女のような笑顔を浮かべた。


「……でも、支払いはちゃんと頑張ってね♡」

「「ゔっ!!」」


 俺が二十五万、コトが十五万の合計四十万。

 返済いつになったら終わるんだろうなあ(白目)。


「そんなに不安にならなくても大丈夫よ。このゲーム、強いモンスターの素材を売ったり、レアな鉱石を採掘したりして頑張れば、数十万くらいならすぐに稼げるから」

「強いモンスターの素材……」

「レア鉱石……」


 言って、コトと顔を見合わせる。


「……イケると思うか?」

「んー……今のアタシらじゃキツくない? 二人ともゲーム攻略想定してないし」

「だよなー」


 器用極振りでまともな戦闘ができるかどうかと訊かれれば、答えは否だ。

 さっきのジャイスラはどうにかなったが、あれは色々な要因が上振れした結果だ。


 道中の雑魚相手ならともかく、ボスクラスを倒すとなると厳しいものがあると言わざるを得ない。


「……ま、お金のことはまた後で考えるとして、今はライブする場所を探しに——」


 その時だった。

 ピロン、という効果音が鳴ると、目の前にウィンドウが表示される。


 ウィンドウに書かれていたのは、運営からのメッセージだった。


「……何これ?」

「さあ」


 俺だけでなく、コトと餓狼丸にもメッセージが届いている。

 どうやら全プレイヤー宛に発信されたもののようだ。


 中身を確認してみるか。

 えっと——、




————————————


 ジョブ音楽士の通常攻撃の範囲設定に不具合が確認された為、緊急メンテナンスを行います。

 メッセージの配信から三十分後に強制ログアウトが発生しますので、プレイヤーの皆様はご注意願います。

 その他、細かな修正等も行いますので、詳しくは公式HPをご確認ください。


 また、メンテナンス終了時刻は未定となっております。


————————————




 なるほど、あの攻撃範囲って不具合だったのか。

 通りでジャイスラが発生するほど、モンスター狩りまくってしまってたのか。


「まあ、それはどうでもいいとして……今日のところは、ライブはお預けだな」

「ええーっ!? そんなあ……!」


 肩をがっくしと落とすコトの背中をポンと叩く。


「そんな気を落とすなよ。また明日、気を取り直していこうぜ」

「……はーい」


 それから餓狼丸とは別れを告げ、近くの宿屋でセーブをしてログアウトすることにした。

 ちょっと消化不良ではあるものの、このようにして記念すべきオリヴァ生活一日目を終えるのだった。

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