13

ラフロは両膝を地面につけたまま、深く頭を下げた。


そして、ブティカに頼み込む。


「ブティカ将軍! どうかクスリラさんに慈悲じひを! 彼女のような華奢きゃしゃな女性がむち打ち百回も打たれたら、最悪死んでしまうかもしれません!」


罰せられる者のためにひれ伏す。


他人のことを想うとても美しい光景だが、ブティカもふくめ、兵士たちの誰もがラフロに冷たい視線を送っていた。


その氷のような目はかたる。


こんな女をかばうのか?


問題を起こしたのだから当然の処置しょちだ。


慈悲ならばすでに将軍が与えているではないか。


あれだけのことをして殺されないだけありがたいと思え。


ラフロには、この場にいる者すべての眼差まなざしが、まるで刃物のように突き刺さっているように感じていた。


だが、それでも彼女はひるまなかった。


顔を上げ、再び声を張って見せる。


「彼女は仮にもリュドラ·シューティンガーさんの代理でこの陣に来ています! それが、もし罰を受けて亡くなってしまったということになったら、リュドラさんの面子めんつつぶすことになってしまいますよ!」


リュドラの名を聞き、兵士たちの表情が変わる。


その理由は、リュドラは以前からブティカの部隊と交流があり、兵士たちは彼女の人柄と優秀さを知っているからだった。


ブティカとラフロはもちろんのこと、この隊にいてリュドラに好感を持っていない者がいないほど、彼女は末端まったんの兵とまで親しくしている関係だ。


性別も、年齢も、部隊も、身分さえも気にせず敬意を持って接してくれるリュドラ。


そんな彼女に恥をかかせたいと思うような人間は、ブティカの隊にはいない。


ラフロの言葉の後、この場にいた誰もが思う。


もし鞭打ち百回でクスリラが死ぬようなことがあれば、罰を受けるような人物を推薦すいせんしたと、リュドラの看板にどろることになりかねない。


あのようななまけ者は、きっと耐えきれない。


必ず途中で死んでしまう。


だから文句を言わなかったのにと、兵士たちのゆがめた顔がそう物語っていた。


「そうだな。たしかにクスリラのような貧弱ひんじゃくな奴が百回も打たれたら、確実に死んでしまいそうだ」


ブティカはそう言うと、ラフロに立つようにうながした。


お前がこんな奴のために汚れる必要はないと、少しあわれみを表情に含ませながら。


「では、鞭打ち五十……いや、三十回にしておこう」


「ご慈悲をありがとうございます、ブティカ将軍……」


「お前が礼を言うようなことじゃない。まったくこんなに汚れて……。お前に土や泥は似合わんよ」


ブティカは、立ち上がろうとしたラフロの手を取って立たせてやると、押さえつけられているクスリラをにらんだ。


再び鬼のような形相ぎょうそうで見つめ、彼女に向かって声をかける。


「よかったな、クスリラ。あとでラフロに感謝するといい」


それからブティカは、一歩一歩クスリラとの距離をちぢめる。


「それにしても、持つべきものは友とはよく言ったものだ。お前がリュドラ殿どのと関係がなければ、この減刑はあり得ん」


「そうですかねぇ……。あたしとがあの子と関係がなかったら、そもそも戦場へ来る必要もなかったと思いますけどぉ……」


「ふん。その減らず口もすぐに言えなくなるだろう。おい、始めろ」


ブティカの指示により、押さえつけられていたクスリラの上半身の服が脱がされた。


せめての情けか。


兵士から布を放られて、それで前は隠しているが、地面に両膝をついた状態で背中がむき出しになる。


兵士の一人がクスリラの背後に回る。


鞭を手にそれをしならせながら、彼女の無防備な背に振られた。


「一つ!」


「うッ!?」


「二つ!」


「うぐッ!?」


いつになく綺麗な月が、鞭を打たれて泣くクスリラを照らす。


打たれるたびに背中は腫れ上がり、ミミズ腫れができ始めていた。


ラフロはその様子を見てられないと顔をそらすが、兵士たちは実に満足そうに口角を上げている。


刑が終わると、クスリラはあまりの痛みに意識を失っていた。


途中からうめき声一つ発さなかったの、彼女の脳が痛みを拒否きょひしたからだった。


「刑は執行しっこうされた。ラフロ、こいつを手当てしてやってくれ。お前以外にやってくれそうなのがいないのでな」


「はい、将軍……」


ブティカは鬼の形相のまま、再び会議をしていた軍幕の中へと戻っていった。


兵士たちは彼女のあとに続きながら、傷だらけのクスリラを見てほくそ笑む。


これにりて二度と勝手なことをするなと、彼ら彼女らはその目で語っていた。


「うぅ……終わったんだねぇ……」


「気がつかれましたか、クスリラさん。待ってください。今手当てします」


ブティカと兵士が去った後、クスリラは意識を取り戻した。


目に涙を浮かべながら、苦痛で顔を歪めている。


「痛い、痛い……こんな痛いの初めてだよぉ……」


だが、そんなクスリラだったが、彼女は目を腫らしながらもその口元は微笑んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る