第8話 二学期

 夏休みも終わり。学校がまた始まった。高校三年の二学期。明けるといきなりテストテストで本格的な受験シーズン到来。

 おばさんも心配してバイト新しい子入れようかと言ってくれたけど、欲張りだけど、バイトもして志望校にも入りたかった。私にとっては一年間のこの生活は心の支えだったから。いきなり放り出されたらどうしていいのかわかんなくなるような気がしたから……

 学校が始まって少し落ち着いた今日、山井君が下駄箱のところで待っていてくれた。新しいキャンパスノートに綺麗なチェックのカバーをつけて私に届けてくれた物。それは、約束の交換日記。私達にはゆっくりお茶を飲んだりどっかへ行ったりする時間が無かったから……山井君の腕を掴んでその後の話を聞いた。

「今のところ何とか」

 って言ってたけどあんまり元気がなかった。横にいた早苗が興味津々の顔で、でも、黙って私達の様子を見ていた。山井君と私はしばらく見つめ合ってすっごーく意味深だったって早苗が騒いでいた。

 ノートを開くと相変わらずの綺麗な字で、交換ノートのことが書いてあった。それから北海道の楽しい思い出や、二人で見た星のこと。

 私は早苗に夏休みの話をした。抜け駆けじゃないけど、自分のことは話辛い。でも、私の心に飛び込んできてくれた山井君の事。とっても大切なんだって話した。

でも……卒業してからのことはまだ、言えなかった。

「そっか、色々あったんだね。お互い。山井君すごいな。そこまでして晴子に会いに行った気持ち。すごいよ。晴子と山井君は赤い糸で結ばれた人なのかもね。誰にもそう言う人がいるんだよねー」

 もちろん話の後に、

「私と善ちゃんもそうかなあ」

 をつけるのは忘れなかった。

 あと半年、会えない日も多いけど頑張って同じ大学に合格して、もっと二人の時間を持とう。でも、あと半年したら、早苗と善ちゃんとはお別れ。上手くいかないな、淋しいのと幸せとどちらも半分ずつだと思った。

 だから、やっぱり付き合ったりしないのが正解だって私は思った。

 母さんが、私達のこと心配して手紙をくれた。こんなこと今までになかったことだけど私達は周りが心配するほど一緒にいられる時間もなくて早苗は期待外れだとつまらながっていた。

 そのうち、補習授業が始まって、私は入学以来、初めて山井君と同じクラスになった。

「高校の間に同じ教室で勉強出来るとは思わなかったな」

 そう言って私の隣に座った。

「ここ座るの?」

 周りを気にしてそう言うと、

「座るさ。他の奴には譲れないよ」

 と、真剣な顔をした。

「プッ、おかしい」

 私も素直に笑った。

「補習の帰りだけ家まで送るよ。結城さんいないだろ?」

「うん」

 週に三回私達は一緒に帰った。その度に新しい話題で盛り上がった。

「坂上にばれた」

「うそ!」

「本当、そのうちカミソリかなんか入った怒りの手紙が下駄箱に入ってるかもな」

「何か言ってた?」

「言わせないよ。北海道まで追っかける情熱、俺にしかないだろう」

 と笑う顔は明るいほうの、私には信じられないほうの山井君だった。

「おふくろ少し家を出てみたいって、この前引っ越したんだ。もう一度ゆっくり考えてみたいって。きっと俺達みたいに若くないから、淋しいとか、悲しいって言えないんだな。心に触れるジーンとくる胸の中の痛みってあるだろう。あれが鈍くなるのかな。歳をとると」

