『亡国の作家としてのエッセイ』

小田舵木

『亡国の作家としてのエッセイ』

 寝坊をしたものに残される席はない。シンプルにまずい。

 私は最近さいきん疲れているらしいが。だからといって寝坊をしていい理由にはならない。

 私のような日雇いで働く人間の仕事は早いもの勝ちなのである。

 今から斡旋所あっせんじょに行った所で仕事は残ってはいまい。


 今日は休みだ…一瞬そう思いはしたものの。

 

 人情なんかに期待してはならない。

 あるのは常にであり。

 ではどうしたら良いか?

 時刻は15時。昼も回りきった、ほぼほぼ夕暮れの時刻。


 私は追い詰められているのだった。

 日々の生活費に事欠く私にとって1日のサボりは1日の断食に似る。


 部屋を漁れば。

 朝飯わりに買っていたジャム入りコッペパンがあり。

 そいつをかじって脳にブドウ糖を供給してやって、妙案を絞り出そうとするのだが。

 全く浮かばないのだ。万事休す。今日は水でも飲んでしのぐか?そう思わないでもないが。

 疲れた体に断食はよく効くだろうな、と思うのだ。

 

                   ◆

 

「やっちまったな」そうつぶやくは川原である。

 家のと斡旋所あっせんじょの間にある川原。そこには職にあぶれた者たちがまっており。

「やらかしたかい?」そう問うは友人。彼もまた日々のかてで暮らす『』のお仲間であり。

「寝坊…しちまった」私は彼にそう言う。

「同じく」なんて言う彼は妙にスッキリしているのは気のせいか?

「食うもんあるのか?」私はく。その余裕ぶりは夕飯ぐらいは確保している男のそれであり。

「ある訳ねえだろうが…あったのは酒」片手にはウィスキーのポケットボトル。

「買っとけよ、食料」あきれざるを得ない。酒を買う金があれば、今日の飯代めしだい位は何とかなるのだ。

「宵越しの金は持たない主義でね」うそぶく彼は最高に格好悪い。

「そんなんだから『』なんだよ」私は自分を余所に彼をなじり。

「まったくだ…む?」彼はボトルを私に向け。

「貰おうか」酒でも呑まないとやってられない気分なのは間違いない。

 

 彼から貰ったボトルを軽くあおれば。

 冷たくて熱い液体が口から喉を伝い。胃に収まって。

 多少、気が晴れてくるのだが。どっちかって言うと開き直りの向きがあり。

  

「かあ。効くねえ」

密造酒みつぞうしゅは効くよなあ。色んな意味で」この国では。国家は酒より有用な課税さきを見つけてしまい。健康を害する飲料はあっという間に禁制になった。

禁制きんせいに触れるのは心地良い」なんて悪ぶってみるが。

「ま、コイツよりもたちの悪いもんが蔓延はびこっている世の中だけど」

「そんなモンにさえ触れられないのが我々さ」

「全く底辺ってのは」

「ままならない…」

 

                 ◆

 

 国家は酒類の代わりに何に課税したか?

 たぐい。インターネットも漫画も映画も音楽もアニメもゲームも、そして小説も。

 寸法すんぽうで。

 まあ、その税制のお陰で―あっという間に業界は縮小したのだが。

 例えば私がいた物書きの世界。1文字に対してをかけた結果。

 長編の物書きはのき並み死に絶え。短編が一時隆盛りゅうせいしたが、そこにまた増税の波が押し寄せて。

 

 気がつけば私は失業者なのだった。

 しがない物書きの一端いったんにいた私が誌面しめんを追われるのは時間の問題だったのだ。

 

                 ◆

 

たまに漫画みたくなるやね」隣の彼はそう言って。

「あーなるなる」1コマに対しての税がかけられた漫画界は―最終的に4コマ漫画が天下をとり。インスタントな娯楽を国民に提供している…今もなお。

「映像はもう死んだよな」

「なんせフィルムのコマごとに税金かけたからね」

「シーン立ち上がる前に本編わるっつう」

「あーあ。金持ちだけの娯楽になっちまって」

「つまんねえ世の中だよ」

「まったく」 

 

                 ◆


 パンとサーカス娯楽。なんて昔から言われる事だが。

 

 だから。こうやって―禁制の酒をすすり、川原で愚痴を吐くことしか出来ず。

  

 そこには確かな地獄はあるが。

 別に娯楽がなくても人は死にはせず。ただ退屈があるだけで。

 こうやって―暇をしながら死んでいくのかね?そう思うと憂鬱で。

 

