最後の勝負

第24話

「尾神さん、昼食にかけそばだけなんて栄養が」

「たまには簡素な昼でいいのよ。すぐに食べ終わるし」

「葉月さんは割としっかり食べるんだね」

「しっかり食べないとエネルギーが枯渇してしまうもので。鈴音さんもその量で足りるのですか」


 昼休み。学食でアタシ、美里、葉月さんの3人で座ってお昼を摂っていた。

 食べ終わった美里が箸を置き、おもむろに口を開いた。


「なんというかさ……新鮮味のある面子だよね?」


 語彙を選んだような言い方だった。

 この3人で遊んだりご飯を食べたりすることがなかったので、新鮮と言えば新鮮だ。


「美里と葉月さんって関りなかったの?」

「初絡みじゃない?私は葉月さんのことは知ってるけど、逆に葉月さんが私のことを認知しているかどうか」


 なんと、意外にも美里が絡んだことなかったとは。いやまぁどんなコミュ力つよつよ陽キャだろうと、接点がないクラスメイトの1人や2人はいるのだろうけど。全員と接しなきゃいけない決まりがあるわけでもなし。

 これが美里との初顔合わせとなった葉月さんからは、アタシに絡むような熱量は見受けられなかった。

 語尾にビックリマークがつかないようなトーンでいるのは食事中だからだろうか。


「尾神さんからお昼を誘われるのは珍しいですが、どういう風の吹き回しです?」


 定食をたいらげた葉月さんに問われる。

 葉月さんの疑問はその通りで、アタシが美里以外の誰かを誘うことはなかった。


「美里にはいつか話したかったし、葉月さんはなんていうのかな。対抗心を燃やされてアタシと似てるなって思ったから」

「私と尾神さんが……?」

「葉月さんはアタシのことを目の上のたん瘤だと思ってる。アタシは妹の晴香をライバル視してる。そう考えたら親近感が湧いてきてね」


 やたら葉月さんに絡まれて鬱陶しいとか感じなかったのは、心のどこかで似た者同士だと認めていたからなのかも。

 その頃は晴香以外の人間には関心を持てていなかったけど、多少は余裕が出てきた現在は葉月さんとだってコミュニケーションが取れる。


「凛が遂に妹さんのことを……!」

「ずっとはぐらかしていたのはアタシの中でモヤモヤしていたから……でもいろいろ過ごしてきて、このままじゃ何一つ納得できないって」

「それと妹さんが関係ある、と?確か妹さんは入学後から座学でも体育でも皆の注目を集め続けているという」


 葉月さんも晴香の噂は聞き及んでいるようで、線をなぞるように呟いた。

 晴香の注目度は上がり続ける一方で、それに見合うだけの努力を継続できるのは容易いことじゃないと思う。


「アタシは晴香のことが好きだけど、その好きを上回るくらいに劣等感も抱いていたわけ。でもこれからは約束を果たすためにも気合を入れないとね」


 コンプレックスとか言って抱え続けだけじゃ、アタシにとってプラスになるものがない。

 ここで行動を起こしていかなければ、清々しい心持ちで晴香の隣にはいられないだろう。


「だから葉月さん。期末はアタシが圧勝します」


 葉月さんだけでなく、自分自身に言い聞かせるよう宣言した。

 手始めに眼前の目標を突破して、少しずつ活力を蓄えておきたい。


「圧勝も何も私は尾神さんの成績を超えたこと、ないんですけど……」


 宣言を聞いた葉月さんはジトッとした目でアタシを見た。


「それも少し上、くらいのことだったじゃん。今回はもう完全勝利するって決めたから」

「上等です!私だって超本気で迎え撃ちますから!」


 挑戦し甲斐のある姿勢を葉月さんは向けてくらたのだった。

「この座標を通る接線は――」


 その日、寮に帰った後からアタシは猛勉強した。

 期末で求められる教科を余すことなく復習していく。特につまずくことはなかったけど、半端に勉強していたツケを払わされている感じがして反省した。


 とにもかくにも目標は期末などではない。葉月さんに宣言した手前その勉強はもちろんするけど、最終的な目標は晴香と並べるようになること。期末で良い点数を取る、首位を取ることは通過点だ。


「凛?ちょ~っと質問したいことが」


 おずおずと美里が声をかけてきて、それも快く対応する。


「いいよ。どれ?」

「ありがと!この数列の範囲なんだけど――」


 美里の疑問点を解消する手伝いをしつつ、アタシは来るべき日に備えて集中力を高めた。


「尾神さんはどうなんです?」

「凛って呼んでくれていいよ」

「そうですか、では凛さんも名前で呼んでいただいても――」


 その途中、葉月さんと少し仲良くなるという出来事もあった。


「妹さんは凛さんでも打ち砕かれるほどの方なんですね……」

「アタシだって打ちひしがれることはあるよ、人間だもの。それよか小芭瑠さんは晴香にライバル心とか持たないの?」

「凄い方というのは聞き及んでいますけど、私には身近な存在ではないので……凛さんの態度が気になったのは、妹さんより近くにいたからですね」


 それもそうか、と言って思った。

 学年が違ったとしてアタシともっとも距離が近いのは晴香だし、だから小芭瑠さんは眼中にもなかったわけだし。その相手の視界にすら入っていないとなれば、俄然闘争心が燃えてしまうことだろう。

 晴香ならアタシのことは見てくれるだろうけど。

 その視線が同じ高さにあるかは別問題。自分を納得させるため、できることをやるしかないのだ。

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