「山井君詩人になれるよ」

 って私は笑った。自分の親のことをそんなふうに言う山井君はとっても冷静で、お父さんとお母さんの間で正直に生きていけるんじゃないかと思った。

「こんど時間がとれたら、二人でおふくろのところへ遊びにいってもいいか?」

「うん、うんと見せ付けてやろう。その若い敏感なとこを」

 と言うと、

「いやあ晴子さん言うねえ」

 と明るく笑った。よくおばさんが言う、頑張ってりゃ何とかなるよってそんな声が聞こえてきた。

「ねえ寄ってコーヒー飲んでく?」

「いいの?」

「いいよ。親代わりだから。家の親が知ってるのに知らないのなんか居心地悪いから」

 そう言って店に誘った。ちょうどZENのライブ中。私の代わりに補習のない早苗が入っていた。

「ただいま~」

「あ、おか……」

 と言いかけて早苗の顔色が変わった。

「よ!」

「あ、おばさん山井君。学校の友達。送ってもらったの」

「うそ、おかたい晴子にそんな人いるの」

 って、おばさんが驚いた。

「あの、初めまして。山井です」

 桜井君の挨拶に一瞬、常連客まで凍ってしまった。

「え~善ちゃん晴ちゃんのこと好きなんじゃなかったの」

 にぶい谷木さんが大声で言う。

「え~そんなこと聞いてないよー」

 と、早苗が泣きそう。

「いいよ、座って」

 って私がカウンターに案内すると、

「そっか、じゃサマンサ特製ジュース作ってあげるね」

 と、おばさんが言った。

「僕、恨まれてないよねー」

 って山井君が逃げ腰。そういえばこの特製ジュースの話、山井君に何度もしたっけ。谷木さんはまずいこといったかなあって頭をかいていた。

「谷木さん善ちゃんはね、早苗と付き合ってるんだよ」

 と私が言うと、他の常連のお客さんは、

「どうりで仲いいよね」

 って早苗に言ったもんだから、なんか早苗がウルウル、泣くな泣くなとおじさんが慰めてた。

「私味見しようか?」

 おばさんのジュースを睨んで山井君が黙ってる。

「いいよ、いいよ、おばさんの心だから」

 そう言って一気に飲んだ。

「どう?」

 心配そうに私が聞くと、

「まずい、でも、身体にいいかも」

 とあくまで優しい。

「これ何?」

 おばさんに聞くと、

「麦」

 と答えた。

「へ?麦」

「青汁ってやつ……」

 どうりでまずいと思ったって顔して、それでも最後まで飲んでる。

 サマンサお得意客の儀式が終わって、みんな大笑いした。飲みっぷりがいいっておじさんにも気に入られていた。

「ねえなんて名前?」

「あ、山井、山井良です」

「りょう?」

「良い悪いの良。不良の良。変かな……」

「良?善ちゃんが善で、良ちゃんが良?良い人ばっかりね」

 名前はひとまず合格っておばさんが笑った。 毎日気の滅入ることもあるだろうし、こんなに賑やかな人がいっぱいいて疲れやしないかって心配になった。山井君がみんなに馴染んで良ちゃんと呼ばれる頃、二階のライブが終わって善ちゃんが下りてきた。

「善ちゃん、善ちゃん、晴子の彼氏、ほら」

 早苗が善ちゃんを強引に引っ張ってきてそう言った。善ちゃんはかなり真面目な顔 をして真っすぐ山井君を見て、

「厚田善昭です。バンドやってます」

 落ち着いた声でゆったりと自己紹介した。善ちゃん、このところ驚くほど大人になった気がする。

「山井良です」

 そう言ったとき、すごく恥ずかしくて私まで顔が赤くなる気がした。私やっぱり山井君が好きなんだ……

「良かったな晴子。お前のこと守ってくれそうじゃん」

 そう言った善ちゃんの声が何だか元気ない。

「うん」

 うなづいた私の横をすり抜けてみんなに冷やかされながら早苗と店を出ていった。

「送ってくれてありがとう。引き留められて遅くなったね」

 私がそう言うと、山井君は少し戸惑いながら

「あの子、善ちゃん、お前のこと好きなのかなあ」

 って言った。

「そんなこと、早苗と付き合ってるんだよ。二人からそう聞いたんだから」

「そう、だったら俺の考え過ぎかな。何か感じるものあるだろう。同じものを好きだと、ちょっと感じたからそんなの。悪いことしたかなってサ、もしそうなら晴子のこと大切にしなくちゃな」

「……」

 山井君の気持ちは私にストレートに届く。淋しい山井君の気持ち、優しい山井君の 気持ちあったかい山井君の気持ち。

「また来ていい?善ちゃんの歌も聞いてみたいし」

「うん、そういっとく、またライブの時声かけてって…久しぶりにゆっくりしたね」

 そう言うと山井君は私の手をとって、

「淋しいよ。家に帰るのが嫌になるよ」

 って、あったかい胸に引き寄せた。

 私達……本当はずっと一緒にいないと壊れてしまいそう。私達の上に星の無い夜空が広がった。風が吹いている。

 もう秋だね……

 店に戻ると片付けをしながらおじさん達が待っていてくれた。

「ありがとう。おばさん。みんなに優しくしてもらって、楽しかったって」

そういいながらしょぼくれた私に、

「マスター淋しがりのお嬢様に何か元気の出るもの作ってやってよ」

 おばさんが言った。

「もう、おばさんたら~」

「晴ちゃん、あの子のこと好きなんだな」

 おじさんにしみじみそう言われるとまいってしまう。

「おばさん、山井君の家、両親が別居しているの。今度の休みお母さんに会いに行ってきてもいいかな」

「晴子がバイト休みたいなんてよっぽどね」

 おばさんはおじさんと顔を見合わせて、

「どうする?」

 と聞いた。

「離婚するの、あの子の親?」

「ううん、離婚しないように、私達二人が仲のいいとこ見せ付けにいこうって……あ」

 おじさんとおばさんは吹き出して、

「上手く行くといいな」

 って言った。

 私はこんなに優しい、たくさんの人に守られて生きてる。ずっとそうだったって改めて感謝してる。

「でも、善ちゃんやっぱりショックだったんじゃない」

「それは今更、もう終わった話だよ」

 あ、また善ちゃんの話題?

「あ、晴子気にしない。気にしない」

 私は何も気にしてないけど、山井君が気にしてた。

「はい!マスター特製オムライス」

 良かった。元気の出るジュースってまた出てくるかと思ったけど、今日は、代わりに山井君が飲んでくれたもんね。あったかーいオムライス。

「おいしーい。山井君にも食べさせてあげたい」

 私は涙が込み上げてきた。

「またあ。かなり重傷だ」

 二人で声を揃えて大笑い。それも嬉しい。私は半ベソかいて笑った。

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