17

――プルドンら反乱軍と決着がつき、クスリラはブティカ軍と共にリリーウム帝国の本国へと戻った。


その行軍中に、勝利を祝ううたげが行われ、これまで禁酒していたブティカも、彼女の配下一同も久しぶりのワインを存分に楽しんだ。


その宴では、ブティカ軍すべて者が謝罪しゃざいする場面があり、彼女たちは自分たちの非礼やクスリラにしたことを心からあやまった。


「まさか敵を破るために、私たちまでだますとはな。今になって思えば、クスリラが毎日酒漬けになってなまけ者のふりをしていたということにも、これで納得がいくというものだ」


ブティカの解釈に、配下の兵の誰もがコクコクとうなづいていた。


これはまさに古い言葉にある――敵を騙すにはまず味方からというものだと、クスリラの天才ぶりに、改めて驚かされている。


そんな中、クスリラは冷や汗をきながら引きつった笑みを浮かべていた。


「まぁ、演技だったのは夜討ちが決まる前くらいからだったんですけどね……」


ラフロが誰にも聞こえないように呟いた。


彼女だけは事実を知っている。


クスリラは天才かもしれないが、真の怠け者でもあるということを。


バチカルが少しあきれているラフロの肩に飛び乗り、「結果よければすべてよしだよ」と言うように大きく鳴いていた。


「我ら一同、クスリラ·ヘヴィーウォーカーに最高の感謝を!」


ブティカら彼女と配下すべての人間が、帝国へと入る前にクスリラに礼を言った。


まるで戦いで陣形を変えるかのような統制のとれた動きで、誰もがブティカに続いてクスリラに頭を下げていた。


ここまでかしこまられたクスリラは、なんと言っていいかわからずに戸惑っていた。


そんな彼女を見て兵たちから笑みがこぼれる。


「ここで別れるが、縁があったらまたどこかの戦場で会うこともあるだろう。それまで達者でな」


「次に会えるのを楽しみにしていますね、クスリラさん」


別れ際に少し言葉を交わし、ブティカとラフロたちは女王へ報告するために城へと向かった。


残されたクスリラとバチカルはというと、今回ブティカのもとへ彼女たちを送った人物――リュドラのいる屋敷へと向かうことに。


「いやー、何はともあれ無事に戻って来れてよかったね」


クスリラが肩に乗るバチカルに声をかける。


ホッとしている彼女に向かって、バチカルは「そうだね」というように鳴いて返していた。


これで自分の仕事は終わったと、めずらしく力の抜けた姿勢で体を伸ばしている。


それからリュドラのいる屋敷の前へと行き、出入り口にいた従者に声をかけて中に入れてもらった。


久しぶりの我が家ということもあったのだろう。


バチカルはクスリラの肩から飛び出して、屋敷内の廊下ろうかを走っていく。


向かっているのはきっとリュドラの部屋だと思い、クスリラはリスのあとを追いかけた。


「大活躍だったそうだね、クスリラ。推薦すいせんした私も鼻が高いよ」


バチカルを追いかけて廊下を進んでいくと、目の前にリュドラが立っていた。


彼女はクスリラに声をかけると、手に乗せたバチカルをねぎらうように撫でてやっていた。


クスリラとしては文句の一つでも言ってやろうと思っていたが、仲睦まじい彼女とリスの姿を見てそんな気も失せる。


「もう知ってたんだ。まあ、当然かぁ。じゃあ、バチカルを送ったし、あたしは帰らせてもらうね」


一応、報告のつもりでリュドラのもとへやってきたクスリラだったが。


彼女が平原戦での詳細を知っていそうだったので、今さら話す必要もないと、その場から去っていく。


これでやっと以前の生活に戻れる。


国の補助金で働くことなく、好きなときに食べて寝て、酒を飲んでダラダラできる。


いろいろあったが、二度と戦場なんて行くものかと内心で毒づきながら、クスリラは屋敷から出ようとした。


「ちょっと待ちなって、クスリラ。今回のことであんたにも褒美ほうびが出ることになってるんだから」


「えッ褒美!? 金銀財宝とかもらえるの!?」


くるりと振り返ってリュドラに近づいたクスリラ。


その様は、まるで主人にえさの時間だと言われた犬のようだと言いたげに、バチカルがあきれて鳴いていた。


「一体何がもらえるの!? ねえ、リュドラ! 早く教えてよぉ!」


「ふふん。喜びなさい、わが友よ。なんと今回のことで、あんたに軍での地位が与えられることになったんだよ」


「……えッ? えぇぇぇッ!?」


クスリラは声を張り上げた。


なんとリュドラのいう褒美とは、クスリラを正式に軍へ迎え入れるということだった。


それも貴族階級と同列の権限を与えられるという異例のことだ。


だが、クスリラはけして喜ばなかった。


なぜならば正式に軍に入るということは、現在リリーウム帝国が相手にしている反乱軍ラルリベの本隊との戦いに、彼女も参加しなければいけなくなるからだ。


これではせっかく前線から戻ってこれたのに、またすぐに戦場へ出発する羽目になる。


「な、なにを言ってるのかなぁ、リュドラ……。あぁ、なんか持病が悪化してきたみたい……。なにも聞こえない、なにも聞こえないから今日のところは帰るねぇ……」


話を聞いたクスリラは、すべてを聞かなかったことにして逃げようとした。


だが、幼なじみはそんな彼女の首根っこを掴んで引きずっていく。


どうやら話を聞かないのはリュドラも同じようだ。


「さて、今回は私も行くからね。それとブティカ将軍たちも多分一緒だから、にぎやかないくさになるよ」


「ちょっとリュドラ!? あんたでしょ! あんたが女王様になんか言ったからあたしがまた戦場に行くことになったんでしょ!?」


「あんたができる子だってことは、私が誰よりも知ってるからね。私はあんたを使ってこの国を守る。その才能を絞り尽くしてやるから、そのつもりでいなよ」


「ヤダッ! もう戦場なんて行きたくない! あたしはただダラダラ生きたいだけなんだよぉぉぉッ!」


屋敷内にクスリラの叫び声がむなしくひびき、リュドラとバチカルは、そんな彼女を見て笑みを交わし合うのだった。


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怠惰なあたしは戦場なんて行きたくない コラム @oto_no_oto

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