姉妹の夏休み

第8話

 晴香相手にドキドキするという失態から時が経ち、夏休みが近付いた。

 ギラギラと輝く太陽の光を受ける寮の部屋で、アタシと美里は期末試験や夏の予定について話し合っていた。


「心ここにあらずって様子だね」

「こんだけ連日暑ければ気力も削れるわ」

「凛でダメだったら私は屍なのでは?私の心はこの世のどこかに消えました」

「ゾンビになっても期末試験は回避できん……」

「うわああああ」


 唐突に叫びだした美里はシャーペンを放り出して床に寝転がった。

 気持ちは分かる。美里は参考書を1ページも進めていないし、アタシもシャーペンで文字を書いているだけ。問題文が暗号にしか思えなくなるのは珍しくないけど、今はアラビア語を眺めているような気分だった。

 そう、暑くて気力が削られているのは嘘じゃない。エアコンは点けているものの利くまでが長い。大して広い部屋でもないというのに。


「んで暑い以外の理由は?」

「暑いだけで充分でしょ」

「一気に気温が上がったここ数日より前から少しおかしかったよ?」

「…………原因は秘密で」


 ぶっちゃけると美里には知られても構わない。美里なら茶化すことはしないと断言できる程度の付き合いはあるのだ。

 ただ説明する過程で自分自身が情けなくなるから言葉にはしたくない。


「無理やり暴いたりはしないけど……妹さん絡みじゃない?」

「んばふぅっ」

「声まで変だよ?」


 図星で咽るアタシ。

 飲み物を口に含んでいなくて良かったと心底思った。


「凛ってクールで読みづらいところあるけど、妹さんのことについては酷く分かりやすい……」

「アタシ、そんなに分かりやすい?」


 咳き込むという反応が正解であると告げてしまう。いやここでバレても詳細は絶対に語らんぞ……!


「妹さん大事なんだねって私には分かるよ?普段から関りが薄いクラスの人たちは微妙だけど」

「晴香が大事ねぇ……」


 それはアタシの真実であり、同時に嘘でもある。

 大事なのにアタシは大事にできる自信がない。いつの日か晴香を傷付けてしまうか、アタシがコンプレックスに押し潰されるかのどちらかだろう。


「夏休みに遊んでみれば?妹さんと」

「今年はお母さんの家に晴香と帰省するし、話す機会はたっぷりあると思うんだけどね」


 寮母さんの都合上、寮生にも実家に帰らなければいけない期間が設けられている。

 その時期に、去年まではアタシがお母さんの家へ帰っていた。地元に残った晴香は遠出せず実家にいたのか、帰省中に会った記憶はない。

 お母さんもあの人も離婚のような状態で別居しているから、晴香としては帰り辛かったのかもしれない。

 両親が娘の帰省を気にするかは別として、どちらも家は決して近くはないようだ。


「せっかくなら早速誘ってみれば?」

「はぁ!?」

「妹さんの部屋番号は分かってるの?」

「勝手に進めるなって!」

「どうせ集中できないしリフレッシュだと思って、レッツゴー!」

「聞けよ!」


 美里め、アタシが部屋の鍵を持たないまま締め出してくれたな……!

半ば強制的に部屋を追い出されたアタシは、仕方なく晴香の部屋を目指した。

「う~ん……まず晴香がこの部屋にいるのか」


 辿り着いたのはいいが、前提として晴香が不在なら誘うことなど不可能ではないか?

 じゃあまずはいるか確かめるために扉をノックして――ノックして応答されても困る。


(どんな顔して会えばいいの!?)


 結構前、しかし昔というには新しすぎるあの日の出来事。

 あれだけ心臓がバクバクしたのは初めてだったし、赤面した晴香を思い出すだけで再び胸が早くなってしまう。

 どうかしている……。あぁ、ノックして晴香がドアを開けたらアタシは対応できる気がしない!


「いるかいないか分からないし、また次の機会にしよう!」


 ノックしようとした拳を引っ込めて部屋に戻ることにした。

 言い訳みたくなったけど仕方ない。次は予めメッセージのアプリで部屋にいるか尋ねてから……。そこまで考えてアタシは閃いた。

 そうだ、忘れていたけどアプリで連絡できるじゃないか。


「戻ったぞ」


 コンコンとドアを叩くとすぐに開かれた。


「おかえり。早かったね」

「晴香がいなくてね。連絡先はこの前交換したから、こいつで送っておこうかな、と」


 妙な詮索をされる前に晴香不在説で押し切った。

 気まずくて逃げ帰ったことは隠す。否、逃げ帰ったなどではなく、メッセージを送れば済むから会う必要がないのだ。そういうことにしておいて欲しい。


「アタシのことは置いといて、美里は?」

「私?」


 このままだとアタシの都合が悪くなるので、強引に矛先を変えることにした。


「中間で絶望した美里は勉強しなくて大丈夫なわけ?期末の範囲、忘れてないでしょ?」

「へへっ、へぇっ……ひっ」

「美里も声がおかしいよ」


 アタシが部屋に戻ってきた時、机に広げられた美里の参考書は1問も進められていなかった。

 指摘された美里は「応用問題が解けない!」と匙を投げた。向かい合うだけ向かい合って解けなかったとのこと。


「そうそう、アタシが力を貸そうか?」

「え?」


 中間試験後に提案しそびれた件をここで言ってみる。


「なんだかんだ美里には感謝してるから、定期考査で1点でも点数を上げられるように教えようかって」


 美里はこの部屋でも学校でも気楽に接することができる数少ない人物だし、普段から彼女の気遣いを感じることが多い。

 友人として力を貸せることがあるなら、頼ってもらうのもやぶさかでないのだ。


「凛……是非!期末こそ母に怒られない成績を取りたいから!助けて!」

「よし早速やろうか」

「お願いします!この問題です!」


 やる気を取り戻した美里だったが、何故かシャーペンと参考書をアタシに渡してきた。


「一応断っておくけど、アタシは代わりに解かないから」

「冗談です……」


 すごすごと残念そうにテキストを回収する美里。冗談なら絶望したような顔をするんじゃない。

 まぁ助け甲斐があっていいけど、ね。

 テキストに書かれた途中式をざっと眺めて、脳内に解答冊子で省略されてしまった解説を浮かべる。


「美里のアプローチは合ってるんだけど、式の途中で計算ミスしてるから――」

「あーっ、ここがミスしてたの……道理で変な解答になるわけだ……」


 問題の途中で詰まる度に手助けして、美里の疑問を次々に解消していく。

 こうしてアタシたちは夏休み前の関門、期末試験の対策を進めるのだった。

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