「革命でも起こすかあ」なんて友人氏は気炎きえんを吐くが。

「んな気概のあるやつは絶滅したっての」この国の支配体制は堅い。だ。

「まったくだ。死ぬのはエンタメ娯楽界でしがなく飯を食ってた我々みたいなもんだ」彼は昔は映像作家であり。

「こうして文化は死に絶える」私はそれっぽく批評し。

「ま。その頭には『貧乏人も享受できる』ってのがつくけどな?」

「それは言えてるな」

?」

「国家の枢要すうように阿呆が増えた証拠さ」

「違いない」

 

                  ◆


 ちなみに。

 我々があぶれた仕事の話なのだが。

 まさしく、エンタメ娯楽

 職業としての『作家』や『映像作家』の仕事を追われた私達だが。

 出来ることなんて、そうもないのだ。元のサヤに収まってしまうのが一番楽であり。

 『その日暮し』―そのケツにはこの言葉が足される『のクリエイター』。

 

 我々は奴隷のようなものだ。

 名前を出さず、ほぼ官製かんせいのしょうもないエンタメに知恵を貸しているのさ、ノンクレジットでね。

 そこには皮肉がある。我々は国家に反する気概の芽を持ちながら、国家の産むエンタメに手を貸しているのだ。

 

                 ◆


「こうやって川原で愚痴るくらいなら」私は言い。

だな」彼はこたえる。

「君は大変だろうけど」彼は映像作家だから人が要るのだ。

「お前はいいじゃんよ、頭と紙と鉛筆さえあれば書ける」

「…せめてパソコンがあれば良いんだけどな」売り払って幾年いくねん経つか。

「手作業で頑張りなさいよ」

たまに書いては見るんだけど」

「…虚しくなるってか?」

「そうなんだよ。読者を想定しない書物かきものってのが如何いかにつまらないか実感させられる」

「硬直化していくからな」

「それな。読む人間を意識してない書物っての自慰行為自己満足以外の何でもない」

「…昔は良かった、なんて言いたくないが」

「そう思わざるを得ないよなあ」

 

                 ◆


 川原はあかね色に包まれて。

 私達はそこで顔を真っ赤にしながら酒を飲み、愚痴を撒き散らし。


「いっその事『』にでも行くかあ?」なんて言い出す友人氏。

 

 『お隣』とは。我が国にとなりあう国家の事で。そこではまだ、娯楽に課税がなされておらず、我々のような『その日暮らし』にもニッチが確保できそうな国の事である。

 

「私達も―あの国でなら創作出来るのかねえ」

「そういう出来る出来ないの問題ではなく。機会が与えられるか与えられないか?の問題だろうが」

「そりゃそうだが」

「ようは俺達のガッツの問題だろうが」

「どうせ、この国に居ても無駄ってヤツ」

「その通り」

「…ヤケ起こすかい?」

「チャンスかもしれんぜ?」

「死ぬ?」

「違えよ、バカ」

 

                 ◆


 かくして。

 千鳥足ちどりあしの我々は国境線に潜んでる。

 陸続きの国境は―国境警備隊ががっつり警備しており。

 

「コレは無理なのでは?」かく言うしかあるまいて。

「無理を為しての亡命さ」彼はそううそぶくが。

「…我々に武器はない」

「なんせ『その日暮し』だからな…しかし。ここに爆竹ばくちくがございましてね」彼の右手には火薬の塊があり。

「…んなモン何処から?」

「『仕事』の余りをちょろまかした」

「ああ。そういや君は特撮チームに行ってたっけな」

「そそ。昨日ちょうど戦闘シーン撮ってた訳よ」

「コイツで気をらせるか?」疑問だ。

「まま、たばねちまえばちょいとした爆発音は鳴る」

安直あんちょくな」

「作戦というのはシンプルであるべきだ」

「どうせ駄目で元々だしな」

「そういう事っちゃ」

 

                 ◆

 

 我々は―国境をおおう森の奥に爆竹を束ねた爆弾を仕込み。

 伸ばした導火線にライターで火を着けて。

 国境線に早足で戻り。

 警備隊を見守る作業に戻り。

 そこに轟音ごうおんは鳴り響き。

 現場に駆けつける警備隊を余所に千鳥足ちどりあしの我々は国境を越え。

 エンタメ娯楽不自由の国を脱したのだった。

 

                 ◆


 あの国を脱して数年が経つ。

 私は―しがない物書きを続けている…WEB上で。

 この国でも―もう誌面というモノが存在できてないのだ。

 そこには強烈な生存競争があり。

 日々更新していかなければあっという間に忘れられる…なんだか、あの国にいた頃を思い出さないではないのだ。

 

「寝坊だ!!」起きたのは15時。今日も更新せねば―私の存在など忘れさられてしまうのだ。

 とりあえず―私の経験談でも書いてお茶を濁すか…

 そういう風に書かれたのが本編である。

 

                 ◆


 …というホラ話をでっち上げて今日はお茶を濁しておくか。

 

 


                 ◆

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『亡国の作家としてのエッセイ』 小田舵木 @odakajiki

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